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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
42/59

18:三日目/女島01









 ――蓼科冥は推理小説が好きだ。


 与えられた情報を元に全貌を推理するという行為が好きだ。

 配られたパズルのピースを並べて、そこに描かれた絵の全体像を想像する。

 『読者への挑戦状』が挟まれている作品を読むときなどは、考えがまとまるまで絶対その先を開かない。


 犯人は?

 凶器は?

 トリックは?

 動機は?


 自分の中で答えが出るまでは意地でも解答編を読まない。

 そのために一冊読み終わるまでに一週間以上費やすこともあった。

 そこまでしても歯が立たないことも多い。


 自力で真実にたどり着けたときのことを勝利と呼ぶのなら、冥の勝率はせいぜいが三割といったところだ。

 だが、冥は己の勝利を重視しない。

 本当の歓びは敗北の中にこそある。


 冥が何よりも好きなのは、自分が思い描いていた絵より、ずっと大きな絵を叩きつけられることだ。殺人事件の全貌よりもさらに大きな真相が、まるで想像もしなかった真実が描かれていたときこそ、感動と歓びを覚える。


「『時計館の殺人』は素晴らしかったですね――」


 ――そして。

 人間は推理小説に似ている、と冥は思っている。

 話をして、あるいは噂を聞いてピースを集める。

 すると彼ないし彼女がどんな人間がわかるようになり、どんな行動を起こすかもわかるようになってくる。


 そこに至ったら次は確認だ。

 周りの人間を言葉巧みに誘導し、特殊な状況に追い込んでその行動を観察する。

 冥の思い通りの行動をする人間もいるし、想定外の行動を取る人間もいる。

 それこそ冥がまるで想像しなかったようなことをしでかす人間も。

 だからこそ面白く、やめられない。


「このサバイバル実習が終わったら、また色々と試したいところです。読みたい本もあるし、気になる人も――」


 野暮ったい黒縁眼鏡をくいっと直し、視界のずれを修正する。

 その目線の先にあったのは、幹を削られ、矢印を刻まれた杉の木だった。


「矢印は右――ということは、次は左ですね」


 武系生徒のうちでも限られた者だけが知っている温泉の目印。

 できるだけ場所を秘密にするために、矢印は進むべき方向とは逆に掘られている。


 これは武系生徒の本質の一端を示している。

 すなわち、競争を重視し協調を否定すること。

 武系生徒がサバイバル環境でも協力しないのもそうだ。

 本質的に自分以外を信じない。

 そして、より困難な方向へ自らを追い込もうとする。


「ま、そのへんは武系によらず人により――ですが」


 例えば武系生徒でありながら、他人を利用するスタイルの冥自身。

 例えば一般生徒でありながら、一人でサバイバルをやり遂げようとしていた風々院風雅。

 型にはめて考えすぎれば例外に足元をすくわれる。

 真に見るべきは所属ではなくその人自身の考え方だ。


「そういえば――フーガはもう温泉に行ったでしょうか」


 あれは冥にしては珍しく善意100パーセントの行動だった。

 しかしながら、だからこそ怪しすぎて信用されなかったかもしれない。


「ま、いいですけどね。信用されないのは慣れっこですし」


 なんてことを考えながら温泉に向かう山道を進んでいると、前方に人影が見えた。

 長い黒髪を揺らす長身の女子生徒と、その背中を押す三つ編み三本の女子生徒。

 前者にも少しばかりの心当たりがあったが、それ以上に後者だ。

 後ろ姿でもはっきりと識別できる。

 こんな髪型の人間、冥は一人しか知らない。


「――マヤ?」


 かけた声が女子生徒の背中に届き、彼女は振り返る。


「あれ。冥じゃないですか」

「奇遇ですね、こんなところで会うなんて」

「奇遇っていうか――冥も温泉が目当てですよね?」

「む」


 どうやら彼女たちは武系生徒でもないのに秘密の温泉のことを知っているらしい。

 口の軽いやつもいたものだ、と冥は自分のことを棚に上げて思う。


「……誰?」


 麻矢の背中からもう一人の女子生徒が割って入る。


「わたしの友達です。同中の」

「……オナチュー?」

「同じ中学出身ってことです。略して同中」

「蓼科冥です。よろしくお願いします」

「…………黒瀬塔子よ。よろしく」

「うっ――いえ、どうも」


 視線が冷たい。

 言葉とは裏腹に警戒されてるようだ。

 自分より小さい麻矢の背中に隠れようとする様子は、一見して滑稽に思える。

 しかしその眼力は強い。

 武系女子の中でも図太さには自信がある冥をして、たじろがせるだけの迫力があった。

 思わず半歩後ずさる。



 ――そのときだった。



 頭上から葉擦れの音が響いた。

 野生の猿か何かが枝を移動しているのかな――などと、考えたが、それにしては音が大きい。そこにいるのはもっと大きな生き物のようだった。

 武系生徒の反射として戦闘態勢を取る。

 少し遅れて塔子と麻矢も疑問に思ったのか頭上を見上げる。


 そんな一同の前に、人が降ってきた。

 医療用の眼帯を右目につけた、細身の女子生徒だった。


「――蓼科冥だな?」


 眼帯少女は開口一番に冥の名前を口にする。

 ちょっときな臭いものを感じつつ、冥はうなずく。


「そう、ですけど」

「ゆら様の命により、貴方をあの方のところへ案内する」

「ゆら――? 綴喜ゆらですか?」


 眼帯少女が首肯する。

 途端、麻矢が目を見開いた。


「あ――――――――っ!?」


 びくっと体を震わせつつ、冥は麻矢の方を見る。


「な、なんですかマヤ」

「ゆらさんが言ってたメガネの女って冥だったんですね……!」


 一人納得している。

 が、冥には意味がわからない。


「いや、言われてみたらそうじゃないですか、人を動かす腹黒メガネ女なんて、冥そのものです」

「……さんざんな言われようですね。いや、それよりゆらが私のことを?」

「そうですよ。意趣返しをするつもりだから、メガネの味方はするなって」

「意趣返し――」


 ああ、うん。

 心当たりはバリバリにある。

 冥は滝川ツルギにぶつける障害として綴喜ゆらを『使った』。

 その扱いに腹を立てているというなら、それは彼女の正当な権利だろう。


「そうだな――この件に関わらないのであれば、お前たち二人に用はない。あたしの任務は飽くまで蓼科冥の案内だ」


 眼帯少女も麻矢の言動を肯定する。

 となると、案内された先で楽しく談笑――なんてことにはならなさそうだ。


「ちなみに、断った場合は?」


 試しに聞いてみると、眼帯少女は少しだけ考えるそぶりをしてから、


「力づくで案内する」

「そーゆーのは案内とは言いませんよ!」


 あまりにも常識的なツッコミが入った。


「うるさい。あたしの国じゃ言うんだよ」

「わたしもその国に住んでますけど!?」


 確かに。

 これまた至極当然の返しだった。

 だが度重なるツッコミに眼帯少女は気分を害したようだった。


「むう――なんなんだお前、邪魔をするのか?」


 すうっと隻眼が細められ、急激に冷たい空気が漂う。

 その気配を受けて麻矢の動きが止まる。

 ああもう、と冥は心のなかで嘆息する。

 数少ない友人に危害が及ぶのはさすがに見過ごせない。


「わかりました。ついていきま――」

「冥っ!」


 腕を引っ張られる。

 そしてここは傾斜のきつい山道。

 結論として、冥は麻矢にひっぱられるがまま、坂を滑り落ちていく。

 速度も徐々に増していく。


「逃げますよ!」

「いや、でも――」

「でもじゃない! 何されるかわかりませんよ!」


 右手で冥を、左手で塔子を引っ張りながら、麻矢が叫ぶ。

 ……そういうところなんですよね、と冥は一人思う。

 とにかく優しくて、放っておくということができない少女なのだ。

 だからこんな自分とも友達になってしまった。

 黒瀬塔子も同じだろう。

 そうして変な人間ばかり集めてしまうところに、彼女自身は気づいているのだろうか。




 三人まとめて、ざりざりと雪の斜面をスキーで滑るような速度で降りていく。




 冥は後ろを振り返った。

 意外なことに眼帯少女は追ってこず、悠長にも懐から『サバイバルのしおり』を取り出していた。それをペラペラとめくる。


「――なるほど、さすがゆら様。指示を実行します」


 遠ざかっていく中、最後にそんな声が聞こえた気がした。




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