14:二日目/女島02
ジャージを脱ぎ、体操服を脱ぎ、下着を脱ぎ、髪を解き。
八嶋麻矢は温泉そばに積まれていた大きな豆の莢を一つ借り受けた。
サイカチという植物の乾燥した莢だ。
この莢にはサポニンという成分が含まれていて石鹸代わりになる。
誰が最初に気づいて集めたのかは知らないが、サバイバル生活でもできる限りのことはしようという武系女子たちの執念が伝わってくる。
洗濯を済ませ、体を洗って流してから、麻矢は警戒しつつ湯に浸かった。
その後ろに塔子がぴたりとくっついてくる。
柔らかな胸が背中に当たる感触。いくら同性でも鼻の奥にこみ上げてくるものがある。鼻の頭を軽く押さえて、それから前方に浸かっている女子生徒を見た。
なんと言っても印象的なのは髪だ。
色は紅葉を思わせる赤毛。
くせっ毛であちこち違う方向にハネている。
そして髪型は、前髪が短く額が半分くらい露出する特徴的なもの。
やはり麻矢の記憶にある綴喜ゆらに間違いなさそうだった。
「……貴方、まだ上がらないの?」
「お前らの男にやられた傷が深くてな。湯治も兼ねてるんだよ」
「ツルギくんに?」
麻矢の疑問にゆらはぎこちなく右腕を上げて、回してみせる。
「おかげでこの有様だ。ヤツめ、おれが女だからと気遣う素振りなど微塵もなかった」
「確かにツルギくん、性別を理由に手を抜くタイプではないですよね」
「手を抜くタイプならまだやりようがあったんだがな。いや――今となってはこれでよかったのかもしれん」
ツルギは女だからと手を抜くよりは女武術家として全力で相手をするタイプだ。
そしてその全力の拳の威力は麻矢も知っているので、アレを受けて多少の怪我ですんでいるゆらに内心驚嘆する。
同時に、そのさっぱりした言動にツルギへの恨みなどはあまりなさそうだと感じた。ツルギの話でも、塔子を人質に取ったことには眉をひそめていたが、「オレの知らない強さを持った人だった」と好意的だった。
武系生徒という生き物は戦いが終われば遺恨を残さないのかもしれない。
「あの、よければ私も診ましょうか?」
「んん? ああ、そうか。八嶋麻矢、貴様はそういう家系だったな」
どこで聞いたか知らないが、自分のこともしっかり把握しているらしい。
八嶋家が薬師の家系で、体臭から病状を把握できる特異体質だということも知られているわけだ。
「……麻矢。そんなの、する必要ないわ」
「でも塔子さん。怪我人に貴賤はないわけですし」
「……いいえ、そいつは間違いなく卑賤だわ」
「くくく。卑賤と来たか」
ゆらは笑った。
「いやいや、黒瀬塔子。貴様の恨みはもっともだが、せめて今くらいは水に流そうじゃないか。裸の付き合いとはそういうものだろう?」
「…………」
塔子は言葉と視線を向けられ、それを避けるように麻矢の真後ろに戻り、肩まで湯に浸かった。
「それと八嶋麻矢。貴様の提案は好意だけ受け取っておく。それよりもだ、一つ聞きたいことがある」
「えっと、なんでしょう?」
「――貴様ら、誰にここを教わった?」
笑みから一転、冷たい表情が顔を出す。
じろりと視線が飛んでくる。
「もしかしてメガネの女じゃなかったか?」
「いえ。水無月さんっていう、白髪の人でしたけど」
麻矢の答えを聞いた瞬間、ゆらの表情に困惑が混じる。
「玲子が――? それなら、いや、しかし――」
「それがどうかしたんですか?」
麻矢の問いに、ゆらは鋭い視線と共に問いを投げ返してきた。
「貴様らは先の記章争奪戦、裏で起こっていた事態をどこまで把握している?」
「わたしはほとんど部外者で……塔子さんも貴方に捕まってたし……それがその、メガネの人と関係しているんですか?」
「端的に言えば、おれの敵だ」
「敵――」
「貴様らにしてみれば、おれが諸悪の根源のように見えているだろうが、あのとき、おれを自分の目的のために使おうとしたヤツがいる。いいや、実際に使われたんだ。おれは人を使うのは好きだが、人に使われるのは我慢ならん」
「ははあ……」
それはまた、難儀な性格ですね……とはさすがに言えない。
だが言葉を飲み込んだ麻矢のことなどお構いなしにゆらは続ける。
「ヤツは指し手だ。人の心をくすぐって遠間から都合のいい一手を打ってくる。ゆえに貴様らもその駒なのではないかと疑った。おれの目の届かないところからおれの巣に向けて放たれた矢ではないか――とな」
「……よくわかりませんけど、わたしたちの疑いは晴れたんですか?」
「玲子はヤツにそそのかされるようなタマではないし、今も目をつけているが、さりとて天網恢恢というわけではない。上手の手から水が漏れることもある」
その言葉に、ぴったり重なってゆらの視線を避けていた塔子が少しだけ顔を出す。
「……ジョーズの手から水が漏れる?」
「塔子さん、今の発音明らかにサメでしたよね!? そりゃヒレの手をがんばって重ねても水は漏れるでしょうけど……!」
「愉快な漫才をするな。さっきの話に戻るが、九割九分貴様らは白だと思っている。敵ではないだろうとな。だからこそ言っておくぞ。メガネの女には与するな」
「……いったいこれから何をする気なんです?」
敵だとか、指し手だとか、矢だとか。
与するとか与しないとか。
これは学校の行事の一環で、サバイバル実習の授業のはずなのに。
それとはまったく関係ないことを起こすような物言いだった。
「意趣返しだよ。やられたらやり返すのがおれの流儀だ。ヤツにはおれの思うように踊ってもらう」
……ああ、そうだった。
この人は学校行事の一環で、人質を取り毒を使った人だった。
常識や良識など通用するはずがない。
そんなことを考えてごくりとつばを飲み込んだ麻矢に対して。
「――ところで」
ゆらは疑問を口にした。
「さっきから貴様らずっとくっついているが――そういう関係か?」
「いやいやいやいや、女の子同士ですよ!」
「だからどうした。女同士で何が悪い。イチャつこうがベタつこうが、そこに愛があれば関係あるまい。性別など些細な問題だ」
「えっ、あっ、はい」
急に不機嫌になったゆらに、思わず肯定で返す。
と、後ろからそこに賛同するもの一名。
「……初めて意見の一致を見たわね、赤毛」
「それは何よりだ、黒瀬塔子。ああ、おれたちには偏見がないから、思う存分イチャついていくがいい」
「……だそうよ、麻矢」
「いやいや、かんべんしてください……」
背中からべったりとくっつかれ、両腕を腰に回されているだけでものぼせそうになっているのに、これ以上何かがあったらどうなってしまうのか。
麻矢は二度、熱くなってきた鼻頭を押さえた。




