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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
記章争奪戦~オレの拳を越えていけ~
17/59

17:戦意を示す男と、協力を申し出る少女たちと







 誰かが置いた桶の音が反響する。

 それに釣られたように水滴が落ちてくる。

 そんな男子寮の浴場で、湯船に浸かりながら話をしていたのはツルギと臣だった。


「戯け。たかが祭りだぞ。大事を取って休めばいいものを」

「秋さんが出られないんだ。オレまで休んではいられない」


 二人が話しているのは明日の白嶺祭――その恒例行事たる記章争奪戦のことだ。

 行事なんか無視して養生しろ、というのが臣の主張。

 最大で五つになるはずの争奪戦の報酬が三枠になってしまったら、祭りも盛り上がらないだろう、というのがツルギの主張だった。


「特に今回は、みんなオレを狙ってくるみたいだしな」


 自分が狙われていることをツルギは自覚していた。

 そういう空気を感じていたし、実力を考えれば納得がいく。武系生徒には腕試しとして強い相手を求める者も多いが、それ以外の生徒は大半がツルギを狙うのではないだろうか。


 怒りはない。

 侮られているとも思っていない。

 ただ事実としてそれを受け止めている。


「それに前も言ったけど、傷はもう大したことないんだって」


 火傷とかさぶたに覆われた腕を示す。確かに見た目は不格好で心配を招くのはわかるが、中身に関しては治っているのだ。

 それこそまた《獅子懸》を――デパートのときにやったような、全力の《紅獅子懸》でもしない限り問題はないはずだ。


 それとも臣が心配しているのは怪我ではなく、不調の方なのだろうか。

 確かにそちらは結局のところ解決できなかったが、何も戦えないわけではない。


「しかしな」

「だけどさ」

「――いやあ、仲がよろしいのですね。善哉善哉」


 そう言って湯煙の中から現れたのは、長い金髪で目元の隠れた男。

 大鳳示炎だった。


「……すごいな」


 彼の姿を見たツルギの口から、自然と感嘆が漏れた。

 全裸の状態だとよくわかる。骨が太く、そこに鍛え抜かれた筋肉が絡みついている。彫りこまれたような石像のような、美しくも実用的な筋肉の鎧。

 そして、戦闘経験の多さを物語るように、傷や縫合痕が全身に刻まれている。


「いやいや、お恥ずかしい限りです。力押ししか知らぬもので」


 そう言いながら、示炎はツルギの正面に身を沈めた。

 水面がわずかに波立って、すぐに静まる。


「しかし、無事参加されるようで安心しました。この機に相手をしてもらおうと思っていたのですよ」

「――貴様、記章持ち同士で戦う気か?」


 臣が刺すような視線を向ける。

 しかし示炎はまるで意に介さない。


「別に禁止されてはいないでしょう。争奪戦は、拙にしてみれば戦う相手を自分で決められる貴重な機会ですので。もしや好敵手を取られるようでお嫌ですか?」

「ふん」


 臣は答えず、不機嫌そうに目を閉じた。

 示炎は肩をすくめてツルギの方を見る。


「実際、何か感じるものがあるのですよ。ツルギ殿となら、死力を尽くして戦えるのではないかという、予感のようなものですか」

「……オレでいいのか?」

「貴方がいいのです。ひょっとしたらこの感覚は、なんらかの縁なのかもしれません」


 示炎はそう告げて笑った。


「であれば、避けようなく戦うことになるでしょう。きっと巡りあわせが働くはずです」

「巡りあわせ――」


 師匠が言っていた。出会うべくして出会った者は、互いに大きな影響を与える。

 示炎との出会いもそうなのだろうか。

 明日、避けようもなく、この男と戦うことになるのだろうか。


「無論のこと、そのときが明日ではない可能性もありますが。天ならぬ人の身では、人事を尽くして待つばかりです」


 大鳳示炎。

 武系第五席。

 不死身の異名を持つ男。


 噂では戦いを好み暴れることを本懐とする戦闘狂だと聞いていた。

 だが、言葉や態度の節々から、その単純極まる印象ではくくれないものも感じる。

 金髪に隠された彼の瞳は、どのような世界を映しているのだろう。


「――さて、要件も済みましたし、このあたりで退散しましょうか。二人の貴重な語らいをずいぶんと邪魔してしまったようですし。雲水は流れゆくのみです」


 示炎は立ち上がった。

 絞られた肉体の上を湯が流れ落ちる。


「では明日――もし巡り逢えれば、そのときに」


 そう言って浴場を出て行く示炎。

 扉が閉まる音とともに、臣がつぶやく。


「記章持ち同士の戦闘――か」

「臣はやっぱりそういうのは嫌いか?」

「別に。貴様が受けるなら止めはせん」


 否定はしないが肯定もしない、というスタンスだろうか。


「そういえば臣は確か、示炎と戦って勝ってたよな」


 前期に一度直接対決があり、そのときには白星をあげていたはずだ。

 けれど臣の表情に納得の色はない。


「単に相性がよかっただけだ。奴が奴であり、俺が俺であるから勝利したにすぎん」


 戦いの相性。

 ときにそれは実力差を大きく埋める要素となる。

 戦いの均衡を容易に崩し、結果として格上の相手に勝利したり、負けるはずのはずない相手に敗北したりもする。


「だが貴様と奴の場合――相性がいい悪い以前に、ちと噛みあいすぎるな」

「噛みあいすぎる……?」

「剣士が同じ間合いで斬りつけあうような泥沼になりかねん。気をつけろよ」


 リーチが同じだということだろうか。

 あるいは戦闘スタイルのことか。

 ツルギは少ない情報から示炎との戦いを想像してみる。

 勝てるイメージが浮かばなかった。何度繰り返しても、嫌な予想ばかりが思い浮かぶ。だが、これは情報や実力の不足からではない。


 精神的なところで、既に敗北してしまっているのだ。


 あの見事な体と不敵な表情。気力と自信の充実が、精神から肉体へあふれて張りつめている――そんな印象を受けた。

 対して自分はどうか。傷を負い、不調を抱え、そして――己の不出来な始まりを自覚してしまった今の自分は。


「戯け。なんて顔をしている」


 臣の声で我に返る。


「少々脅かしすぎたか。俺の話など半分程度に聞いておけばいい。負けると思っていては負ける――貴様とて骨身に染みているだろう」

「……ああ、わかってるさ」

「ならば勝てると思え。己の積み重ねを信じろ。戦いというのは、まずそこから始まるものだ」


 臣は簡単そうに言うが、ツルギにとってはそれが簡単ではない。

 今のツルギは自分の積み重ねてきたものこそ、信じられないのだから。


「……すまない、臣。先に上がる」

「そうか。ふん。まあ、無理はするなよ」

「ああ」


 ツルギは生返事して立ち上がり、浴室を出た。

 体を拭き、ジャージを着こみ、自室に向かう。


 そうして部屋の前に来たとき――懐かしい違和感を覚えた。

 部屋の中に誰かがいる。

 すっかり覚えてしまったこの気配は、麻矢と塔子だ。

 何か相談事でもあったのだろうか。

 今は無性に二人の姿を見て、声が聞きたい。

 少しだけ表情を緩めて、ツルギは部屋の扉を開ける。




 ――自分の下着に顔を近づける麻矢と塔子がいた。




 開けた扉をそっと閉める。


 幻覚か。そこまで精神に重篤なダメージを受けていたとは。

 深呼吸をする。気を静め、改めてドアを開ける。


「……お帰りなさい」


 いつも変わらぬ塔子と、こちらを見たまま凍りついたように動かない麻矢。二人の手には間違いなくツルギの下着が握られている。


 幻覚じゃなかったのか。何がどうしてそうなった。

 動かない麻矢の顔がどんどん赤くなっていく。


「ち、違うんです違うんです。これは、これには深い事情が」


 ばっと持っているものを腰の後ろに隠し、弁明を始める麻矢。

 だがツルギには、この事態よりさらに気にかかるものがあった。


「ちょっと待てくれ。その前に、その床の隠し扉はなんだ……?」


 部屋の中央で持ち上げられた床の一部。

 そんな忍者屋敷のようなギミックが自室にあったとはついぞ知らなかった。

 そんなツルギの疑問に塔子が回答する。


「……泊まるのはダメでも、部屋に来るのは構わないと言ったでしょう?」


 だから直通の通路を作ったのよ、とこともなげに彼女は言った。


「まさか、土日の工事って――」

「……そうよ。私がミナトとカナエに頼んだの」


 寮の管理人を丸めこんで突貫で地下通路を作ったのか。

 強権乱用にも程がある。

 額に手を当てて息を吐くツルギ。

 その反応に首をかしげる塔子。

 なぜか申し訳なさそうな麻矢。


「すみません、塔子さんに悪気はないんです。悪気はないんですけど……」

「ああ、わかってる」


 塔子に悪気はないに違いない。

 足りてないのはきっと常識の方だ。


「それで、今日はどうしたんだ?」

「えっと……塔子さんが、ツルギくん元気なさそうだから、って」


 塔子の方を見ると、彼女はうなずく。


「……明日の記章争奪戦にも、参加することにしたわ。貴方が不調なら……その分は私がなんとかするから」

「わたしも、そのつもりです。力になれるかはわかりませんが、がんばりましょう」


 武系コースでもない二人が、自分のためだけに争奪戦に参加して、自分のために戦ってくれるという。


 ――それはツルギにとって、想像し得ないところからの一撃だった。


 二人の目に、言葉に、涙腺が痛くなった。

 胸の傷をなぞりそうになって、こらえる。

 すまない、と言おうとして、それを飲みこむ。


「ありがとう、二人とも。オレも――頑張るよ」


 こんなにも自分を心配して、支えてくれる。


 どうしようもなかったときに出会った師匠。

 己の力に悩んでいるときに出会った臣。

 そして麻矢と塔子。

 滝川ツルギという人間は、きっと出会いの運には誰よりも恵まれている。

 それだけは誇れる、確かなことだった。




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