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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
36/59

12:二日目/男島05








 生い茂る竹林の中。

 倉本臣は無言で観察していた。

 何をかと言えば――近くに陣取り、嬉々としてカエルを焼く少年を、だ。


(あれは――もしや、ヒキガエルか)


 臣の知る限りにおいて、この島にウシガエルはいない。

 とすればあの大きさはヒキガエルに違いない。

 強力な毒を持っているが、そこを踏まえて処理すればその肉は珍味と聞く。


(かの魯山人も好んで食したらしいな。どんな味がするのか)


 正直、気になる。

 気にはなるが――今はサバイバルの真っ最中。

 安全に食せるタケノコや魚が十分に手に入るのに、わざわざ毒のあるものに手を出すなんて馬鹿のすることだ。

 そのような煩悩に振り回されてどうする。


「まったく、戯けの極みだな」

「誰がタワケだ。ボクを馬鹿にするな、倉本臣」


 そこそこ距離が離れているのにはっきりと聞こえたらしい。

 忍術同好会の双子の片割れはこっちを向き、不服そうに口元を曲げた。


「いや、今のは自戒をこめた独り言だ。お前に言ったわけではない」

「どうだか。せいぜい甘く見ていればいいさ。すぐに吠え面かかせてやるからな」


 そのわかりやすい反応に思わず口元が緩む。


(確か、風々院雷牙――だったか。少しだけヤツに似ているな)


 そういうまっすぐで単純なところは人間として好ましい。

 双子のコンビネーションによる戦闘は下手な武系生徒より手強かったし、単独での戦闘力も決して低くはない。

 無駄に私闘を挑んでくるような考えなしでなければもう少し評価したのだが。


 などと考えていたとき――不意に雷牙の顔つきが変わった。


「来る」


 端的な発言だった。

 臣は訝しみ、訊ねる。


「何がだ?」

「まだわからないけど、たぶん人間じゃない」


 臣も雷牙の見る方向に顔を向けるが、それらしいものはどこにもなく、風に揺れる葉擦れの音しか聞こえない。


「獣臭い。それに泥の匂い。これはシシだな。しかもかなり興奮している。魚とかカエルを焼く匂いを嗅ぎつけられたんだ」

「イノシシだと? 確かに出るかもしれないとは言ってたが――」


 そうそう遭遇するものではないと思っていた。

 しかしながら、イノシシの嗅覚は犬並みだと言われている。食べ物の匂いを嗅ぎつけてやってくることは十分に有り得る。


 程なく臣の耳にも足音が届いた。

 音が重い。

 足音から体重を推測する。四足であることも考慮するとだいぶ誤差が出るだろうが、それでもおおよその検討はつく。

 つくのだが――その結果を自分で疑った。


「馬鹿な。二百キロ近い……」


 視界の先で竹が揺れる。

 ぶつかったであろう竹がメキメキと音を立てて折れる。

 竹の強度は鉄の半分ほど。尋常の力でへし折れるものではない。


「来るぞ! 備えろ、倉本臣!」

「――――っ!」


 雷牙の言葉ではっと我に返り、即座に戦闘態勢を整える。




 ――かくして、イノシシは姿を現した。




 その巨体は明らかに臣の知るイノシシのそれではなかった。

 見たこともないほど大きな体躯とそれを支える四本の太い脚。

 熊と相対しているかのような圧迫感。

 小山が動いて近づいてくるような威圧感。

 毛皮の表面には泥がへばりついて乾き、コンクリートのようにひび割れている。

 鼻息が荒く、目はせわしなく周囲を探る。

 だが、予想とは異なり、その注意は魚や肉よりも、むしろこちらに向いているようだった。


「まずいな」

「何がだ?」

「アイツ、オスだ」

「やはりオスのほうが気性が荒いのか?」

「それもあるけど、ボクの毒に反応しちゃうんだよ」

「毒?」

「同性にだけ効く毒が肌から出る体質なんだ。興奮させて頭の働きを鈍らせるくらいの弱い毒だし、汗をかいたときくらいしか影響はないんだけど――」

「フェロモンのようなものか」


 白嶺学園は特異体質者を集めている、という噂がある。

 その真偽の程は定かでないが、特異体質の生徒が多いのは臣も知っていた。

 例えばそれは、武系第五席の大鳳示炎のように。


「でもシシは鼻がいいから、人間より少しの量で効いちゃうんだ」

「なるほどな。理解した。――確かにまずいな」

「だろ? っと――!」


 大イノシシが猛烈な勢いで突っ込んできた。

 雷牙は中国武術の軽身功めいた身のこなしで跳躍し、竹の上の方に掴まる。

 しかしその竹は根本を突進でへし折られ、他の竹とぶつかりながら倒れていく。

 倒れきる前に他の竹に飛び移ったものの、反動でしなり、かなり低めの位置まで降りてくる。


「身軽だな」

「忍者だからな」

「なら忍術でヤツを黙らせたらどうだ? 口ぶりからするにイノシシと相対するのは初めてではあるまい」

「楽勝だよ、ここが私物持ち込み禁止の無人島でなきゃな! くそう、痺れ薬くらい持ってきておくんだった……」

「ふん。ないものねだりをしても仕方あるまい。武器がなければ手を使う。それが武術というものだ」

「オマエはいつも自信満々だな」

「いや。正直分が悪い」


 臣の使う武術は大東流合気柔術から派生したもの。

 その真髄は人間の無意識と反射を利用した技の数々にある。

 ゆえに対人戦では圧倒的な強さを誇る。

 逆に、人間の反射や関節の動きを利用する以上、動物相手にはほとんどの技が転用できない。


 ――それでも、臣には天性の感覚がある。


 相手がいつ攻撃してくるか――その瞬間を感じ取れる。

 超能力の類ではない。

 合気の極地における集中力の発露だ。

 相手が出している無数の情報から『ならばこうなる』という答えを無意識に導き出しているのだ。


 そしてそれは獣相手でも有効だった。

 先程の突進も感じ取れた。

 ならば、いかにその攻撃力が高くとも、まっすぐに懸かってくることしか知らないのならば――食らう余地はない。




 ――来る。




 その予兆を感じた。

 体は脱力し自然体となり、神経は研ぎ澄まされる。

 大イノシシが突進してきた。

 半身のまま最小の動きで右に回避し、その側面に打撃を――


 ――攻撃の気配!


 大イノシシは前足を器用に使い減速。

 拳を突きだそうとしていた臣に向けて頭を大きく振る。


「くっ――!」


 紙一重のところを大きな牙が通り抜ける。

 そのまま重心の不安定になった体を動かし、大イノシシの背中に手をついて逆側に抜ける。

 回転。受け身。

 即座に起き上がる。

 そこに竹の上の方から雷牙の声がかけられる。


「チョトツモウシンとかってよく言うけど、コイツら曲がれるし賢いぞ」

「戯け! そういうことは早く言え!」


 それでは話が違ってくる。

 ヤツの重量は強力な武器だが、それ以上に牙は直接的な凶器だ。

 猟師がイノシシの牙にやられて命を落としたという話も聞く。

 幾度も死闘をかいくぐってきた臣でも、直接的な命の危機に晒されたことはない。

 緊張に汗がにじむ。


「おい、倉本臣」


 するすると竹を伝い降りてくる雷牙。


「なんだ、忍者」

「少しだけヤツの動きを止められないか?」

「……無茶を言ってくれる」

「無理ならいい。別の作戦を考える」

「戯け。無茶だと言ったんだ。――無理だとは言っていない」


 臣は静かに息を吐く。

 大イノシシはこちらを観察している。

 獣なりの知性で攻撃をしかけてくる。

 ならば、こちらはそれ以上の観察と知性を働かせなければ。


「チャンスを逃すなよ」

「ボクを信じろ」


 それだけの言葉を交わして。

 臣は自ら走り出した。

 後の先を決められる有利を自ら捨てた。

 それを見た大イノシシは臣を追う。本能で何か危機を覚えたのだろう。


 だがそれは、結果的には逆だった。

 危機感を覚えたなら追うべきではなかったのだ。


 竹藪の中をジグザグに走る臣。

 追いすがる大イノシシ。


 追われた臣が滑り込んだのは先程大イノシシがへし折った竹の場所。

 折れた竹は長く重く、臣の筋力では到底振るうことはできない。

 しかし――ほんの少し持ち上げるくらいならば、できる。

 それはさながら、ハードルかゴールテープの如くに大イノシシを迎える。


『プギィ――ッ!?』


 二百キロ近い重量の最大加速の突進。

 その勢いのままに、倒れた竹に両前足の脛をぶつけた大イノシシは悲鳴を上げた。

 もとよりそれだけの巨躯を支える足の負担は大きいはず。


 案の定大イノシシが硬直した。

 そしてその隙を、雷牙は見逃さなかった。


「――落猿ッ!」


 高所から降ってきた雷牙は大イノシシの背に乗ると、握っていた武器を右目に突き刺す。

 その手に握られていたのは竹製の小刀。

 わずかな時間を使い、この場で作ったようだった。


『ギァァオオオオォォォォォォオオオオオ――ッ!?』


 猛烈に暴れる大イノシシ。

 雷牙は振りほどかれ、吹き飛ばされ、竹に背中を強かにぶつけた。


「あぐっ!」

「ちぃっ――」


 即座に臣は両者の間に割って入り、背中に雷牙をかばう。

 しかし大イノシシはこちらに目を向けることもなく、明後日の方向に走り去っていった。


 しばし残身し、それから完全に気配が消えたことを確認して、息を吐く。


「――行ったか」

「手応えはあったけど、逃げられたな」

「まあこちらには傷らしい傷はない。上出来だろう」

「ふふん。ボクを見直したか、倉本臣」

「少しはな」


 胸を張ってドヤ顔をする雷牙を尻目に、臣は竹で組んだ拠点から荷物を取り出す。


「何してるんだ?」

「事態の連絡だ」


 臣は麻袋から小型の機械を取り出す。


「待てよ。それってリタイアボタンじゃないか」

「他に学園側と連絡の取りようがないからな」

「オマエ――まさか、他のヤツのためにここでリタイアする気か! いや、事情を話せば続行させてくれるかもしれないけど……」

「特例扱いは好かん。風紀委員が決まりごとを破っては他に示しがつかんからな。俺はここまでとする」

「勝ち逃げする気か、倉本臣! やり残したこととかあるだろ!」


 臣は笑った。

 自分を惜しんでくれている。

 そう思うと、糾弾の声もいっそ嬉しい。


「風々院雷牙。貴様は馬鹿だし考えなしだが、義理と借りについてはしっかり考えている男のようだ。俺を飛ばしてツルギに挑むことはあるまい。俺に後顧の憂いはない」

「じゃあいつお前らと戦えって言うんだよ! 次の争奪戦を待てって言うのか!」

「それに関しては悪いと思っている。方法を考えておこう。今はそれしか言えんがな」


 ボタンを押す。

 半透明のボタンが赤色に点滅し、ほどなくして上空に迎えのヘリが飛んできた。




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