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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
43/59

19:三日目/女島02









 風々院風雅は浜辺の拠点で夕食の準備をしていた。

 夕食――と言っても、陽はまだ落ちきっていない。

 傾いてはいるが沈むには今しばらく猶予がある。

 だが、明かりに乏しい無人島では早めの行動が鉄則だ。


「――そろそろですかね」


 焚き火の炭を木の枝でかき分け、その下の土をほじくり返す。

 埋まっていたのは大量の笹の葉。

 それをさらにひっくり返す。

 沸き立つ湯気の中にあったのは、火の下でしっかりと蒸された魚だった。


「ふむ、上々ですね」


 枝を器用に使って、魚を大きなフキの葉の上に置く。

 鱗を剥がされ塩を振られ、丁寧に笹の葉の中で蒸し焼きにされた魚の身は、ところどころ柔らかくほぐれて空腹を刺激する匂いを放つ。


「ぐう」


 腹の音が鳴った――のではない。

 食欲が高まりすぎて口で擬音を言ってしまった。

 思わず周りを見渡す。

 誰もいない。

 ――よかった。見られても聞かれてもない。


「こ、こほん」


 咳払いをして、羞恥の感情を散らす。


「それでは、改めて――」


 実食、と風雅は箸を伸ばしたのだが――途中で手が止まった。

 視線を動かす。

 拠点の背面、林の奥の斜面からやかましい音がする。

 怪訝に思って目を凝らすと、数人の女子生徒が滑り落ちてくるところだった。


「あわわわわわ――」

「マヤ、もっとしっかり踏ん張るのです!」

「そんなこと言っても滑るんですよう!」

「……がんばって、麻矢」

「いやいやそんな他人事みたいに――!」


 三つ編みの文学少女然とした女子生徒が先頭になり、後ろに小柄な眼鏡女子と背の高い黒髪ロング女子がくっついて滑ってきている。

 その中のひとりの声に聞き覚えがあった。


「――冥?」


 いったい何をしているのだろう。

 連結枯れ葉スキーなんて危険度マックスな遊びをするタイプではないはずだが。

 ともあれ、黙って見ていると大事故につながりそうだったので風雅は声をかけた。


「右に曲がりなさい! そのままだと蛇結茨に突っ込みます!」

「うええっ!?」


 先頭の三つ編み少女が慌てふためき、しかし舵取りは用意ではないようで、進路は変わらない。


「しょうがない――」

「しょうがないですねっ――!」


 救助に入ろうとつぶやいた風雅の言葉は、友人の同じ言葉に上書きされる。

 その言葉と共に黒縁眼鏡の少女――蓼科冥が前に出た。


 右手で三つ編みの手を、左手で黒髪ロングの手をしっかりと掴む。

 肩関節の可動域をギリギリまで使って腕を回す。

 と同時に跳躍。

 自らの重量と筋力を遠心力と組み合わせて、残りの二人の軌道をずらす。

 結果、三人は茨への直撃コースから完全に逃れた。

 少しずれた場所を滑っていく。


「――ふむん。さすがですね、冥」


 滑りやすい地面だったことも要因の一つだろうが、それにしても自分の倍以上の重量を軽々と動かしてしまう技量には驚嘆する。

 伊達に武系生徒ではない。


 三人の女子生徒はそのまま風雅のいる浜辺の拠点まで滑り降りてきた。

 そして斜面の終わりで停止しようと揃って踏ん張った。


「ふんぎぃ~!」

「ぬぐぐぅ~!」

「……もう少しよ、がんばって」


 だがそこは、すでに砂の混じった地面。

 踏ん張りが効くはずもなく、結局つんのめって全員で倒れ込んだ。


「ぐえっ」


 カエルのような声を上げて二人の女子の下敷きになった友人に風雅は近づき、しゃがんで顔を覗き込む。


「ずいぶんと危ない遊びをしているんですね」

「……これが遊びに見えたのなら、貴方の中の私は相当愉快な人物みたいですね、フーガ」

「ふむん。遊びでないとしたら、何があったんです?」

「話すと長くなりますが――」


 と、そんな会話をしているさなか。

 ゴボゴボと近くの海面で気泡が弾けた。

 寄せては返す小さな波の間で、不自然なほど大きい泡。

 そしてそこからざばりと海水をかき分けて、一人の女子が浮上してきた。


 濡れた長い髪が海藻のように全身に絡みつき、そのせいで表情は見えない。

 そこだけ見ればどこぞの恐怖映画の幽霊のようだ。

 ただし、手に持っているものがあまりに幽霊らしくない。


 ――太く長い木の枝。

 端的に言えば天然の木刀だった。

 直接的に暴力的すぎて超自然の存在らしさは皆無だ。


「何者です?」

「蓼科冥を、見つけた」

「会話をする気ゼロですか」


 風雅がにらみつけても、まるで意に介す様子がない。

 髪に隠れた視線もまっすぐに冥に向かっている。


「ゆら様の命により、『ご案内』する」


 そう告げた暴力幽霊女は音もなく木刀を構えた。

 顔の右に柄を起き、まっすぐ上に立てるような特徴的な構え。

 武術にはさほど詳しくない風雅でも知っている、有名な構えだった。


「ふむん。蜻蛉の構えというヤツですか」


 相手の防御すら叩き割るという二の太刀要らずの剛の剣――示現流の構えだ。


「冥。またいらんとこに喧嘩売ったんですか?」

「そうやってすぐ人を疑うのはよくないと思うのですが」

「じゃあ、特に理由もなく因縁をつけられていると?」


 問うと冥は露骨に視線をそらした。


「……まあ、だいたい事情は察しました。普段ならおとなしくボコられて来なさいと言うところですが」


 後ろには無関係の女子生徒二人がいる。

 そして、今日の風雅は機嫌がいい。


「温泉を教えてくれたお礼分くらいはお返ししましょう」


 風雅もまた、暴力幽霊女に向けて構える。

 この身は武系生徒ではない。

 だが忍びだ。

 忍者が武人に勝てない道理はない。


「フーガ、それなら私も――」

「不要です。知っているでしょう、冥。ワタシの()()を」

「……でしたね。()()()()()()()()()()()()()()()

「ふむん。それが賢明かと」


 友人の助力を断り、集中力を研ぎ澄ませる。

 そして雄叫びを上げながら打ち込んでくる幽霊女に対し、風雅は踏み込んだ。














「――ゆら様」


 傍らに松葉杖を置き、優雅に釣りを楽しんでいた綴喜ゆらの元に、一人の女子生徒が馳せ参じた。


「高良が蓼科冥を発見。D9方向に追い込んだそうです」

「かかったか」


 ゆらは竹の釣り竿を持ち上げる。

 ジャージのほつれから紡いだナイロン糸は決して切れることなく手元まで魚を運んできた。

 ビチビチと暴れるヤマメから針を外し、そばに置いてあった竹串を脳天に刺す。

 活け締めされたヤマメはすぐに動かなくなる。ゆらはそれを竹で編んだビクに放り込んだ。


「なら始めよう。お前も配置につけ」

「は」


 報告に来た女子生徒は顔を伏せ、瞬時にその場を去る。

 ゆらは餌をつけ直し、再び針を渓流に放り込む。

 そしてひとりごつ。


「これがおれの十面埋伏(戦い方)だ。せいぜい楽しんでくれ、策士殿」


 それを聞くものも、答えるものも、その場にはいない。

 ただただ静かに、渓流の水と時間が流れてゆく。




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