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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
35/59

11:二日目/男島04









「お待ちしていましたよ、ツルギ殿」

「オレを?」

「ええ。きっと、出会えると思っておりました」


 大鳳示炎は喜びに両目を細めて対手を見た。


 灰色がかった色素の薄い髪。

 小柄ながら存在感をみなぎらせた体躯。

 どこか狼のような雰囲気を持つ少年。

 両手の先からは包帯の先が長く垂れており、ジャージに隠れたその両腕には長い包帯が巻かれているだろう。

 人命救助の際負った傷だと聞いている。

 開かなくなっていた避難扉を拳でこじ開けた結果だと。


 武系生徒第三席。

 滝川ツルギ。

 示炎の待ち人で間違いなかった。


「先の記章争奪戦ではゆら殿に阻まれ、戦うことが叶わなかった。それでも機会は必ずやってくると信じていました。縁を感じましたので」

「戦う気か。これはサバイバルの実習だぞ」

「サバイバルをしているさなかでも敵に襲われることはあるでしょう。戦いもまたその一部ですよ」

「む。そうか――言われてみれば、そうかもしれないな」


 というのはもちろん建前だが、ツルギは存外簡単に納得した。

 単純で純粋で好ましい限りだ。


「ご納得いただけたところで、早速ですが――」

「待て。下着姿のままでいいのか。布二枚でも防御力に差が出るぞ」

「服を着る時間ももったいない。それに――拙にとっては布の一枚や二枚、大差はありません」

「『不死身』――か」

「そう呼ばれているそうですね。いささか誇張のある表現ですが――まったく根拠がない、というわけでもありませんよ」


 言葉を発しながらも、自分の体からじわじわと戦意が漏れ出すのがわかる。

 それに触発されたようにツルギは構えを取った。

 思わず笑みがこぼれる。

 喜びで歯が震えだす。


「では」

「ああ」


 短い言葉で互いの意志を確認し――懸かった。


 地面を蹴り、勢いのままにまっすぐ拳を振るう。

 骨と筋肉の軋みを聞きながら、それでもなお絞り出すように力任せに。






 ――拳が衝突した。






 空気の弾ける音がした。

 互いの拳の間にあったものが、邪魔なすべてが吹き飛んだ。

 その音に、衝撃に、木々で休んでいた鳥たちが残らず飛び立つ。

 森がざわめき、木の葉が舞い、それから静寂が訪れる。


 合わさった拳を、どちらからともなく引く。


「――初めてです」

「何がだ?」


 怪訝そうなツルギに対して、示炎は答える。


「拙と力比べができたのは貴方が初めてなのですよ。――やはり、貴方はいい。これなら思う存分にやれそうです」

「……なるほど、臣の言っていたことが少しわかった」

「臣殿が? 彼は何と?」

「オレとお前は相性がよすぎて、剣士が同じ間合いで斬り合うような泥沼になるってさ」

「ははあ、さすがは臣殿。ご慧眼でいらっしゃる」


 確かにそうだ。

 自分もツルギも膂力を武器として振るうスタイルは同じ。

 そこで競おうとすれば泥沼の戦いになるは必死。

 だが、それこそ示炎の望むところだった。

 戦いとはそういうものだ。

 真っ向から持っているものをぶつけ合い、血を流し合う。

 そういうものをこそ、自分は好んできたのだ。


 なのに――久しくこのようなことはなかった。

 だから自然、初撃は少し手を抜く癖がついていた。

 より長く楽しめるように。より弱い相手でも楽しめるように。


 だが、此度は違う。違うのだ。

 自分の拳を真正面から受け止めて倒れない相手。

 まさに好敵手にふさわしい。

 だからこそ、まずは拳ではなく、自戒を込めて言葉を交わす。


「ツルギ殿。貴方を軽んじていたことを懺悔します。貴方が倒れてしまうことを心のどこかで恐れ、全力を出せなかった」


 ぐっとツルギの目に緊張が走った。

 だが、闘志は萎えていない。

 自分を『まったく違うイキモノ』とは見ていない。

 戦えるものだと思ってくれている。


「ゆえに、だからこそ――次は全身全霊の拳を振るいましょう」

「わかった。オレも全力で応えよう」


 久しく忘れていた喜びに、体の芯が震える。

 どくどくと血がめぐる。

 興奮に体温が上がっていくのがわかる。

 唇を舐めて静かに息を吐き、いざ――と思った瞬間。




 ツルギの体がぴくりと動いた。




 それは戦闘に際する動きではなかった。

 言うなれば気づき。

 自分と相手の外側に何かを見出したようだった。

 遅れてツルギの眼球が動く。

 その動きを示炎も追った。


 そこにおずおずと第三者が姿を現した。


 大きなリュックを背負った、細身で小柄な男子生徒。

 持ち物からして一般コースの生徒か。

 姿勢はいいが丹田への意識が感じられず、正中線も定まっていない。筋肉量も少ない。同じ短身痩躯でもツルギとは明確に異なる。

 要するに、見るからに強くない。


「あの、事情はよくわかりませんが、ケンカはよくないですよ。体力を無駄に消耗することになります」

「拙の楽しみを無駄とは言ってくれますね」

「いやでも、サバイバル中ですから。本筋と関係ない運動は、やっぱり無駄だと思います」


 戦いそのものを否定するのではなく、体力の使いみちを説いてきたのは少々意外だった。だがそれも、こちらを説得するためと考えればおかしくはない。


「滝川さんも、僕に付き合ってくれるという約束だったじゃないですか」

「そうだな。そちらが先約だった」


 示炎は思い切り苦虫を噛み潰した表情になる。

 滝川ツルギの単純純粋なところは好ましいが、そんなに簡単に引き下がられると立つ瀬がない。


「ということで、そちらも矛を納めてくれませんか?」

「お断りします。拙は口ばかり回る弱い人間は嫌いです」

「いや、それは過小評価だろう。咲也は口だけの男じゃない」

「ふむ?」


 ツルギの言葉に改めて彼を観察するも、その肉体に強さはまるで見いだせない。

 武系で最も弱い生徒でさえも、彼よりは遥かに強いだろう。


「いえ、やはり強くは見えませんね」

「それは――」

「ツルギ殿。こればかりは異議を唱えずにはいられません。拙にとって絶対の価値は強さです。そしてその強さについて、拙が見誤ったことはない。――咲也と言いましたか」

「あ、は、はい」

「言ったとおり拙は強さを貴ぶ。戦うなと言いましたが――貴方がその強さを示してくれたなら、拙も譲歩しましょうとも。それができないのであれば――」


 あえて強くにらみつける。

 咲也と呼ばれた少年はびくっと震え、半歩下がった。


「――拙の楽しみを邪魔しないでもらいましょうか」


 ツルギの方に踏み出し、燻ってしまっていた戦意に火をつける。

 それを肌で感じ取ったのだろう、ツルギは即座に臨戦態勢を取った。

 そうだ、そう来なくては。

 無粋な仲裁が挟まったが、これでやり直せる。

 口元を吊り上げて笑い、示炎はツルギに向けて走り出した。

 速度を乗せて、先程よりも思い切り、筋繊維がちぎれるほどに力を込めて。

 ツルギが防御の姿勢を取る。

 構うものか。その上から自分の強さをぶつける。

 自分の強さが上回れば崩せるし、下回れば受け切られる。

 それだけの、どこまでも単純な話。





 ――そのはずだった。





 だが、結果はどちらでもなかった。

 示炎の渾身の拳の前に、その身を投げ出してきたヤツがいたから。

 細身で小柄で、まったく強くは見えない少年の肉体が、拳の前にあった。


 とっさに拳を止めようとした。

 だが当然のごとく止まらない。

 慣性という世界の法則は示炎自身の力を以って彼を振り回す。

 咲也は背中に背負ったリュックを引っ張り、盾にする。

 その判断はいい。

 ないよりはマシだ。



 だが、それで防げるほどに示炎の拳は軽くはない。

 拳がリュックにめり込む。



 内部にあった棒状の何かをへし折り、金属製の何かをひん曲げ、さらに暴力的な衝撃を突き通す。

 咲也の顔が苦痛に歪み、口が大きく開き、そこから空気が吐き出され、後方へ吹き飛ばされる。


 その後方には、本来示炎の拳を受けるはずだったツルギがいて。

 彼が咲也の体を受け止め、衝撃を吸収しながらザリザリと地面を擦って後退する。

 示炎は拳を突き出した姿勢のまま、それを呆然と見る。


「咲也!? 大丈夫か!?」


 ぐったりとしたまま動かない咲也に、ツルギが問いかけている。

 それをなおも、示炎は呆然と見る。


「何故――」


 その疑問だけが示炎の頭の中を占めていた。

 なぜ。どうして。一般コースの生徒といえど、武系生徒の強さは知っているはずだ。どうなるかはわかっていたはずだ。

 示炎は本気で懸かっていた。

 一瞬でも躊躇したなら、間に合わなかったはずだ。



 ――つまり彼は、ひとかけらの逡巡もなく、示炎の拳の前に身を投げたのだ。



「何故――」


 示炎は繰り返す。

 それは自分の知っている弱い人間が、するはずのない行動だったから。





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