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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
34/59

10:二日目/男島03








「どうだろうか?」

「ふむふむ」


 意見を求めたツルギに、咲也はツルギの作った拠点底部を眺める。

 その視線が組まれた四隅へと集中した。


「藤の蔦をそのまま使っているんですね。そうすると太さがあるのでどうしても解けがちになるんですよ。しばらく水につけてから石で叩くと樹皮が薄く剥がれるので、それをヒモにするといいですよ」


 そう。それは拠点づくりでツルギが幾度となく遭遇していた問題だった。

 蔦の結びが時間とともに外れ、バラバラになってしまう。

 結び方の問題かと思い助言を求めたのだが、提案されたのはまったく別の解決法だった。


「詳しいな。こういうことに慣れてるのか?」

「まあ多少は。小さいころから仕込まれてきましたからね。っと、そうだ」


 咲也は何かを思い出したようで、リュックを下ろすと中からしおりを取り出した。

 ペラペラとページをめくる。


「滝川さんはこの島、どの辺まで行ったことあります?」

「ん?」


 興味が湧いたので手元をのぞくと、彼はしおりの自由記入欄をめくっていた。最後の数ページの白紙になっている部分だ。

 そこには島の地形が描かれていた。

 さらに各部に細かくメモ書きが添えられている。


「これは……?」

「武系のみなさんに協力してもらって事前に作った地図です。見てもらえばわかるんですけど、中央部分がどうなってるのかわからないんですよね」


 咲也の言う通り中心部は空白になっている。

 それどころか、書き込みがされているのは全体から見れば二割程度でしかない。

 ツルギが漠然と想像していたよりずっと未踏領域が広い。


「この地図を埋めるのが、今回の僕の目標なんです」

「……期待に添えなくて悪いが、オレの行動範囲は既に埋まってるな。それより奥には行ったことがない」

「そうですか。わかりました。ありがとうございます」


 咲也はぺこりと頭を下げ、しおりをリュックにしまい、背負い直す。


「中央を目指すのか?」

「ええ。行ける範囲でがんばってみようかと」


 サバイバル実習はそれだけでも過酷だ。

 ただ生活するだけでやることが山積みになる。

 だというのに、彼は自分からより困難な道を選ぼうとしている。


「やはりキミは武系に向いているな」

「えー、そうですかねぇ……知っての通り、僕弱いですよ?」

「体と技は鍛えればいい。けど、心を鍛えるのは難しいからな」

「根性的な話ですか?」

「まあ、そんなようなところだ」

「実感ないなぁ……」


 咲也はそう言うが、ツルギは彼を改めて評価した。

 より困難な方向へと向かう意志。それは今の自分に足りなかったものだ。

 ツルギはこの五日間を『やり過ごす』ことだけを考えていた。

 だが、それでは駄目なのだ。

 より困難な道を選び、より強い相手に挑戦することこそ武系生徒の本懐。

 挑戦せずにして何を学び取る気か。先程までの自分をそう叱責したくなった。


「さて。それじゃあ、僕はこの辺で失礼しますね」

「――ちょっと待ってくれ」


 呼び止めたツルギを、咲也は意外そうな顔で見た。


「なんでしょうか?」

「オレも、ついて行ってもいいか?」

「いいんですか? ここにシェルターを作っているんじゃ――」

「その方が勉強になりそうだからな」


 彼からサバイバルについて学べることも多いだろう。

 誰も行ったことがない場所、というのも興味深い。『知らないものを知り、見たことのないものを見よ』というのは師匠がツルギに課した教えの一つでもある。


「もちろんキミの邪魔にならなければ、だが」

「いえ。滝川さんが来てくれるなら僕も心強いです。よければ、ぜひ」

「ありがたい。よろしくな、咲也」

「はい。よろしくお願いします、滝川さん」


 そういうことになった。




 かくて二人は川の上流へと進む。

 川岸はさすがに歩きにくいので、少し離れた森の中を行く。

 ざあざあと絶えず水音が響いている。

 木の葉の擦れる音もする。

 どこかで鳥が鳴いている。


 実にのどかだ。

 サバイバル中だという現状を忘れそうになる。

 力が抜け、自然と口元に笑みが浮かぶ。


「――おっと、あれは桑の木ですね」


 言われて咲也が見ている方向をツルギも見る。

 そこには確かに背の低い木が赤色の実をたくさんつけていた。


「時期的には少し早いですが、暖かいからかな。嬉しいですね」


 咲也は嬉々として近づき、赤い実を摘む。

 そんな彼の様子を横目に見ながら、ツルギもそれに倣った。

 そして口に運ぶ。


「む――」


 想像の三十倍くらい酸っぱい。

 思わず顔をしかめるツルギに、咲也は笑う。


「完熟してないので酸っぱいですよね。でも、これはこれで好きですよ、僕は」

「確かに意識がシャキッとするな」


 そう答えながら、ツルギは咲也を見る。


 ――似ている。


 姿かたちではなく、雰囲気が。

 あるいは空気が。

 ツルギのよく知る女子生徒、八嶋麻矢によく似ているのだ。

 きっと彼女も今頃、こんな風に野草や山菜を採取して喜んでいるだろう。そしてそんな麻矢の様子を座ったままの塔子がきっと眺めている。

 そんな情景が目に浮かんだ。

 たった二日離れているだけなのに、彼女たちのことがひどく懐かしい。

 自分はこんなにも人恋しい性分だっただろうか。

 そんなことを考えていたら、咲也が話しかけてきた。


「小学生のころ、カイコを飼う授業とかあったじゃないですか」

「ああ、あったな」

「桑を見ているとそれを思い出します。休み時間に校庭の桑を摘みに行ったりして。もりもり食べるから楽しいんですよね」

「なるほど……」


 麻矢が弁当を作ってきてくれるのも、ツルギは常々大変だろうにと思っていたのだが、もしかしたら彼女なりにそういう楽しみがあったのかもしれない。

 餌づけ的な。

 思考が飛躍し、首輪をつけた自分とリードを握る麻矢の姿を幻視する。

 その麻矢はいつにも増してキラキラと笑顔を輝かせて――


「――滝川さん? なんか遠い目してませんか?」

「ああ、すまない。少し変な想像をしてしまって」


 なんだかよくわからない妄想を振り払う。


「変な?」

「ああいや、こっちの話だ」

「? そうですか。じゃあ、そろそろ行きましょうか」

「そうだな」


 摘み取った桑の実を飯盒にしまって、二人は再び歩き出す。

 やがて、周囲の雰囲気が変わってきた。

 水音が強くなり、川辺に転がるのが小石ではなく岩と石になり、そして――植生が明確に変わった。


「すごい。天然のワサビとウワバミソウですよ。それもこんなに――」

「ワサビって自然に生えているものなのか?」

「あるところにはありますけど……ここまで群生してるのは初めて見ました。時間的にも丁度いいし、今日はこの辺でビバークしましょうか」

「わかった。じゃあオレは火の用意をしてくる」

「助かります」


 野草の採取を咲也に任せ、ツルギは乾いた枝を集めるために水場から離れる。

 少し離れても変わらずごうごうと水の流れ込む音がする。

 近くに滝があるのかもしれない。


「滝か……」


 滝といえばツルギが連想するのは滝行だが、あれはどちらかといえば精神修養のための修行であり、ツルギの求めている実のある鍛錬ではない。

 それに武術家よりは宗教家のやるものだ。


「まあ、無人島の山中に坊さんも何もないだろうけど――」


 そう思いながら歩いていたとき、視界の先に光るものが現れた。

 自然にはありえない人工的な金色。

 見覚えのある金髪。

 それが濡れて輝きを放っていた。

 濡れているのは金髪だけではない。

 鍛え抜いた鋼のような肉体も、そして黒のトランクスも濡れて雫が滴っている。

 さながら滝行を終えたばかりのような様相で、髪の含んだ水気を絞っているその男のことを――自然の中で圧倒的な自己主張を放つその男のことを、ツルギは知っていた。

 やがて彼の方もツルギの存在に気がついた。




「おやおや。待てば甘露の日和あり――と言ったところですかね」




 目を覆い隠す長い前髪を軽く振って水滴を飛ばし、後ろへ撫でつける。

 すると言葉と物腰の柔らかさに反して、鋭く好戦的な目が露出する。


 記章持ち。

 武系第五席。

 戦闘狂。

 そして『不死身』の異名を持つ男。


「――――大鳳、示炎」

「いかにも」


 偶然の邂逅だった。




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