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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
32/59

08:二日目/男島01









 風々院雷牙はその朝、鳥のさえずりと共に目を覚ました。

 しかし、状況に反して爽やかな目覚めとは行かなかった。体の節々が痛み、強くひねったような違和感がある。というかそもそも昨晩寝た記憶がない。



 ――ここはどこで、今はいつだ?



 上体を起こし、枕にしていたものを見る。

 そこにあったのは見慣れない大きめのリュック。

 こんなものを自分は持っていたかと自問自答。

 いや、そうか。これは私物ではなく学校から渡されたものだ。

 テントや寝袋を始め、サバイバル実習のための支給品が入っている。


(そうだ。ボクはサバイバル実習で無人島に来て、それで――)


 それでどうしたんだったか。

 情報を求めて視線を上げる。


 竹林だ。一見して普通の林と見間違えたが生えているのはどれも竹。太い竹が乱立する中で、切り開かれて小さな広場のようになっている場所だった。広さは学校の教室くらい。物が少ない分実際よりやや広く見える。


 そこにあるものと言えば。

 竹を組んで作られた簡易シェルター。

 石で囲まれた焚き火。

 その火の前で薪をいじる男が一人。

 そいつもこちらに気づいたようで視線を投げてくる。


「ふん。起きたか。もうしばらく寝ているようなら貴様のリタイアボタンを押そうと思っていたのだが」

「くらもと、おみ――」


 女のように長ったらしい髪を揺らす長身の男。

 武系第二席。『鉄壁』の二つ名を持つ合気柔術家。倉本臣。

 その顔を見た瞬間、昨日何があったのかを思い出す。

 倉本臣を発見し、借りを返すと声高に宣言し、戦いを挑み――そして、その後の記憶がない。


(……そうか。ボクは負けたのか)


 無様に敗北し、気を失っていた。

 状況から見てそういうことになる。


「体調はどうだ? 頭痛や吐き気がするようならここでリタイアしておけ。俺もいささか加減を誤った」

「……バカにするな。これくらいなんてことない」

「そうか。ならば遠慮はいらんな」


 その言葉に反射的に体がこわばるが、臣が取った行動は攻撃ではなかった。

 見事なコントロールで手元に飯盒を投げてきたのだ。

 中身は入っていないようでひどく軽い。


「なんだよ、これ」

「飯盒だ」

「そんなのはボクだってわかる! どういう意図なんだって聞いてるんだ!」

「そこをまっすぐ行ったところに清流がある。水を汲んでこい」

「なんでボクが――」

「戯け。風紀委員に喧嘩を売ってタダですむと思ったのか。信賞必罰は世の習いだ」


 じろりと鋭い目を向けられ、雷牙は反射的に目をそらす。


「でも、ここは学園じゃないだろ」

「だが学校行事だ。風紀委員には独自裁量が認められている。不満があるなら生徒会に報告して所定の手続きを取れ」

「じゃあそうする。どこにいるんだよ、生徒会のヤツらは」

「今この島にはいないな」

「はあっ!? なんだそれ! 卑怯だぞ!」

「勝ち目がないと納得したところで、水を汲んでこい。それが終わったら飯を分けてやる」


 見れば、簡易かまどの周りには串打ちされた魚が刺してある。

 それを見た瞬間、昨日一日何も食べてない雷牙の胃が空腹を思い出して訴えた。

 だが、ぶんぶんと頭を振ってその欲望を散らす。


「……水は汲んできてやる。けど勘違いするなよ。施しなんかいらない。それに勝ち目がないなんてボクは思ってないからな」

「ふん。ならばいつでもかかって来るがいい。相手をしてやる」


 そう言って臣は火の方に視線を戻す。

 自分の脅威より魚の焼き加減の方が重要らしい。

 腹は立ったが実際に手ひどく敗北しているので何も言えない。

 雷牙は飯盒をぶら下げて立ち上がり、臣の示した方向に歩き出す。


 無言で竹林の中を進む。

 竹はどれも真っすぐ伸び、枝の形に差異がない。

 では、それが何を意味するか。

 同じような景色がずっと続くことになるのだ。

 木は枝ぶりが一本一本まったく違うが、竹は画一的だ。ゆえに普通の林よりも竹林の方が迷いやすい。

 ――のだが、こと雷牙に関して言えば、それはまったくの杞憂だった。


 風々院家は山奥にある。

 かつてはそれなりに繁栄した忍の里だったらしいが、今となっては風々院家以外に家屋はない。そんな秘境めいた山中で雷牙は育った。

 だから自然には慣れ親しんでいる。

 そうそう迷ったりはしないし、食べれるものとそうでないものの区別も容易だ。

 例えば、今雷牙の視界に入ってきたソレは食べれるものに分類される。


「――蝦蟇がまか」


 のそのそと土の上を歩き回っていたヒキガエルを、雷牙はひょいと掴み上げる。

 ヒキガエルはされるがまま、暴れることさえしない。

 強力な毒を持ち、ほとんど天敵がいないため、食べられることはないと高をくくっているのだ。

 ただし、ヒキガエルを好んで食べる動物もいる。

 例えば毒蛇ヤマカガシ。

 そして――人間だ。


「ちょうどいいや。コイツを朝飯にしよう」


 パンと手を叩いたような軽い音が響く。

 近くの竹にヒキガエルを高速で叩きつけ、締めたのだ。

 おそらくは苦痛を感じる間もなく絶命しただろう。


「悪いな。これもジャクニクキョーショクだ」


 そうして雷牙は再び歩き出す。

 ヒキガエルは小さいころからよく取っていた。

 もっとも、そのときは肉ではなく毒のほうが目的だったが。


 センソ――いわゆるガマの油に止血や鎮痛の効果があるのは古くより知られていることだ。忍者の末裔たる風々院家では今でもヒキガエルの毒を精製し常備薬としていた。

 薬が足りなくなると風雅とともに駆り出されて、双子でたくさんのヒキガエルを捕まえたものだ。

 現在では失伝しているが、風々院家が全盛期のころにはキノコと混ぜ合わせて幻覚作用を強化し、幻術にも利用していたらしい。

 江戸時代以降、蝦蟇に乗る自来也によって忍者と切っても来れない関係となったヒキガエルだが、そのルーツはもしかしたらそういうところにあったのかもしれない。


 そんなことを考えながら進むうち、水音が聞こえてきた。

 水気を肌で感じる。


 ――近い。


 湿り始めた足場に注意しながら、なおも進む。

 竹林を抜けると、そこは石がごろごろと転がる川辺だった。

 さらにその先に川がある。倉本臣が言った通り、川底まで見えるほど澄み切った清流で、思ったより水量もある。

 大きな岩の影には魚影も見えるし、竹ばかりだった植生も少し変わって蔦や樹木も混じっている。


「なかなかいいところじゃないか」


 雨で増水した場合を考えると川辺に拠点を作ることはできない。

 だが、対岸はいい具合に盛り上がっていて、その上の林ならば問題なさそうだ。水も食料も調達しやすく、拠点の建材にも事欠かない。水音がうるさい以外に文句のつけようがない立地条件だ。


「――いや、ダメだな。倉本臣の拠点から遠すぎる」


 ヤツに一矢報いるまでは近くにいた方が都合がいい。

 なにしろサバイバル実習は五日と短い。しかも臣を倒した後は滝川ツルギも探して倒さなければならない。そう考えるとここに拠点を設けるのはロスが大きい。


 臣の飯盒に水を汲みながら考える。

 自分の拠点も先程の竹林のどこかにするのがいいだろう。

 食料に関してはヒキガエルもいるようだし、そもそも一般コースの生徒には最初から米が三合ほど支給されている。


「水もここに汲みに来ればいいしな――って、しまった」


 自分の荷物をすべて置いたまま来てしまったことに気づく。

 これでは自分の分の水を汲んで帰れない。

 ヒキガエルもここで捌いて戻りたいのに、ナイフもリュックの中だ。

 仕方なく、近くの樹木の枝を折る。

 力加減を調整して先端が鋭くなるようにする。


「これで解体するしかないか」


 ヒキガエルの解体には水が不可欠だ。

 戻ってからやるわけにはいかない。往復するのは二度手間だ。

 ならば、あるもので工夫するしかない。


 まずは手をよく洗う。

 背からにじみ出た毒液をつけたまま捌くと、肉に毒が移って苦くなることを雷牙は経験的に知っていた。

 腹を割いて内臓を取り出す。

 続いて耳腺の後ろあたりから頭を落とす。

 枝ナイフの切れ味を技術と摩擦で補って切断する。

 流水につけたまま皮をひっぱって剥ぐ。

 ここまでの工程を経ると見た目は完全に肉になる。

 もはやブサイクなヒキガエルの面影はなく、白みがかった桜色が美しい食用肉だ。


「ふふん。やっぱり虫やトカゲよりはカエルだよな」


 頭や内臓、皮を竹林のそばに埋めて上に石を置き、処置を完了する。

 あとは水だ。竹を加工して水筒を作れればいいのだが素手ではさすがに難しい。

 持ち帰れないなら、せめて少し飲んでいくしかない。

 とは言え川の水をそのまま飲むのはあまりよろしくない。


 ならば、と、雷牙は川辺の石をどける。

 下には小さな石があり、さらに下はもっと小さな石、そのさらに下は砂地になっていた。

 その砂をゆっくりと掘る。

 じゃりじゃりと掘り進めるうち、少しずつ水気が強くなってくる。

 やがて染み出してきた水分が水たまりになる。

 ろ過装置と同じ仕組みだ。土の中、砂の中を通ってきた水分は、不純物が排除され安全性が高くなる。これも風々院家に伝わる知恵の一つだった。

 汚れが沈殿して透き通るのを待ち、静かに口をつけて飲む。


「んく、んく――ぷはぁっ!」


 意識はしていなかったが、体は水分を求めていたらしい。

 一日ぶりの水が全身に染み渡っていく。


「ふう……そういえば、今ごろ風雅姉さんはどうしてるだろ」


 積み上がっていたタスクを消化し、水分をとって体に余裕ができたことで、雷牙の意識は双子の片割れのことに向けられた。

 サバイバル技術に関しては何も心配いらないだろう。

 だが、それ以外の部分で問題が起きている可能性は大いにある。


 ――実は、忍びの末裔である風雅と雷牙は、生まれついて特別な体質を持っている。


 二人揃っているときはお互いに中和して何も起きないが、別々に行動していると周囲の人間に作用する、ある種の毒を振りまくという体質だ。

 その体質のおかげというべきか、本来双子は同じクラスにならないという学校の暗黙の了解をぶち破って、小中高とずっと同じクラスに配属されてきた。

 そうでなくてもいつも一緒にいる半身。

 何日も別れて行動する、このような状況は久しぶりだった。


「大丈夫かな。やっぱり予定通り入れ替わっておくべきだったか……それでなくても、姉さんは友達いないしな……」


 自分のことは完全に棚に上げて、雷牙はそんなことをつぶやくのだった。




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