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白嶺学園風雲録(無人島サバイバル実習編連載中)  作者: 有坂紅
記章争奪戦~オレの拳を越えていけ~
12/59

12:送迎と、歓待と







「すまない。少し遅れたか」


 ツルギが荷物を持って着いたときには、塔子も麻矢も既に校門の前にいた。

 麻矢は大きめのショルダーバッグを足元に置き、塔子は黒い日傘を差してその横に立っている。


「やや。わたしたちも今来たところですよ」

「……ええ。問題ないわ」

「そっか。よかった」


 その返答に安心する。


「ところで、駅までは歩いて行くのか? オレはいいけど、二人は大丈夫か?」


 白嶺学園は山の上にある。

 交通機関を利用するなら一度麓の街の駅に向かわなければならない。

 しかし塔子が首を振ってそれを否定する。


「……大丈夫。もう呼んであるから」


 程なくして、一台の車が目の前に停まった。

 大型で黒塗りの、いかにもな高級車だ。


「お待たせいたしました、お嬢さま」


 運転席からスーツ姿の男性が現れ、慇懃極まる丁寧さで後部座席のドアを開ける。


「……ありがとう」


 日傘をたたみ、慣れた様子で乗りこむ塔子。

 ツルギと麻矢はおそるおそる塔子に続いた。


 その内装がまた尋常じゃない。

 絨毯のような美しいシートが対面するように二つ設置されている。窓はスモークが入り分厚い。運転席との間には壁まである。防音効果もあるようで向こう側の音は一切聞こえない。

 いや、おそらくは逆で、後部座席に座る人間のプライベートを守るために設置されているのだろう。けれどこれでは運転手と話ができないのでは、と思っていると塔子が手元に設置されているボタンを押した。


「……いいわ。出して」

『かしこまりました』


 通信機が内蔵されているようだった。

 唖然とするツルギと麻矢をよそに車は発進する。

 走行しても揺れは少なく、実に静かだ。

 どこもかしこも自分の知っている車とはまるで違う。

 麻矢がおそるおそる尋ねる。


「塔子さんって、もしかしてすごいお嬢さまですか……?」


 麻矢の言葉にしばし思案した塔子は、それからうなずいた。


「……お嬢さまと呼ばれてはいるわね」

「まさかまさかっ、黒瀬って五黒の黒瀬だったんですかっ!?」

「……言ってなかったかしら」

「そうか、黒瀬か……もっと早く気づくべきだったな」


 大コンツェルンである黒楼院グループを支える五つの家。

 黒崎。

 黒嶋。

 黒須。

 黒瀬。

 そして本家たる黒楼院。

 それらの家は総称して五黒と呼ばれている。

 その資産、影響力は大きく、世事に疎いツルギでも知っている。


「とするとミナトさんからマスターキーを借りれたのも、それでか」


 思い返すのは始業式の日。

 塔子は、寮の管理人からマスターキーを借りてツルギの部屋に入っていた。

 学園の出資者は黒楼院グループであり、黒瀬は本家に次ぐ格を持つという。であれば学園に勤める者は彼女を無下には扱えまい。

 それこそ彼女より格上と言えるのは、本家の娘である理事長代理――黒楼院白夜くらいなのではないだろうか。


「そういや、あのマスターキーはちゃんと返したのか?」

「……返したわ。もう、必要なくなるから」

「そうか。それならいいんだが」


 塔子の言葉と、口元に浮かぶ小さな笑みが気になったが、ひとまず事態の収拾に安堵する。


「あのときは驚きましたね……塔子さんバイタリティ高すぎです」

「……一番驚いたのは私だわ……外へ出ることも人に会うことも嫌いだった私が、こんな風になるなんて……ツルギのおかげ」

「オレの?」

「……きっと貴方に、骨の髄から変えられてしまったんだわ」

「それじゃ、責任を取らなきゃならないな」

「……取ってくれるの?」

「いや待て塔子。近い近い」


 血の気の薄い、どこか人間離れした美しい顔。

 最近少しずつわかるようになってきた無表情の中のわずかな変化が、そこに浮かんでいる。


「あれ、なんか麻矢も近づいてきてないか?」

「そ、そうですか? 気のせいかもしれませんよ?」


 そうだろうか。こんなにぴったりと腰を密着させて座っていただろうか。

 むむむ、と出発時点での位置関係を思い出そうとする。

 だが思考は、二人の少女の柔らかさに阻まれる。


 ツルギは妙に血流がよくなってしまっているのを自覚した。

 不思議な感覚だ。これくらい血管が拡張していれば無酸素運動の継続時間も普段より長くなりそうだ。なんとか武術に応用できないだろうか。


「あ、いや、いかん。武術から離れてみようと思ったばかりだった」

「えっ、ツルギくんこの状況で武術のこと考えてたんですか……?」

「性分だからな。どうにもならない。いや、どうにかしようとは思ったんだが」


 これじゃあ本当に依存症か何かみたいだ。

 臣やセンセイが心配するのも仕方ないのかもしれない――ツルギは自省した。









 到着した別荘で三人を待っていたのは一人のメイドだった。

 黒い服の上に白いエプロンを重ねたメイド服。前下がりの黒髪の上に黒いヘッドドレス。そして塔子に並ぶほどの高身長。


「お久しぶりです、お嬢さま」

「……サラ、急に呼んで悪かったわね」


 塔子の声が優しい。それだけで相当に親しい人なのだとわかった。


「いつなりともお呼びください。たとえ入浴中でもトイレ中でも馳せ参じますので」

「……ちゃんと拭いてから来なさいよ」

「そういう問題なのか……?」


 ツルギが思わずツッコむ。

 それに反応してというわけでもないだろうが、メイドが向き直る。


「ご挨拶が遅れました。逗留中、皆さまのお世話を担当させていただきます、斑彩良と申します。どうぞサラとお呼びくださいませ」


 彼女はそう名乗って腰を折った。

 姿勢がいい。いや、よすぎる。武術家に匹敵する見事な正中線。己の重心を完全にとらえている。何かの達人かもしれない。

 そんなことを考えながら自分も名乗る。


「滝川ツルギです」

「八嶋麻矢です。お世話になります」

「ええ、伺っております。それでは、まずはお部屋にご案内いたしましょう」


 優雅な動作で背を向け、歩き出す。

 三人はその後に従った。

 そうして屋敷の中を歩く途中、サラは思い立ったように振り返る。


「ところで、お二人に伺いたいのですが。学校でのお嬢さまのご様子などはどうなのでしょうか。二人組とかちゃんと作れておりますか?」


 その言葉に、ツルギと麻矢は目線を交わす。


「いや、オレたちはクラスが違うので」

「ちょっとわからないです」


 ごまかすようにそう告げる。


「そうでしたか。いえ、お嬢さまがハブられてるとしても、馬跳びの馬にされてるとしても、なんとも言えない気分になりますもので」

「……サラ、心配は無用よ。最後にはいつも先生が組んでくれるから、相手はいるし馬役になることもないわ」

「塔子さん……っ!」


 ぶわっと目尻に涙を浮かべる麻矢。


「せめて合同授業のときはわたしが組みますから! いつでも言ってくださいね!」

「……ありがとう、麻矢」


 恋人のように両手を組みあう二人。

 その様子を見ていたサラが感心したような顔をする。


「本当に親しいご友人なのですね。お嬢様が友人を招くとおっしゃったときは、正直空想上の存在ではないかとすら思ったのですが」

「いや、それはさすがに言いすぎでは……」

「いいえ。決して過言ではありません。コミュ障でメンヘラで対人恐怖症の上に悪意に敏感という弱点を固めて作ったような生き物なのですから。わたくし、お嬢さまに友人ができるなど想像もしておりませんでした」

「……サラ、そろそろ怒ってもいいかしら?」

「おっと、失礼いたしました。どうにも素直で正直なのがわたくしの欠点なのです」


 と、そこでサラは立ち止まる。


「着きました。こちらが滝川さまにお使いいただくお部屋になります。そしてその隣が八嶋さまのお部屋です」

「あれ、じゃあ塔子さんの部屋は?」

「お嬢さまは三階の自室をお使いになります」

「そうなんですか。塔子さんのことだからツルギくんと同じ部屋で、って言うのかと」

「……ええ、本当は三人一部屋がよかったのだけれど、サラに反対されたのよ」

「反対いたしました。さすがに初体験で三人はレベルが高すぎますので」

「しません!」


 麻矢が顔を赤く染めて言う。


「冗談です。するしないに関わらず、滝川さまの負担が大きいと愚考いたしました」

「すみません。助かりました」


 するしないの話はさておき、ツルギはサラに頭を下げる。


「メイドに礼は不要です。それではわたくしは昼食の準備に取りかかりますので」

「……サラ、遊戯室は?」

「ああ、そうでした。言いつけ通り、簡素ながらトレーニングルームに改装してあります。よろしければお使いくださいませ」

「おお」


 ありがたい。

 二日間の自主練禁止期間がようやく明けたのだ。

 白嶺祭に向けて少し体をほぐしておきたいと思っていた。逗留中は柔軟やジョギングなどを中心にしたメニューを考えていたが、設備があるならもっと色々とできそうだ。


「塔子、わざわざすまないな」

「……別に、大した手間ではないし」

「手間をかけたのはわたくしですからね」

「サラさんもありがとうございます」

「ああ、いえ。そのようなつもりではなかったのですが。メイドに礼は不要ですので」


 再び繰り返す。それが彼女の信条らしかった。


「――さて。それでは失礼させていただきます。皆様、どうかよい滞在を」




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