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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
記章争奪戦~オレの拳を越えていけ~
24/59

24:未来への展望と、過去からの拾いものと






 ――白嶺祭が終わり、特別連休の二日目。


 滝川ツルギは校舎の方へと向かう。

 厳密に言えば目的地は校舎そのものではなく、その前の掲示板だ。


 ジャージ姿で、垂れた包帯を指に絡めながら通学路を歩く。

 怪我に関しては白嶺祭当日のうちに学園病院に行き、そこでこってり絞られた。

 なにしろ傷口という傷口が開き、新たに裂傷もたくさんできて、骨にヒビまで入っていて、だと言うのに大半は敵からの攻撃じゃなくて自分の技の反動だったのだから。話し合った末に《獅子懸》の使用禁止を命じられてしまった。


 まあ、これは仕方ない。

 無闇矢鱈に使うなと師匠からも言われていたし、実際使うたびに体のどこかを痛めている。実技授業でも使い道はないし、当座は封印だ。

 それから傷口がふさがるまでの運動の完全禁止も命じられた。

 赤い巻き毛の女医の激しい怒りようを思い出して、ツルギはぶるっと身震いする。


 と、歩いていくうちに人だかりが見えてきた。

 校舎前の掲示板に人が集まっている。

 感心したような声、驚きの声――人混みの中で交わされる話は尽きることがない。


 白嶺祭直後の恒例行事だ。

 ここで最終記章所持者とその希望が掲示されることになっている。

 集団の後ろから掲示物の確認をする。

 こういうときにも己の背の低さが恨めしい。


 なんとか押し合いへし合いして人の波に潜りこみ、掲示板の近くまで行く。

 そうして上の方の字を読むと、記章所持者として塔子の名前があり、続いて臣、玲子、示炎の名前がある。今回記章持ちの中で記章を失ったのはツルギだけだったらしい。

 まあ、自分の判断に後悔はないから、そこは別に気にならない。


 問題はその続きだ。

 彼女の希望は――武系生徒と一般生徒のクラスの混成。

 そして続く文字列は新たなクラスの編成について書かれているようだった。しかしツルギの身長ではその全文を見ることができず、自分のクラスも確認できない。


「――ツルギさま」


 不意にツルギの耳元で声がかけられる。

 振り返ると、ツルギの後ろに一人の女子生徒がいた。


「君は――あのときの」


 その黒縁眼鏡の少女には覚えが会った。

 思えばすべての始まりは彼女だった。


『――貴方の始まりを、教えてください』


 彼女のその言葉が不調の始まりだった。

 己の未熟な過去を直視せざるを得なくなった元凶であり。

 同時に、成長のためにそこに導いてくれた恩人でもある。


「どうでしたか、最近の女難の数々は。苦労されたのでは?」

「女難……?」


 いったい何の話だろうか。

 いったい誰のことを言っているのだろうか。

 ツルギは首を傾げた。


「別になかったぞ、女難なんて」

「え――」

「逆に、苦労をかけたかもしれないけど」


 眼鏡の少女の表情が驚きで固まる。

 その瞳はよく見えないが、代わりに眼鏡のレンズにツルギが映る。









 蓼科冥は人間を観察するのが好きだ。

 人が理不尽に遭遇して困惑している様子を見るのが大好きだ。

 だから滝川ツルギを見つけたときは小躍りするくらいに喜んだ。


 あまりにもアンバランスな台座の上に成り立った人だった。

 自分の始まりに疑問を抱いただけで、信じられないほど狼狽えて見せてくれた。

 もっと困惑して、困って、悩んでいる姿が見たくなった。


 だからまずは中学のころの友人だった八嶋麻矢に滝川ツルギの話をして焚きつけた。

 案の定彼女は転校してきて、ツルギにぴったりと張りついた。


 ときには悩む武系生徒にツルギのことを教えて焚きつけた。

 残念ながら、九重イズミはツルギを揺さぶる材料にはならなかった。


 あるいは滝川ツルギこそ記章持ち最弱、という噂を流した。

 争奪戦で誰も彼もがツルギを狙ったら面白くなるだろうと思った。


 それから水無月玲子の敵愾心を焚きつけ、ツルギに関心を持つよう仕向けた。

 計画とはちょっと違う方向に行ってしまったが、これはこれで面白くなった。


 そしてそれを出汁にして、綴喜ゆらを焚きつけた。

 そっちはかなり面白いことになったようなのだが、現場にはたどり着けなかった。後で学園中に設置しているカメラの映像を確認するつもりだ。


 さておき。

 入念に仕込みを重ねた結果、怒涛のような女難が彼を襲ったはずだ。

 今まで経験したことのない事態に遭遇し、巻き込まれ、振り回されたはずだ。

 だというのに、それを難と思っていなかった、なんて。


 背筋をゾクゾクとしたものが駆け抜ける。

 変な快感にぶるぶると体が震える。

 冥は黒縁眼鏡のブリッジを押してズレを直す。


「そう、ですか。女難などなかったと。ああもう――やはり貴方は最高です」

「? よくわからないが、ありがとう」


 最初は困っている姿を見るのが目的だった。

 だが、ぶつけたときの反応がわからない、というのも面白い。

 こういう計算外の人間はなかなかいない。


 計算外と言えば、黒瀬塔子。

 彼女の存在はときおり冥の計算を狂わせた。

 やることなすことが極端すぎて次の行動が読めない。

 きっと彼女のような女をヤンデレと呼ぶのだろう、などと冥は自分を棚に上げてそう思った。


「ひとまずはお疲れ様でした。また次の機会を楽しみにしています」









「ひとまずはお疲れ様でした。また次の機会を楽しみにしています」


 そんなことを言って、黒縁眼鏡の少女は人混みをするりと抜けて立ち去ってしまう。

 ツルギは彼女の後ろ姿を目で追いながらつぶやく。


「そんなにオレと立ち会いたかったのか……」


 わからないでもない。

 男女で戦おうと思ったら記章争奪戦のようなイベントのときを除いて他にない。

 例えばツルギも前回の争奪戦で戦った水無月玲子とはもう一度戦ってみたいと思っている。


「まあ、そのうち縁もあるだろう」


 そう思ってツルギは改めて掲示板に向き直る。

 そして今度こそクラスの詳細を見ようと背伸びして、つま先立ちをして覗きこむ。

 ギリギリ数名の名前が見えるような、見えないような。


 と、後ろからつんつんと肩をつつかれた。


「ああ、すまない――」


 自分が邪魔になっているのだと思って振り返る。


「おはようございます、ツルギくん」

「……おはよう」


 そこにいたのは麻矢と、麻矢を盾のようにしてその後ろに立つ塔子だった。

 麻矢はいつも通り歩く健康といった様子だが、塔子はいつにもまして青白い顔をしている。


「おはよう二人とも。というか、塔子の顔色がすごいことになってるけど大丈夫か……?」

「……人が多すぎるのよ。絶滅すればいいのに」


 麻矢の頭に顔を預けて、真っ黒い瞳を集団に向ける塔子。

 その麻矢の方は両手を頭上に伸ばして塔子の頭をなでている。

 そういえば塔子は人混みが苦手なのだったか。


「ちょっとここから離れるか?」

「そうですね……塔子さんごめんなさい。まさかこんなに混んでるなんて。えっと……とりあえず、あそこに避難しましょうか」


 そう言って麻矢は少し離れた場所にあるベンチを塔子に示すが、塔子は麻矢から離れない。麻矢は仕方なく頭の上に塔子の顔を乗せたまま移動を開始する。


 狩人が仕留めた熊を背負っているみたいだ、とツルギは思った。

 麻矢がベンチに塔子を下ろして寝かせる。


「大丈夫ですか?」

「……ええ、落ち着いてきたわ」

「顔色も、さっきよりはいいかもな」


 塔子はのそのそ起き上がると、ベンチの両隣をぺしぺしと叩いて二人に座るよう促す。ツルギと麻矢は顔を見あわせて、微苦笑しながら座った。


「ところで、白嶺祭の願い、塔子はあれでよかったのか?」


 あれを見たとき、なんだか塔子らしくない、と思ったのだ。

 塔子が希望したにしては影響範囲が広すぎるし、その割に得られるものも少ない。


「……私は、ツルギと麻矢と同じクラスになりたいと言っただけなのだけれど……白夜姉さんが、それならこうしようと」

「理事長代理が?」


 とすれば、その意図はおおよそ察せる。

 おそらくは断絶に近かった一般コースと武系コースの隙間を埋めようとしたのだろう。同じ学園に通いながら接点の少なかった両生徒の関係を変えようとしたのだと思う。


「なるほど。あの人もなかなか食えない人だからなぁ」

「そうなんですか?」

「……白夜姉さんは、かなりの変わり者なのよね」


 塔子の言葉にツルギと麻矢は目をあわせる。

 二人とも同じことを考え、そして言えなかったのだ。

 二人の様子に小首をかしげる塔子に、こらえきれず麻矢が吹き出す。

 ツルギも小さく笑った。


 今日以降、これまでになかった交流が生まれていくことだろう。うまくいくとも限らない。でも、個人的にはおもしろそうだと思う。武系生徒だけでは見えてこなかったものが見えそうな気がするのだ。ツルギが塔子から新しい視点をもらったように。


「というか、その話からするとオレは塔子や麻矢と同じクラスになるのかな」

「……そうしてくれると言っていた」

「そっか。それは楽しみだな」


 新しいクラスの詳細は見えない。

 けれど塔子や麻矢がいるなら、それだけで楽しくなりそうだと思った。

 いや、自分が楽しくなるだけじゃダメだ。楽しくさせたい。もらったものと同じくらいに返していきたい。助けられた分助けたい。

 自分に恩を感じてここに来てくれた二人。

 その二人に受けた恩を返したいと思う自分。


 恩を返されて、返して、それをまた返されて――もしかしたら人のつながりというのは、そういうものなのだろうか。臣との約束のように、ずっと続く終わらない結びつきが、つながるということなのだろうか。


 だとしたら、それはなんて素敵なことなんだろう。

 ツルギは果てしなく広がる晴天を仰ぐ。

 くらむような青が、いつもよりずっと美しく見えた。





















 誰もいないツルギの部屋。

 小説も雑誌も漫画すらなく、ゲーム機もなければ音楽プレイヤーもない。備品として設えられたノートパソコンは埃をかぶり、最初からついていた地味なベージュのカーテンも換えられていない。

 そんな人間味のない、実用性ばかりの部屋の壁に、ひとつだけ不似合いなものがある。



 ――ボンドで不格好に直された、ヒーローの仮面がかけられていた。






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