07:一日目/女島02
――風々院風雅は女子高生忍者である。
などと名乗ると、大抵の人間は笑う。
不愉快なことに。
厳密に言えば風々院家が忍びの家系であるだけで、職業が忍者であるわけでもないし忍術の類もほとんど使えない。それでも彼女は己を忍者と定義している。
だからサバイバル技術においても他の生徒に比べて優れているという自負があったし、それが単独行動を選ばせたところはあるだろう。
団体行動に向かない特異体質であることも、それに拍車をかけた。
その結果――風雅は一人、海の中にいた。
ジャージと靴を脱いで体操着&ブルマ姿になり、練達したダイバーのような泳ぎで海中を眺めていた。
大小様々な魚が泳いでいる。
手が届きそうな距離まで近づくこともできる。
普段人の手が入らないために魚たちがスレていないのだ。
(では――失礼して)
木の棒を削って尖らせた銛を、体をひねるようにして突き出す。
水流の乱れを感じた魚たちは一斉に動き出すが、風雅の放った銛はその移動先を見事に射抜いた。
相手の動きを予測した偏差攻撃。
練達した動きだった。
銛先のカエシに魚がひっかかっていることを確認し、そのまま浜辺へと戻る。
「――ぷはぁっ!」
数分ぶりの呼吸。
髪を振って水気を飛ばし、砂浜に上がったところで声をかけられた。
「いい型のイサキじゃないですか。さすがは忍者ですね、フーガ」
「……褒めてもコレはあげませんよ、冥」
銛の持ち手側を砂に突き立てて足の指で挟む。
そうして自由になった両手で髪の水分を搾りながら、風雅はそちらを見た。
野暮ったい黒縁眼鏡をかけた小柄な女子生徒がそこにいた。
蓼科冥。
武系二年。
一般コースの自分とは普段の接点こそ少ないが、体質のせいで同性の友人が少ない風雅にとっては貴重な友人の一人だ。
「それで、用件はなんですか? 兄のことで謝りに来たというなら、謝る相手が違いますよ」
木陰に作った仮拠点に腰を下ろして冥の方を見る。
すると冥は少し困ったような顔をした。
性格のねじ曲った彼女にしては珍しい。
それなりに悪いことをしたという自覚があるということか。
――蓼科冥には悪癖がある。
人を煽るような情報を遠巻きに流し、駒のように動かそうとする。
今回その対象になったのが風雅の双子の兄、風々院雷牙だった。
「まあ兄に関しては、焚きつけられなくても遅かれ早かれ滝川ツルギに突っかかっていったとは思いますよ」
つい先月、記章争奪戦と呼ばれるイベントがあった。
そこで滝川ツルギは風雅と雷牙が尊敬する同好会の先輩を叩きのめした。
そこを何者かに刺激され、兄は「このサバイバル実習中に戦いを挑む」と鼻息を荒くしていた。それで風雅はすぐに冥の仕業だと気づいた。
彼女のやり口を知っていたからだ。
「いえ。そのことなんですが、アレは私の意図するところではなくて……事前に仕込んでいた種の一つが暴発してしまっただけで」
「別にワタシに取り繕うことはないですよ。冥の性格の悪さは知っていますから」
「性格が悪いからこそ、数少ない友人を巻き込むのは私としても本意ではないんですよ」
「そこは認めるのですね……」
「というわけで、埋め合わせです」
そう言って冥が麻袋から取り出したのは、山菜の数々。
ハリギリ、タラの芽と言った木の芽。
コゴミ、ワラビと言ったシダの若芽。
立派に育ったハマボウフウ。
流木を組んで作った風雅の拠点の床に、緑が広がっていく。
そして最後にひらりと落ちる一枚の紙。
しおりのメモページを破ったものだ。
風雅はそれを空中でキャッチする。
「これは?」
「あくまでも偶然たどり着いたことにしてください。武系生徒以外は知らないはずなので」
言われて、改めて見る。
それは地図だった。
ここから少し山の方へと踏み込んだあたりに×印がついている。
風雅をそれをしばらく見つめ、それから床に広がった山菜を見る。
「それでは、私はこの辺で――」
「気が変わりました」
風雅の言葉に冥は立ち止まり、振り返る。
「……気が変わった、とは?」
「美味しく食べてください」
先程獲ったイサキを銛ごと投げる。
「いいんですか?」
「ワタシも友達は少ないですからね。大事にしておかないと」
冥は一瞬驚いたような顔をして――それから素直に笑った。
性格のねじくれた彼女らしくない、年相応の笑い方だった。
お待たせしてすみません……




