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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
53/59

29:四日目/女島04






 最初のきっかけは祖父の言葉だった。

 小学生のころだ。祖父と将棋を打っていたとき、それを教えられた。


『――こうな、一手打つだろう』


 少しだけしゃがれた声で、祖父は言った。


『傍目には駒が一つ動いただけに見える。けどな、実際はそうじゃない。駒が一つ動いたことで、こっちの駒は自由に動けるようになったし、こっちの駒は後ろ盾をもらった。一手にたくさんの意味があって、駒のすべては連動しているんだ』


 ――すべてはレンドウしている。

 その言葉は染み渡るように幼い綴喜ゆらの心に刻まれた。

 そうして世界を見渡すと、今まで見えなかったつながりが見えるようになった。

 最初に将棋が強くなった。

 少しして、スポーツも同じだと気づいた。

 仲間を連動させれば、多少の技術の差なんて簡単に覆る。

 サッカーやバスケットボールでも活躍するようになり、みんながゆらを仲間に欲しがった。

 自分は特別なんだと思った。

 自分が優れていることに疑いはなかった。

 最初のうちは連動を考えるときに熱を出していたが、それもやがてなくなった。


 そうして中学生になったころ、二つ目のきっかけが訪れた。

 たくさんのスポーツに明け暮れた結果、膝の靭帯を痛めてしまったのだ。

 だがそれこそが、ゆらにとっては福音だった。

 痛みで動かない箇所をかばうように動き、結果として他の部位に痛みが溜まっていく。今までよどみなく流れていたから一つだと思っていたものが、分断されたことで実はそうではなかったのだと気づかされる。


(――そうか。人間というのはたくさんの部品の連動で動いているんだ――)


 冷静に考えれば当たり前のこと。

 だが、本当の意味でそれを理解して意識している人間が果たして何人いるだろうか。

 実際それから、ゆらはさらに負けなくなった。

 人を部品単位で見ることで、その動きの先が見えるようになったのだ。


(すべては連動である――まさに真理だ)


 このころからゆらはスポーツよりも武道――戦いの方に興味を向けるになった。空手、ボクシング、中国拳法の道場に通っては、すぐに見限って辞めた。

 そうして最後に入門したのが巌流の札を掲げる水無月家の道場であり――







「――その果てがこのザマというわけだ」


 ゆらは吐き捨て、部屋のベッドに腰掛ける。

 そして室内を見渡す。

 知らない天井だ。そして何もない部屋だ。おそろしいほど自己主張がない。部屋の主の欲を感じない。

 強いて言うならば、壁にかけられたヒーローの仮面くらいで――


 ――などと考えていると、部屋の扉が開いて、部屋の主が現れた。

 彼は室内にいるゆらに気づくと目をこすり、二度見したあと扉を閉じる。


「いや閉めるな閉めるな。お前の部屋であってるぞ、滝川ツルギ」


 そう声をかけると扉は再び開き、怪訝そうな様子の滝川ツルギが入ってくる。


「ゆら。お前までどうしてオレの部屋に」

「貴様、学校では常に誰かと一緒にいるだろう。一人になるところを狙おうとしたらここくらいしかなかったのでな」

「狙う――」

「いや待て。語弊があった。戦うつもりはない。用件が終わればすぐ出ていく」

「……そうか」


 怪訝が疑問までランクダウンし、警戒心が少し解けた。

 しかし依然としてツルギの体に油断はない。ゆらにはそれが見て取れる。


「それで、用件っていうのは?」

「まあ、その、なんだ――」


 ぐにゅぐにゅと口の中で言葉にならない音を噛む。

 顔に血が昇っていくのも感じる。だが抑えろ。必要なことなのだ。躊躇するな。

 そう自分に言い聞かせて言葉を発する。


「先日の記章争奪戦のことだ。戦いの最中、貴様の動きが変わった瞬間があっただろう。自覚はあるか?」

「……ああ、たぶん」


 滝川ツルギはあの瞬間、明らかに壁を破った。

 綴喜ゆらが越えようと思って血反吐を吐き、それでも越えられなかった壁を。


「何があった? どうやって壁を破った? それを教えてくれ」

「あのときあったこと、か……」

「そうだ。なんでもいい、どんな些細なことでもいい。こんなことを言えた義理じゃないが――――頼む」


 ゆらは頭を下げた。

 ツルギが息を呑む気配がする。

 屈辱だ。さらに血が昇る。

 だが、その程度は飲み干す。必要ならば土下座だってしよう。

 この壁を越えるためならば。


「……参考になるかはわからないが、オレがあのとき考えていたのは自分のことだ」

「自分のこと?」

「毒と出血で意識が朦朧として、その中で限界まで頭を回して攻撃を捌こうとして――ふと、ずっと嫌いだった自分のことが頭に浮かんだんだ。それで、回らない頭でよくよく考えてみたら、そんなに悪くなかったなって思って。ずっと嫌いだった自分の一面を、認めて飲み込めた。そうしたら体の中の歯車が噛み合った感じがしたんだ」


 ツルギはその一瞬を思い返すように拳を握る。

 それは戦いの中で幾度となく見た、滝川ツルギの構え。


「自分のすべてを拳に載せる――いちばん基本のはずなのにな、あのとき、オレは初めてそれを達成した気がする」

「ふん。……雲をつかむような話だな」

「参考にならなかったか。すまない」

「いや、なんでもいいと言ったのはおれだ。せいぜい咀嚼していくさ」


 ベッドから立ち上がって尻を払い、出口に向かう。

 そんなゆらにツルギは声をかける。


「ゆら。あのとき、オレに壁を破る機会をくれたのはお前だ。だから感謝もしている。でもな、塔子を巻き込んだのはダメだぞ。そこには、オレは本当に怒っている」

「――悪かったな。機会があれば、あの女にも謝っておくよ」


 そう告げて部屋を出た。

 そして扉が閉まる音とに独り言つ。


「本当に雲をつかむような話だったな。再現性があるのかも疑問だが――」


 それでもできることはやると決めた。

 もう向かっていくと決めたのだ。


「なら、意地でも雲をつかんでやる」


 あのとき滝川ツルギの陥っていた状況を振り返る。

 毒による朦朧とした思考。

 捌ききれないほどの攻撃を受けること。

 そして、限界まで追い詰められたその中で、自分のことを考えること。


 そのぐらいなら再現できなくはないだろう。

 折しもサバイバル実習の日取りが近い。教師の眼の届かない場所だ。決行はそこしかあるまい。対手には自分を弄んでくれた蓼科冥を据えようか。

 正直相手に不足があるものの、こちらには先の記章争奪戦で受けた傷があるから、案外いい勝負になるだろう。


「ヤツとて手駒がまったくないとも思えんからな――」


 下手をすると相手の戦略や予期せぬ一手に、逆にやられてしまうかもしれない。

 自分と同程度の戦略と戦術を使ってくることを想定しよう。

 準備することは山ほどある。


「……一番難儀しそうなのは毒の持ち込みだな」


 しかも自分に使う毒物だぞ、まったくもってふざけた状況だ。

 そんなことをぼやきながら人気のない廊下をゆらは歩く。





 ――無人島サバイバル実習が始まる、少し前の出来事だった。




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