04:一日目/男島02
無人島での生活を考えると、浮上してくる問題は大きく分けて三つある。
水と食糧の調達。
自然の中における危険の回避。
そして――住居だ。
さて、無人島と聞いたとき、拠点候補として洞窟を思い浮かべるものもいるだろう。
理がないわけではない。とりあえず雨風が防げるし、設営の準備が少なくて済む。
――だが、問題も多い。
温度の低さ、地虫やコウモリの糞などによる衛生状態、大型の獣がねぐらにしている危険性――そのリスクは枚挙に暇がない。
そこで武系第二席、倉本臣が拠点設営地として目をつけたのは、港から見えていた竹林だった。
まず第一に、竹そのものが魅力的だ。
建材に使えるし、コップや串を作ることもできる。
乾燥した竹さえあれば火起こしも容易だ。
タケノコは貴重な食糧にもなる。
第二に、竹林のそばには川があることが多い。
日本では川の氾濫を防ぐため、古くから竹が植えられてきた。この島でもそうだ。今でこそ無人島だが、かつては人が住んでいたのだろう。それを臣は去年の経験で知っていた。
運がよければ水の問題も解消できる。
第三に、これは多分に私的な理由だが、竹林そのものが好きだから。
倉本臣の実家は合気柔術の道場をしている。そしてその道場の裏には広大な竹林が広がっており、幼少時はそこで祖父に武術の手ほどきを受けたものだ。
「この歳で郷愁というのもおかしな話だが――原体験は心に根づく、ということなのだろうな」
原体験。
始まり。
例えばそう、好敵手たる滝川ツルギがよく話している『悪魔との出会い』のような――
と、そうして臣の思考は自然と小柄な宿敵のことにシフトしていく。
「ツルギか――」
ヤツはどこに拠点を構えたのだろうか。
食糧は足りているだろうか。
変なヤツに絡まれてはいないだろうか。
ああそうだ、このサバイバル実習が過酷を極める理由のひとつ。鍛錬を名目とした武系生徒同士の私闘など、いかにもヤツが標的とされそうではないか――
「……いや、いかんな。これではヤツの言うように母親か何かのようだ。俺は断じてそんなものではない。気を回しすぎている」
眉間を指で軽く揉みほぐし、臣は自分の作業に戻る。
ナイフで伐採した竹を蔦で組んでシェルターの骨組みを作っていく。
重要なことは二つだ。
地虫と温度低下を防ぐために地面に接しないベッドを作ること。
雨風や外気を防ぐために天井や壁を作ること。
それほどしっかりしたものでなくてもいい。見たところ天候は悪くない。初日はベッドと、骨組みに葉っぱのたくさんついた枝をかけた臨時シェルターで構わない。少しずつ手を入れて居住性を上げていけばいい。
序盤は体力と精神力を温存しなければならない。
臣はそれを去年のサバイバル実習で学んだ。
――そう思い返しながら作業を続ける臣の耳に、雑音が届いた。
草木をかきわける音。
枯れ葉や枝を踏みしめる音。
臣は軽く眉根をよせた。
この竹林に目をつけた人間が他にもいたのだ。
さもありなん。立地がよすぎる。場所取り競争になってもおかしくはないと思っていた。
穏便にことが進めばいいが、血気盛んな武系生徒のこと、私闘を挑まれる可能性もある。
その場合は風紀委員として冷静に諭さねばなるまい。
この実習の要点はあくまでサバイバル技術の向上にあって、武術の鍛錬ではないのだから。
音が近づいてくる。
足音が軽い。体重が六十キロを切っている。武系の男子としては軽量の部類に入る。臣の脳内で候補者が三分の一まで絞られる。加えて、ペースからして体力の温存を考えていない。おそらくサバイバル実習未経験の生徒。
と、すると――おそらくは一般コースの生徒。
「――見つけたぞ、倉本臣」
「お前は――確か忍術同好会の」
先月行われた記章争奪戦で臣に戦いを挑んできた一般コースの生徒。
類まれなるコンビネーションで手を焼かせてくれた双子の片割れだった。
「ふん、どうやらボクのことを覚えているようだな。それなら安心して借りを返せるってもんだ」
「借りだと?」
「そうだ。聞いているぞ。この島では校内私闘禁止の校則は意味を為さないって。借りを返す絶好のチャンスじゃないか」
「ふん。どこぞの愉快犯にでもそそのかされたか」
しかし臣はそこに興味を抱かない。
行動するのはあくまで本人だ。その意思決定を尊重する。
自分で決めたことを貫くのも、その応報を当人が受けるのも、至極当然のことだ。
「それで、二人がかりで勝てなかったお前が、一人で俺に意趣返しだと?」
「あれは乱戦だったからだ。ボクの本当の実力じゃない」
「戯け。実力とは状況を作る力を含むものだ」
「う――うるさいっ!」
童顔の男子生徒は顔を赤くして吠えた。
「とにかくボクは決めたんだ! この実習中にお前と滝川ツルギに借りを返すって!」
「――なに?」
臣は眉をひそめた。
「待て。なぜそこでツルギの名が出る? お前には関係あるまい」
「ないものか! アイツは記章争奪戦でボクらの部長をボコボコにしたんだぞ!」
忍術同好会の部長。
臣は風紀委員として当然のごとくその顔を見知っている。
そういえば先の争奪戦では見かけなかった気がする。
「それはボコボコにされる方が悪い――とは言わんが、ルール内のことであれば遺恨を挟むのは筋違いだな。ましてや当人ですらないのでは正当性が絶無だ」
「正当性なんか知らない。ボクは部長の恥辱を雪ぎたいだけだ。だからお前の次は滝川ツルギだ」
「――ふん。もう俺に勝ったあとの話か。皮算用の早いことだな」
臣が構えを取ると、彼は軽く体を震わせる。
実力差がまったくわからないわけでもないらしい。
それでも退く様子はなかった。むしろ闘志は漲っている。
ならばすることはひとつだ。
「言っておくがこれは私闘ではないぞ。教育的指導だ」
誰かに言い訳をするように臣はそう告げた。
さらに心の中で続ける。
――俺は断じてツルギのことを守ろうとしているわけではないぞ。
そんな過保護ではない。
断じてないのだからな。




