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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
47/59

23:四日目/男島02









 ――無痛症。


 つまり痛みが――触覚がない。

 それが奇妙な手応えの正体。

 殴られたら必ず起こるはずの肉体の防御反応がない。

 そしてそれゆえの素早い反撃。


「さすがツルギ殿。ご推察の通りです」


 示炎は笑みを浮かべて肯定した。


「知っておりますか。無痛症の子供は自分を不死身のヒーローだと思い込み、高所から飛び降りたりすることが多々あるそうです。恥ずかしながら拙もそれなりに無茶をしてきましてね、おかげで人より少し頑丈になってしまった」

「少しって手応えじゃなかったぞ……」


 ツルギは痛みを振り払うように右手を振る。

 車のタイヤを殴ったような手応えだった。

 沖縄の空手家は自らを打たせて筋骨を鍛え抜き、鋼のような肉体を得るという。それに近い効果が彼の体にも出ているのだろう。

 無痛症と、それによって培われた鋼の肉体――それこそが、大鳳示炎の『不死身』の正体。


 同時に、その人並み外れた筋力のタネもわかった。

 痛覚には人間の力を制限するリミッターの役割もある。催眠術で痛みを消せば人は指で硬貨を曲げられる――なんて話もあるくらいだ。

 つまり、痛みを感じない彼には、はなからそのリミッターがないのだ。

 無痛症というたった一つの体質が、彼に無数の強さを与えている。


「そも拙の先祖は、古く遡れば鞍馬の地で天狗と呼ばれた者たちだとか。そのせいでしょうかね、ときおり生まれるのですよ。拙のような体質のものが」

「……なるほど、そりゃ強いわけだ」


 鞍馬と天狗の存在は、日本武術を語る上で避けて通れない。

 天狗と呼ばれた陰陽師『鬼一法眼』によって鞍馬の八人の僧に伝えられたのが京八流。日本における武術の源流の一つだ。つまるところ鞍馬の天狗とは、源流に極めて近い武術者のこと。彼が天分という才能の一端はそこからもたらされたものだろう。


「もしかして、お前の技には京八流も混じってるのか?」

「いえ。拙の拳はあくまで我流。由来も出自もありません」

「そうか。少し残念だ。京八流には個人的に興味があったんだが」


 京八流は現在では失伝している。

 幾つかの流派にその技と色だけを残して。

 今や創作扱いされ使い手は皆無の京八流に、ツルギは以前から興味を持っていた。

 だが、ツルギの言葉に示炎は不服そうな顔をする。


「我流の拳では物足りませんか?」

「いや。それこそまさかだ。お前の強さは骨身に沁みた。不足なんかあるわけない」

「それはよかった。であればそろそろ再開しましょう。拙は我慢の利かぬ男ゆえ、あまり焦らされると先に手が出そうです」

「……そうだな」


 会話中に意識して呼吸を整えていたので、カウンターのダメージはだいぶ抜けた。

 ツルギは一度目を閉じ、深呼吸する。

 そして息を吐きながら目を開く。


「じゃあ改めて、お相手願おうか」

「喜んで」


 ツルギは構えを取り、示炎は両手を下げる。

 その構えなき構えに挑みかかるように視線をぶつけ、ツルギは告げた。


「――行くぞ」


 再び自ら懸かる。

 ただし今度はフェイントを交えた。

 目線での誘導、寸止め、そして技の起こりだけを見せ、カウンターの誤爆を狙う。

 だが示炎は思った以上に鋭い。まるでひっかからない。

 無痛症なら触覚や温度も感じていないはずだが、それでも寸止めを見極めている。

 そして実際に当てに行ったときには、必ずカウンターが飛んでくる。


「ぐうっ――!」


 水月に刺さりそうになった突きを、寸前で身を捩って肩で受ける。

 それでも打撃力は凄まじく、ツルギは再び打ち上げられた。

 虚実を見分ける眼力は積み重ねてきた実戦経験の数ゆえか。

 打たれた肩が痛みを訴え、左腕全体に痺れが走る。

 それをなんとかこらえながら、飛ばされるまま木の幹に着地。そこを蹴って半回転し、今度は大地に着地する。


「なら――」


 次に取った策は乱打。

 カウンターというのは一撃の威力が重いほど、そして動きが遅いほどに効果を発揮する。ならば逆に軽い打撃の連打ならばどうだ。


「はああっ――!」


 一拍に五打。

 呼吸を止めての無酸素運動。

 全身の速筋を総動員して回転数で勝負をかける。

 打つ。

 打つ。

 打つ。

 だが、示炎はびくともしない。

 何の痛痒も感じていないかのように。


「なるほど。考えはわかりましたが、それは悪手ですね――」


 示炎は打撃を受け続けたまま拳を振り上げる。

 そして、殴られながら殴り返してきた。

 それでも軽い打撃に終止していたツルギは、先程より若干の余裕があった。

 身を翻して示炎の拳を避ける。

 頬の横をカウンターが擦過し、皮膚が裂けた。

 数滴の血が宙を舞う。


「……ああ、確かに悪手のようだ」


 頬の血を拭う。

 ツルギの膂力は筋力によるものではない。

 全身の連動、複雑な動きの噛み合わせによる、言わば技術的な力だ。

 ゆえに乱打戦をしかけてもその力は発揮されない。鋼のような肉体を持つ示炎相手ではなおさらだ。



 ――大鳳示炎を破るには、その肉体強度を超える打撃が必要だ。



 小手先では駄目だ。

 付け焼き刃では駄目だ。

 渾身の一撃が必要になる。


(だが――そうすると今度はカウンターの狙い目になってしまう――)


 技と体質が噛み合っている。


(――やはり、強いな。定石は通用しない)


 武術において勝機を得るタイミングとされる『先』は大きく分けて三つある。

 相手より先に出して先に当てる、『先の先』。

 相手と同時に懸かって先に当てる、『対の先』。

 相手の技の後から出して先に当てる、『後の先』。


 しかし彼の場合、攻撃を成立させたときに攻撃する、いわば『後の後』とでもいうべき独自のタイミングでの攻撃だ。

 防御というのは攻撃を行う瞬間が最も薄くなる。

 そこに交差法で人外じみた筋力の打撃が叩き込まれるのだ。


(もしも、仮にオレの打撃力が示炎と互角だったとしても――カウンターで入る分こちらのほうがダメージは大きい。耐久力を考えればさらに差は開くだろう)


 武術の基本に則って三種のどの『先』を繰り出しても、後出しで放たれる『後の後』に勝てない。

 自分の武は天分だと示炎は言った。

 確かに、あながち嘘ではない。

 これは体質を起源とした、示炎にしか使えない彼だけの武術だ。


(それでも――)


 ツルギは拳を握って駆けた。

 狙うは頭部。いくら耐久力が桁外れでも、人間であるなら脳を揺らせば倒れるはず。それを低い姿勢からアッパー気味に狙う。

 示炎は避けない。

 地面を踏みしめる足を木の根のようにして、下半身のバネを上半身に伝達させ――ツルギは拳を突き上げる。


(無影血刀流――『力の統率』)


 全身を連動させた拳は示炎の顎を完璧に捉えた。

 その筋肉を鎧う体躯の重みが正中線に響く。

 そのまま力の限りに打ち上げた。

 だが――返ってくる手応えがあまりに硬い。


(これは――首の力が尋常じゃない!?)


 頭部への打撃を緩和する首の筋力も、その体質により桁外れに強いらしい。

 ここまで完璧に当てているのに揺らせない。

 どころか、示炎は両足を浮かせたまま、空中で反撃の体勢を取っている。


「『是空』」


 示炎の声が頭上から響く。

 同時に振り下ろされた手刀がツルギの両肩を叩き斬るように打ち込まれた。


「があっ――!!」


 骨が軋む音がした。

 思わず後方へと転がり、距離を取る。

 両腕がちぎれ飛んだかと思った。

 だが痛みによる錯覚だ。腕はつながっている。

 ……つながっているが、ひどく痺れている。


 一方の示炎は優雅にそのまま着地した。

 首を左右に動かして鳴らし、調子を確かめている。


(――まるで魔鳥だな)


 地を行く人には使えず、地を這うものを等しく食らう魔鳥の拳。

 それが大鳳示炎の戦い方。

 昨日見た、鷹に連れ去られるネズミの姿が脳裏をよぎる。


(『ネズミは鷹には勝てない』――か)


 それは鷹とネズミを見て示炎が言ったことだった。

 それを示炎と自分に重ねてしまった。

 天分で戦う示炎と、そこに食らいつこうとする自分。

 知らずへの字に曲がっていたツルギの口元が、少しだけ笑う。


「示炎」

「なんですか、ツルギ殿」

「お前は言っていたな。どんなに努力しようとネズミは鷹に勝てないと」

「ええ。異論がおありですか?」


 無造作に歩み寄ってくる示炎。

 凄まじい戦意を肌で感じる。その気配に押されて鳥が飛び立ち、獣が逃げていく気配がする。

 ツルギも思わず後退しそうになった。

 だが――逆に前に踏み出した。

 そして告げる。


「ある。お前はまだ、()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()。それが本当に鷹に敵わないかは、やってみなければわからない」


 いかに相手が魔鳥の拳であっても、その爪がこちらをつかもうとするのであれば、こちらの牙もまた、届かぬ理屈はない。





 ――ならば必然、鳥に当たらぬ道理はない。





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[良い点] 作者がかきたいものを書いてる気がする [気になる点] 読者からしたら何をやっているのかよく分からない
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