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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
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22:四日目/男島01







 朝、目が覚めるたびにツルギは思う。

 体内時計というのはどうしてこんなにも正確なのか、と。


 その日も陽の位置がまだ低い早朝に、いつも通りに目覚めた。

 二股の倒木の間に蔦を巻いただけの即席のベッドから身を起こす。

 凝り固まった体を伸ばして、少し冷たい空気で肺を満たす。

 そうして最初に視線を向けたのは近くで焚いていた火の跡だ。

 昨夜のうちに軽く土を掛けて火を消し、強制的に熾火状態にしておいた。その方がただ燃焼に任せるより長持ちするからだ。

 この島は五月の初旬にしては暖かく、日中は汗ばむくらいだが、それでも夜はやはり冷える。まともなシェルターなしに夜を越すには対策が必要だった。


 と、樹の根本に背中を預けている大鳳示炎の姿が視界に入る。

 左足を伸ばして右足を曲げ、その曲げた右膝を両手で抱えるように座っていた。

 その目線は焚き火跡を見ているようで見ておらず、目の下にはクマができている。


「――眠れなかったのか?」

「いえ」


 言葉でこそ否定したが、ずっと起きていたことは明白だった。


「何度も言うが――咲也のことはお前のせいじゃないし、黒楼院グループの医療技術なら傷跡すら残らないと思うぞ。迎えの人もそう言ってたし」

「はてさて、何のお話やら。拙はあの男のことなど気にしておりませんが」

「そうか……」


 もともと頑固なのか、意固地になっているのか。

 むう、とツルギは考える。

 この状況で、自分にできることと言えば――


「――示炎」

「なんです?」

「少し組み手に付き合ってくれないか?」


 示炎は驚き、顔を上げた。


「いいのですか? それこそあの男に無駄だと言われていたのに」

「無駄かどうかは時と場合によるだろう」

「……意外です。あの男の言うことを何でも鵜呑みにしているのかと」

「オレは逆に示炎が否定から入り過ぎだと思ってた。ま、行きすぎればどっちも不健全だよな」


 体や心が一つの形に固まって状況に即応できないことを、武術の世界では『居付き』と言う。

 武術家としては絶対に避けねばならない状態だ。


「で、どうする? もちろん無理にとは言わないが」

「まさか。願ってもないことです」


 示炎は立ち上がって長い前髪を後ろに撫でつける。

 顕になった両目は、寝不足による充血とクマを差し引いてもなお、強い光を放っている。


「心こそ心惑わす心なれ――不要なことを考えるのはやめにします。せっかくツルギ殿がその気になってくれたのです。ならばそれを楽しまなくてはもったいない」


 いつもの、我を叩きつけてくるような迫力こそ少し薄れているが――それは確かにツルギのよく知る示炎の顔だった。


「あのときの続きと行きましょう」

「ああ。実はオレも少しだけ気になってたんだ。あのまま続けたら何が見られたのか――ってさ」


 ツルギは示炎とは違う。

 殴り合うことに愉悦を感じたり、それ自体を目的にはしていない。

 しかし、戦うことで相手の積み重ねが見えてくるのは好きだ。

 相手とその流派が研鑽してきたものが、自分の実力に合わせて引き出しから出てくる。その工程と中身にいつも感動する。


 だから気になっていた。

 大鳳示炎。

 その実力はいかほどか。

 臣とは相性が悪く、ツルギとは相性がいいという彼の戦闘スタイルとは。

 『不死身』と称される耐久力の秘密とは。

 ツルギの『力の統率』と互角に渡り合う膂力の秘密は。

 気になっていたことが、今から詳らかになるかもしれない。


「では、その答え合わせと行きましょうか」


 示炎の闘志が強くなっていくのを肌で感じる。

 普通の武系生徒なら戦闘中のそれに匹敵する気配。

 いつ動いてもおかしくない気の高まり。

 触発されるようにツルギは構える。

 だが、示炎は構えを取らない。


「構えないのか?」

「元より拙の拳は我流。構えなどありませんので、いつでもどうぞ」


 構え。

 武術においてその重要性はいまさら語るまでもない。それは攻撃にも防御にもより転じやすい姿勢を研究して生まれたものだ。

 だが同時に、懸かりの種類を大幅に狭めるという短所もある。構えればどうしても動きの形が限られてしまう。ゆえに剣術においては構えによる相性が歴然として存在する。


 構えない、ということはその変化が自在ということだ。

 あるいは我流の彼らしいとも言えた。


「わかった。じゃあ遠慮なく――行くぞ」


 ツルギは以前拳を交えたときのように、真正面からまっすぐに懸かった。

 強烈な踏み込みで足元が爆発する。

 構わず全身を連動させて力を編み上げる。

 地面を蹴った足の力が背中を通って肩を突き抜け、そのまま拳に乗せられる。

 空気を切り裂く抵抗感をはっきりと感じるほどの加速。



 対して示炎は――何もしない。



 てっきりあのときのように拳の衝突になると思ったツルギは一瞬怪訝を浮かべ、それでもそのままに突きを放つ。

 剛弓から放たれた一本の矢のように、強烈な速度で肉薄して繰り出される拳。

 そこに至っても、示炎は未だ微動したのみで攻撃にも防御にも移らない。


(どうする気だ? ここから何をやったって間に合わないぞ――)


 そしてツルギの考えた通り、拳は一切の妨害なく示炎の体に命中した。

 だが――拳の先から感じたのは、強烈な違和感。

 今まで数え切れないほどに人を打ってきたツルギでさえ未知の感触。


(な――)


 次の瞬間、吹き飛んだのはツルギの体だった。

 全身を衝撃が突き抜ける。

 途方もなく巨大なハンマーで殴られたような、痺れさえ伴う衝撃だった。


(に――!?)


 一瞬制御を失った体のコントロールを必死で取り戻す。

 全身の筋肉を締めて体内を走る衝撃を散らす。

 それから浮き上がっていた体をひねって左手で近くの樹木に掴まり、体勢を立て直そうとした。

 だが、受けた威力が大きすぎた。

 樹に掴まった左手はすぐに剥がれ、代わりに踏ん張った両足でブレーキをかけざるを得なかった。

 ザリザリと地面を削りながら数歩分後退し、ツルギは示炎を見る。

 彼は拳を突き出した状態で残身していた。



 ――カウンターを食らったのだ。



 示炎はツルギの繰り出した拳を受けて、そこに自分の拳を突き出した。

 だからツルギは殺しきれなかった慣性分、自分の拳の威力も合わせて食らったのだ。

 ああ、理屈の上では簡単な話だ。

 だが現実でそれをやるとしたら、どうか。


 人間の肉体というものは思考だけで動いているのではない。

 殴られれば反射で筋肉は硬直し、神経系統は痛みを伝え、脳はそれの処理に追われ、意識が自然とそこに向き、肉体の緻密なコントロールは難しくなる。

 だから普通、カウンターというものは相手の攻撃を躱しながらするか、相手の攻撃より先に当てる後の先を取る。


 まして校舎を揺らすツルギの拳を真正面から受けたのだ。

 そこに後出しのカウンターをするなど、いったいどんな肉体を持っていたら――


「――『不死身』」


 そう呼ばれるくらいの肉体が必要だ。

 鋼のような筋肉の鎧。衝撃に耐えうる太い骨格。

 そして何よりも必要なのが――






「その正体は――『無痛症』か」







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