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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
記章争奪戦~オレの拳を越えていけ~
18/59

18:りんご飴と、矢文と







「早いな、麻矢」

「あ、ツルギくん」


 ――白嶺祭当日。

 待ち合わせ場所に到着したツルギを、先に来ていた麻矢が迎えた。

 約束の時間より十五分ほど早く来たのだが、それでもなお出遅れるとは思わなかった。


「早かったですね」

「オレより早かった麻矢にそう言われると立つ瀬がないな……」

「心配性なんです。いつも何か起きるかもって思っちゃって」


 麻矢は苦笑した。


「それに退屈はしませんでしたから」


 周りを囲む出店を眺めながら、麻矢が言う。

 上から見晴らせば、広大な学園のグランドにひしめきあうように屋台が並んでいる様子が見えるだろう。

 これも白嶺祭の恒例行事だ。

 多くの部活動が部費の足しにするべく店を出している。


「あ、そうだ。塔子さんに何か食べるもの買っておいてあげましょう」

「ああ、それはいいな」

「ですよね。塔子さん絶対こういう経験ないでしょうし、喜ぶと思うんです」


 麻矢は歩いてすぐの出店に向かい、りんご飴を購入する。


「塔子と麻矢って、いつの間にかすごく仲よくなったよな」

「そうですね。わたしも、なんで信用してくれたのかはよくわかんないんですけど」


 三つ分のりんご飴を買った麻矢がひとつをツルギに渡してくれる。

 ツルギはそれを受け取りながら麻矢の話を聞いた。


「塔子さんってお嬢さまですけど、明らかに人とは違う苦労してきてるじゃないですか」

「みたいだな」


 彼女は自分では意識してないかもしれないが、言動の端々からよく闇が漏れている。


「そのせいか、わたしの中のヒーラー魂が、塔子さんを甘やかせとささやくんです」

「そうなのか」

「そうなのです――あっ!」


 声を上げる麻矢。

 つられて目を向けると、お面屋だ。しかし、一般的なものと違って石膏のような材質でできており、お面というよりは仮面のようだった。


「これ、ミリオンレッドですよね。わたし、すごく好きでした」


 その名前を聞いて、ひどく懐かしい気分になった。

 ミリオンレッド。ツルギが小学生のころにやっていた特撮番組だ。

 第一話にしてヒーローが悪の組織に囲まれて死に、巻きこまれた青年がそれを引き継ぐというストーリーで、回を追うごとに主人公が強く正しいヒーローへと成長していくのだ。


「オレも見てた。変身するたび火傷を負うって斬新だったな」

「あれは痛そうで忘れられないですね……」

「だよな。あとはあの決めゼリフとか」

「先代から受け継いだ、あれですね」


 うなずきあって口にする。


「「ヒーローとは、逃げずに立ち向かっていく者のことだ」」


 二人の声が綺麗に重なった。

 思わず笑いがこぼれる。

 二人で盛り上がっていると、店主の女生徒が声をかけてきた。


「兄さん兄さん、そいじゃあ買っていってよ。記念にさ」

「ううむ……」


 考えこむツルギ。

 もちろんミリオンレッドは好きだったし、デザインも格好いいとは思うが、しかし買っても使いみちがない。

 しかし、なおも店主はたたみかけてくる。


「兄さん確か記章持ちでしょ。こいつは頑丈に作ってあるから防具にもなるよ」

「ほほう」


 その言葉に興味が湧いた。

 仮面はゴムの代わりに長い紐がついていて、結び方次第でどこにでもつけられそうだ。


「それじゃあ、一つもらおうかな」

「まいどっ!」


 五百円玉を渡して仮面を受け取る。

 そして紐を腰に回して左側を守るようにくくりつける。

 しかし麻矢は不満げだ。


「つけないんですか……? 格好いいのに」

「いやいやいや」

「まあでも、つけなくたって、ツルギくんはわたしたちのヒーローですけどね」

「またそうやって、麻矢はオレを甘やかす」


 そんな話をしながら元の位置に戻る。約束の時間まであと五分ほど。

 ツルギも麻矢も、りんご飴に手をつけずに塔子を待った。



 ――けれど、決めていた時間を過ぎても、彼女は現れなかった。










『まもなく、最終準備に入ります』


 理事長代理の放送が始まる。

 記章争奪戦が始まるまでもう少しだ。

 ツルギは大きく長く息を吐いた。


 今いるのは南校舎の三階。

 窓から外を見下ろすと、校舎を取り囲むようにして参加者が集まっている。数えるのも難しいくらいの人数だ。アレが一斉に雪崩こんでくる。そしてその時点で一定数の脱落者が出る。毎年の恒例だ。


 だから経験者はあえて入り口から少し離れたところに陣取っている。

 その中に点在する黒いシルエットは武系生徒だ。武系の人間は一目でわかるように黒い服装をする決まりになっているのだ。


 ツルギは胸元の記章を確認する。

 争奪戦のための特別な記章。本来の記章より大きく、内部には発信機が埋めこまれている。参加者がつけている参加章にはその電波を受信する機能があり、距離が近くなると振動で持ち主にそれを知らせる。

 逃げたり隠れたりは不可能ではないが、人海戦術を相手には容易ではない。そういう調整だ。


『準備が完了しました。最後にルールを確認します』


 清く透き通るような理事長代理の声が、争奪戦のルールを読み上げる。




 ひとつ、記章を持つものは必ず胸に見えるようにつけなければならない。

 ひとつ、学園の敷地から出てはならない。

 ひとつ、武系生徒は黒い衣装を着用すること。

 ひとつ、参加者間でのあらゆる協力、および妨害行為を自由とする。

 ひとつ、争奪戦において発生した物的被害について生徒はその責を負わない。

 ひとつ、武器の使用を許可する。ただし刃物は刃を潰し、弓は規定の矢を使うこと。

 ひとつ、終了時刻に記章を保有していた生徒には報酬が与えられる。




 そこまで読み終えた理事長代理は、一度言葉を切る。

 遠くからでも、静かな集中が参加者に広がっていくのを感じる。

 それが頂点に達したころに再び理事長代理の声が響く。


『人は自由であればこそ健やかに成長します。そして健やかであればこそ己を省みるのです。どうか参加者に健やかな成長と自省がありますように――それでは、記章争奪戦の開始を、ここに宣言します』


 放送が終わった。

 ほとんど同時に下で大きな音がした。

 参加者が我先にと校舎に入ってくる。


「さて――どうするか」


 最悪手は上へ向かうこと、上へ追い立てられることだ。

 屋上まで行ってしまえば逃げ場はない。ここ三階は、いざというときに上にも下にも逃げる余地があるという位置取りなのだ。


「まあいつも通り、出たとこ勝負か」


 関節を軽く動かしてほぐしながら、状況の変化を待つ。

 すぐにそれは訪れた。


「見つけたぞーっ!」


 そう叫んだのは細身の男子生徒だった。

 黒ジャージではないが、肉づきからして運動部か。下半身の筋肉が大きく、上半身はそうでもない。体の軸にややブレがあり、おそらく走り回るスポーツだが、まっすぐに走ることが少ない競技だ。

 そんなことを考えながら、愚直につっこんでくるその男子生徒を避けた。


「――うおあっ!?」


 大きく体勢を崩してガラスにぶつかりそうになった彼の襟首を掴んで止める。


「あ、どうも」

「いや、気にするな」


 そう言って、彼の後ろからやってきていた団体に、彼を勢いよく投げつける。

 鈍い音がした。

 四人ほどの人間が塊になってうめいている。


 そのかたわらで一人だけ、投擲を免れて立っている生徒がいた。

 彼も武系ではない。

 細身で小柄で、明らかにこういうことに向いていなそうな男子だった。


「どうする?」

「……えーと、お手柔らかにお願いします」


 苦笑いを浮かべながらも、彼は逃げなかった。

 その覚悟にツルギは目を細める。


「努力しよう」

「じゃあ、行きます――!」


 拳を振りかぶって走ってくる男子を、迎え撃つ。

 加速される寸前の拳を掴み、パンチの流れと同じ方向に、さらなる速度で引っ張る。完全に泳ぐ体。泣きそうな顔の彼を、振り回すように教室の扉に叩きつけた。

 扉が外れて、男子はそこに倒れこむ。


「――腹が据わっている。そして拳に邪念がない。君は武系に向いているな」


 あそこで背を向けることなく向かってくるなんて、なかなかできることではない。その精神は既に武系生徒に近い。

 そう思って声をかけたのだが、反応がない。


 少年は完全に意識を失っていた。


「やりすぎたか……?」


 毎度のことだが、武系でない人間にどの程度までやっていいのかの判断が難しい。

 ツルギの中では骨折未満というのが一応の指標になっているが、その指標の範囲が広いのでやはり悩む。次はもう少し軽く、できれば意識を失わず、動けなくなるくらいで調整してみよう。


「さて」


 目下、周囲に動くものはない。

 他の生徒はどこに向かったのか確認しようとして、気配を感じる。


 即座に振り返ったツルギの目前に一本の矢。


 ほとんど反射的にそれをつかむ。ギリギリで間にあった。ゴム玉のついた矢だが、当たればそれなりのダメージを受けてしまう。


 射手の姿は既にない。既に気配も感じないので矢を放った時点で即座に離脱したのだろう。さながら狙撃手のような立ち回りだ。

 と、そこで矢に結びつけられているものに気づく。


「――これは」


 矢文だ。こんな邪魔なものを結んでさえ、あれほど正確な射を見せたのか。

 いや、それよりも内容だ。結びを解いて紙を開く。

 その文章が目に入った瞬間にツルギは息を飲んだ。



 ――黒瀬塔子は預かった  第三視聴覚室まで一人で来い――



 全身の血が凍りつく。

 冷たい汗が吹き出る。

 腕が震え、意識せず手紙を握りつぶした。


 第三視聴覚室は北校舎だ。そして三階に渡り廊下はない。頭の中で経路を考える。どこが一番早いのか。そして、人に会わずに向かえるのか。

 だが――


「第三席、滝川ツルギ!」

「その記章、我ら映画武術同好会が頂戴するッ!」


 ――無情にもそこに次々と参加者が集まってくる。


 瞳孔が収縮する。歯が軋みを上げる。息の塊が吐き出される。

 焦燥が精神を焦がしていく。




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