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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
52/59

28:四日目/女島03




 蓼科冥は知っている。

 ――自分はそれほど強くない、と。

 肉体性能で言えば武系生徒では明確に下の方だ。

 身長は低い。筋肉量は少ない。敏捷性にも乏しいし、反射神経や動体視力がいいわけでもない。大鳳示炎や風々院風雅のような特異体質者でも、もちろんない。

 言ってしまえば雑兵だ。

 だが、それでも優れている部分はある。


(頭を使って戦えるところ――それが私の長所です)


 体を鍛えた人間はどうしてもその肉体性能に頼ってしまう。

 ことに若いうちはそれが顕著だ。真正面から自信のある技をぶつけて相手を倒そうとする。相手の技を見てから対処しようとする。

 けれども戦いの本質はもっと複雑で知的なものなのだ。

 どのタイミングでしかけ、どこに技を置くか。

 どんな虚実を見せ、どこで攻めるか。

 ……まあ、そのレベルまではやっている生徒もいる。


 冥がやるのはその先だ。

 どんな武術家も肉体的長所と短所があり、構えと技には歴然と相性がある。

 その生徒がどんな体格と性格で、どんなことをしたくて、どんなことをされると嫌か。どんな武術を使っていて、どんな構えと技を被せれば有利になるか。

 ここに至ると、戦いの質が大きく変わる。

 スポーツ選手に対して将棋を挑むような形になる。

 だから、肉体性能的には弱くても、中堅クラスで勝ち越すことができている。


 ――しかし、相手は綴喜ゆらだ。

 彼女も知識と計算を戦いに取り入れるタイプであり、同じ土俵に乗っている。

 つまり五分の将棋勝負になる。


(本来であれば――ですが。しかし今回は違います。こちらにはフーガがいる――)


 冥はちらりと横目でポニーテールの忍者少女を見た。

 戦いにおいて二対一という状況はとても大きい。

 こちらの手数は倍になり、すると相手は対応に倍の労力を割くことになる。

 駒の数が倍、なんて話ではない。

 駒の数が倍の上に、続けて指すことができる。

 それくらいの有利。

 しかも、相方が他の誰でもない風々院風雅である、というのも重要だ。


(第一に長い付き合いで意思疎通が容易――)


 顔に巻いた体操服と眼鏡ごしに視線を送ると、風雅は即座に意図を汲み取ってゆらを挟む位置取りをする。

 そして――


「はあっ!」

「ていっ!」


 同時攻撃。

 冥の繰り出す回し蹴りと、風雅の繰り出す横薙ぎの手刀がゆらを襲う。


「――ふん」


 ゆらは地面を蹴って垂直に飛び、回し蹴りを避ける。だが反対方向から来る手刀は避けきることができずに腰に受けた。

 しかし、攻撃した風雅の眼に驚きが浮かぶ。

 手応えのおかしさに、だろう。

 ゆらは手刀を受けた腰をひねり、ぐるんと回ったかと思うとそのエネルギーを利用して二人の間から離脱する。


「ふむん。あれが噂に聞く『捌き』ですか」

「ええ。まるで曲芸――いえ、もう神業ですね、あれは」


 何事もなかったのように降り立つゆら。

 柔軟な体躯と緻密な肉体コントロールにより、受けた打撃を無効化する――それが綴喜ゆらの『捌き』だ。

 正面からならトラックに撥ねられたって大した怪我を負わないだろう。そして、トラック以上の打撃なんて人間には無理だ。

 綴喜ゆらを真正面から倒すことは難しい。


 それゆえの挟み撃ちでもあった。

 同時に別方向からも打撃を受ければ、さすがのゆらも捌ききれないはず――そう思っていたのだが。


 挟撃。


「――はっ」


 ゆらは小さく息を吐くと共に風雅の手刀を避け、冥の掌底を受け流す。

 瞬時に優先順位をつけて、挟撃を躱してくる。


「やっぱり、強いですね――」


 挟撃への反応、対処が早い。

 というか早すぎる。こちらの行動とほとんど同時に動き出している。

 動体視力と敏捷性によるものではない。おそらく視野の広さと実戦経験からくる読みの鋭さ。そういった強みを感じる。


 それでも冥に焦りはない。

 即座にもう一度挟みに行く。


「回転数をあげますよ、フーガ」

「がってんです」


 挟み込んで攻撃回数を増やす。

 当たっても大したダメージにはならない。でも、それでいい。

 時間を稼げればいいのだ。

 連続で王手をかければ遠からず王手詰みに至る。


(それがフーガが相方で心強い第二の理由――彼女の特異体質です)


 思考力を鈍らせる毒を分泌するという、風々院風雅の特異体質。それこそが王手詰みの最後の一手。

 頭を使って戦う者同士の戦いが将棋となるなら、これぞまさに特効となる切り札だ。


(まあ、私もちょっと息苦しいですが……)


 冥が頭に巻いた体操服は顔を隠す覆面ではなく、風雅の毒を軽減するための簡易マスクだ。これがなければ冥も毒牙にかかってしまう。


(逆に言えば、直にフーガの吐息や蒸発した汗を吸っているゆらは、もうすぐ落ちるはずなのです――)


 それこそ、先に戦ったゆらの配下の幽霊女のように、思考が胡乱になり、こちらの挟撃を捌けなくなるはずだ。


 繰り返される攻防。

 挟撃と回避。

 反撃と回避。

 再びの挟撃。

 足場が悪く、冥も風雅も何度か木の根に足を取られかけるが、そこにゆらからの追撃はない。彼女ももういっぱいいっぱいなのだろう。


「…………ない……」


 苦しげに何かをつぶやいているのが、かすかに聞こえる。


「ふむん。そろそろですかね」

「ですか。では決めましょう。マヤとトーコも待っているはずです」


 機は熟した。

 二人がかりで毒を用いてなんて、武系としては格好がつかないが、勝ち方を選んでいられる立場ではない。こうでもしなければ勝てない相手だった。

 一抹の申し訳無さを感じながら、二人は渾身の挟撃にかかる。


「さらばです、ゆら。あなたはまさしく強敵でした――」


 そう告げながら飛び蹴りを放つ冥。

 ――その視界が回転した。


「――――え?」

「――――なに?」


 視界の片隅に呆然とする風雅の顔が映る。

 おそらく自分も同じような顔をしている。

 地に伏したまま、何が起きたのかを考える。


 ……答えは一つしかない。

 ゆらに投げ飛ばされたのだ。二人同時に。

 その原因となったものを見ようと頭を動かす。地面に擦れて顔を覆っていた布地が解ける。

 そうして広くなった視界に飛び込んでくるのは、綴喜ゆらの姿。


「…………足りない……雲をつかむにはまるで足りん」


 眉を歪め、苦々しい表情のまま、ゆらは冥と風雅を見下ろす。





「これだけ手加減してやってなぜおれを追い詰めてくれんのだ、蓼科冥!」





 その一言でようやく冥は、()()()()()()()()()()()()()()ことを知ったのだった。




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