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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
サバイバル実習編~鳥に当たらぬ道理はない~
30/59

06:一日目/女島01







 ――サバイバル実習一日目、女島。

 海辺から少し離れた林の中に八嶋麻矢はいた。

 三つ編みを揺らしながら屈んで野草を摘むその姿は、どこか野うさぎを思い起こさせる。


「あ、ミツバアケビ」


 ふと上から垂れ下がっていた細い蔦に気づき、しゃがんだまま上を見る。

 すっと自然にそれぞれの名前が頭に浮かぶ。

 アケビ。

 サルナシ。

 クリ。

 クルミ。

 そのまま果樹園でもできそうな植生だったが、しかし今は春。

 どの木も蔦も実をつけてはいない。


「はぁ……これが秋だったら大収穫だったんでしょうねぇ……」


 ため息をつき、視線を下に戻す。

 もちろん春だから収穫できているものもある。

 コゴミやタラの芽などの山菜も豊富だ。アケビも新芽を食べられる。それでも木の実に比べると栄養価の点でどうしても劣る。


 ――健康は大事だ。

 たとえサバイバル環境下であろうとも健康であるための努力を怠る気はないし、同行している少女にも健康でいてもらわねばならない。


「あとで海に出て、貝でも取ってきましょう」


 あふれんばかりのヒーラー気質が鼻からふんすと漏れ出す。

 麻矢はバリバリの文化系だ。道具なしで魚を獲るのは難しいが、貝ならなんとかなるだろう。植物に比べるとあまり詳しくないが、多少の知識はある。


「確か二枚貝よりは巻き貝の方が安全なんでしたっけ」


 二枚貝はプランクトンから毒を貯蓄することがある。

 サバイバルで万全を期すなら巻き貝を優先するべき――なのだろうが。


「みんなもう食べてるんですよねえ……」


 木々の合間から海の方を見る。

 多数の女子生徒が火を囲んでいる。

 ここからではもうよく見えないが、何を焼いているのかは通りすがりに見たので知っている。

 浜辺から掘り起こしたはまぐりや、磯から剥がしてきた牡蠣だ。

 さながらバーベキューのような様相で、彼女たちに貝毒への警戒という概念はないらしい。

 実のところ麻矢は憶測ながら大丈夫ではないかと思っているのだが、それでも試してみようという気にはなれなかった。

 いくら美味しくても健康には代えられない。

 料理とは健康と味を両立して初めて成立するもの。

 それが麻矢の考えだ。


 ところで。

 一般コースの女子生徒はその多くが海辺を拠点に選んでいた。

 海辺のメリットは食料確保が容易なこと。

 デメリットは水の確保に手間がかかること。

 では彼女たちがどのように水を確保するつもりなのかというと――


「……麻矢、水を汲んできたわ」

「お疲れさまです、塔子さん」


 小さな鍋を二つぶらさげる長身の少女を、麻矢は笑顔で出迎える。

 そう。何のことはない、近くに川があるのだ。

 しかも通常、河口付近の水は海水と混じり合っているため飲むには適さないが、この川の河口には段差があり、混ざらないようになっている。


 おあつらえ向きに。


 だから麻矢は疑っているのだ。

 この島はサバイバル実習用に改造されているのではないか、と。

 下手をすれば島の地下が完全に機械化していて、浄化した安全な水を川として流している――なんてことさえありえる。事前に危険なものを排除しているような痕跡もあるし、だから貝毒の心配もないかもしれないと考えたのだ。

 学園の出資者、黒楼院グループならやりかねない。それだけの財力と技術力を持っている。

 と、そこで麻矢は、塔子の肌の色が少しおかしいことに気づいた。


「塔子さんほっぺ赤くなっちゃってるじゃないですか!」

「……そういえばヒリヒリするわね……おのれ太陽……絶滅すればいいのに」

「今薬を作ります!」


 麻矢は支給品の入ったリュックをひっくり返し、摘んでおいた薬草を取り出す。

 塔子の肌の弱さを甘く見ていた。

 肌が弱いことは知っていたし、外出の際はいつも日傘を差していることも知っていたのに。

 いくつかの薬草を揉みほぐし、塔子が汲んできた水を吸わせてから彼女の頬に当てる。

 塔子は気持ちよさそうに目を細めた。


「……ありがとう、麻矢」

「すみません、応急処置にしかなりませんが……」

「……十分よ。死ぬわけでもないし……それに、麻矢の役に立てて嬉しかったから」

「塔子さん――」


 無条件に自分を慕ってくれる塔子を、麻矢は大切にしたいと思っていた。

 だからこのサバイバル実習でも一緒に行動している。

 極度の人見知りで集団に酔ってしまう塔子を取れば、他の誰かとは一緒に行動できないと知っていても。

 転校してくる前から交流のあった友人よりも、同じクラスで仲良くなったグループよりも、塔子一人を取ったのだ。


「もしも万が一、億が一、これが痕になったりしたときは、わたしが責任を取りますから」


 腹でも切ろうかという勢いの麻矢に、塔子は思案顔をする。

 そして言った。


「……麻矢が結婚してくれるなら、それも悪くないかもしれないわね」


 ズガン、と大ダメージを受けた麻矢の顔が赤く染まる。

 麻矢にそういう趣味はない。ないはずなのだが、心臓がきゅっとする。

 塔子はよく無自覚にそういうことを言うのだ。

 頭の先まで上がった血液をなんとか冷静に下げて、麻矢は言葉を返す。


「女の子同士は結婚できませんよ、塔子さん」

「……それも法律? 変な決まりごとばかりあるのね……絶滅すればいいのに」


 つぶやく塔子の頬に、麻矢は薬草を丁寧に当てていく。

 それが一段落すると小さく息を吐いた。


「……あら、そういえばテント、建ててくれたのね」

「ああ、はい。ですです」


 野宿をするしかない武系コースの生徒と違い、一般コースの生徒にはテントや寝袋が支給品に含まれている。

 だから、塔子が水汲みに出ている間に彼女の分も含めて設営しておいた。

 ――と言っても、留め具を外せばバネの力で自然に展開する仕組みになっていたので、それほど手間はかかっていない。設置場所の枝や小石を取り除いたことと、最後にペグを打ったことくらいだ。


「いちおう二つとも建てておきましたけど、夜寒くなるようなら一緒に寝ましょうか」

「……いいわね。うちに来たときも麻矢と一緒には寝られなかったし」

「くふふ。じゃあ夜はガールズトークしちゃいましょうか」


 幸いというべきか、寝袋二つを突っ込むくらいのスペースはある。

 塔子も乗り気だから今から寝袋を並べておいてもいいかもしれない。


 ともすれば自分と塔子はツルギをめぐるライバルになるかもしれないのに、塔子は自分を好いてくれている。そして自分も塔子のことを大事にしたいと思っている。


 ――もしかしたら自分たちは、世界で一番仲のいい恋敵なのかもしれない。

 麻矢はふと、そんなことを考えた。




正月休みも終わりストックも尽きたため、次回から不定期更新になります。

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