27:四日目/女島02
「…………あの」
「ん?」
玉崎果子が声をかけられて振り向いた先には、背の高い女子がいた。
高い身長と長すぎる黒髪、そして髪に隠れて覗けない顔。
一瞬幽霊かと思ったが、こんな日の高いうちから出る幽霊はいないだろう。そう思って考え直すと、そういえば拠点で何度か姿を見た覚えがある。
ゆら様直属の人だ。確かクヌギとかコナラとかそんな感じの名前だったはず。
「やあやあ、どうしたのさ」
「……ゆら…………様の伝言で……追加の調達をお願いしたいって……」
「おー、そっかそっか。わかった、すぐ行ってくるよ」
「……ええ、お願い」
「君も一緒に来るかい?」
そう尋ねるとクヌギ(仮)は一瞬ビクッとしてから、首を振った。
「……他の班にも、伝言があるから」
「そっか、了解。じゃあ玉崎班はこれより魚の調達に向かいます!」
びしっとおどけて敬礼をすると、少し遅れてから彼女も敬礼を返してくれた。
果子はにひっと笑って、それから班のみんなに声をかける。
「おーいみんなー、追加の調達に行くぞー。準備準備ー」
「はいはい、お任せあれ」
「あれでも足りなかったんだ。新しく入った料理長の人、何作るんだろうね」
「いいじゃないのさ。楽しみにしてよーよ」
そうして出立する果子たちの背中に、クヌギ(仮)はぼそりとつぶやく。
「…………まずは、一班」
「――――来たか」
不意に、綴喜ゆらは釣り竿を立てた。
水面から顔を出した針にはまだエサがついている。しかしそのまま竿ごと後方に放り投げた。そして脇に置いてあった二本の松葉杖を手に取り、立ち上がる。
同時に木の上から人が降ってくる。
それも二人。
「綴喜ゆら。冥から手を引きなさい」
左後方に降りてきたのはポニーテールの少女。
よほどの強行軍でここに向かってきたのか汗を大量にかいてはいるが、息は乱れていない。顔に覚えがないから武系生徒ではないはずだが、動きからは確かな強さが滲んでいる。
「――――」
対して右後方に降りてきた小柄な人物は、動きのキレから武系生徒であることは明白だが、体操服を破いた布地で顔を覆っていて人相が見えない。
ポニーテールの女からの呼びかけは無視し、ゆらはその謎の人物相手に話しかける。
「直接使える手勢はそれだけか。蓼科冥」
「――――」
「だろうな。お前のやり口は意識の誘導。いっとき駒として使えても、長期的に協力関係を敷くには向かない。そこがおれとお前の決定的な差だ。そして、それゆえの兵力差だ」
松葉杖を突きながらそいつに近づく。
そこに割って入るポニーテールの女。
「止まりなさい。これは降伏勧告です。周囲にアナタの部下はいません。その上そのコンディションで、ワタシたち二人を相手取るのは不可能でしょう」
「周りに部下がいない? そりゃそうだ。おれが下がらせていたんだからな」
「なら、負けを認めて手を引き――」
「そうでもしないと、貴様らは警戒して寄ってこないだろう?」
「――え?」
空隙の一拍。
そこにゆらは踏み込んだ。
ポニーテールの女との間合いを詰めて、怪我をしているはずの腕で鋭く松葉杖を振るう。
「な――っ!?」
ポニーテールの女は飛び退く。
しかし退いた先にはちょうど釣り竿が転がっていて、それを踏まないようになんとか姿勢を強引に正し――そこにあわせてゆらは松葉杖を投げる。
「くうっ――!」
ポニーテールの女は足を滑らせて股を開き、姿勢を低くすることでその攻撃を避けたが、その表情にはありありと疑問が浮かんでいた。
ゆらは残ったもう一本の松葉杖をくるくると回しながら、告げる。
「運良くおれが怪我をしていて、運良くおれの部下は周りにいなくて、運良く包囲網も突破してここまで来れたから、そのままにおれを倒せそうだ――とでも思ったか?」
「……まさか」
「戦いはもうずっと前に始まっているんだよ。この島に来る前からな」
――先んじて戦地におりて敵を待つ者は佚し、遅れて戦地におりて戦いに趨る者は労す。故に善く戦う者は、人を致すも人に致されず――
孫子の兵法の基本だ。
戦場で待つ側は、行軍してきてそのまま戦わなければならない者よりも圧倒的に有利であり、ゆえに戦術に優れた者は人を動かすことがあっても人に動かされることはない。
「……冥」
「――挟撃しますよ、フーガ。相手が孤立しているのは変わりないのです」
「わかりました。プランBですね」
謎の人物――蓼科冥とポニーテールの女は言葉を交わし、ゆらを挟み込むように動く。
それでもゆらに動揺はない。
「来るがいい。そしておれの踏み台になってもらうぞ、蓼科冥」
大きな余裕と小さな緊張をまとめて吐き出すように、ゆらはそう宣言した。




