11:少し先の話と、ずっと昔の話と
高く上がった太陽の下。
いつも通りに桜の樹の下に集まったツルギと麻矢、塔子。
三人が昼食を摂りながら交わす話題は、近く開かれる白嶺祭のことだった。
「――そんな感じで部活の出店が並んで、正午からは記章争奪戦が始まるんだ」
去年の白嶺祭を経験していない二人にツルギが概要を説明する。
――記章争奪戦。
それが白嶺祭の目玉行事だ。
五名の記章持ちから、参加者たちが競って記章を奪うゲームである。
そうして終了時刻まで記章を持っていた者には学園から報酬が与えられる。
「報酬、と言いますと?」
「『百万円』か、『学園生活に関する希望を叶える』か。そのどちらかだ」
「ひゃく……っ!?」
のけぞって驚く麻矢。
そういえば自分も最初はそうだった、とツルギは昔を懐かしむ。
「……その、希望というのは……どのくらいまで、叶えられるのかしら?」
塔子が箸を唇に当てながら思案顔で尋ねる。
「その辺は理事長次第だから、オレからはなんとも言えないな。参考までに、これまでに叶ったのは『生徒会に入りたい』とか『修学旅行に毎年行きたい』とか『女子の短パンをブルマにしたい』とか」
「……ブルマ?」
「ブルマだ」
「いや、ちょっと自由すぎませんか……?」
「自由こそ成長を促す、っていうのが理事長代理の考えらしいからな」
「それで、ツルギくんはどうやったら勝ちなんです?」
麻矢の質問にツルギは感心した。
相手の勝利条件を確認するというのは意外と盲点になることが多い。
そこに注目したのは彼女の優しさか、あるいは視野の広さか。いずれにしても得難い長所だ。
「記章持ちが終了時まで自分の記章を持っていれば、金一封が授与される。五万くらいだったかな」
「……ずいぶん少ないわね」
「記章持ちってことは既に武系最上位なわけだからな。それに、記章持ちが報酬に固執して逃げに徹したりすると祭りが盛り上がらないだろ」
「でもそうなると、誰かと手を組んで記章渡して報酬はんぶんこ、みたいな人も出てきちゃうんじゃないですか?」
「そういうのもゲームのうちだ。参加者は誰と組んでもいいし、誰を妨害してもいい。ただ、記章持ちに限らず武系生徒はプライドが高いから、滅多にそんなことはないぞ」
答えながらも、頭のなかでは別のことを考えていた。
自由は成長の力になる、と理事長は言う。けれど今の自分に足りていないのは自由ではない。何があれば不調を克服して、壁を打ち破って、もっと強くなれるのだろう。
『君は少し純粋すぎるな。強くなるためにはね――』
遠く懐かしい師匠の声が頭をよぎった。
なんだったか。あのとき、何と言われたんだったか。
確か、刀がどうとか――
「……ツルギ、麻矢」
かけられた塔子の声に、思索に沈んでいた意識が戻る。
「なんだ?」
「……土日って、空いてるかしら?」
少し驚いた。
塔子が自分から話を振ってくるのは珍しい。
「えっと、わたしは空いてますけど。ツルギくんは?」
「土日か……そういえばその問題もあったな。いや、実はさ」
今朝方、寮の管理人から土日に部屋を空けてほしいと言われた。なんでも寮の改修工事のために業者が入って作業をするそうだ。
その話をすると、塔子が少しだけ目を細めた。
「……週末に、別荘に行こうと思うのだけど……二人も一緒に行かない?」
「別荘ですか」
「別荘か」
渡りに船の話ではあるのだが、普段聞き慣れない単語すぎて困惑が先に来てしまう。
「行ってもお邪魔じゃないんですか? ご家族とか」
「……ああ、大丈夫よ……私の別荘だから、家族は来ないわ」
「ふひゃう!?」
麻矢が奇声を上げて口を抑える。
それでもわずかに食べていたものがこぼれ散った。
「なんですかそれどんなお金持ちなんですか!?」
「……大したことではないわ」
「どう考えたって大したことですよ!」
「まったくもって大したことだな」
ツルギも麻矢に賛同した。
「高校生で別荘持ってるヤツなんて、オレは見たことも聞いたことも――」
『――見たことのないものを見て、聞いたことのないものを聞きなさい』
電撃のように、師匠の言葉が頭を突き抜けた。
それにあわせて懐かしい景色が脳裏に蘇る。
緑の覆い茂った山の中。白い仮面をつけた師匠。まだ小学生だった自分の目線は今よりもなお低い。
『強くなるためにはね、たくさんの未知を経験しなさい』
『いろんな相手と戦え――ってことですか?』
言葉の真意を問うツルギに、師匠は首を振る。
『違う違う。戦闘経験も大事だけど、君に足りないのはむしろそれ以外の経験だよ』
『……よくわかりません』
正直でよろしい、と師匠は笑った。
『たとえば刀は鋼で作るだろう。鋼というのは炭素を混ぜた鉄だ。強くなるには純粋なだけでは駄目だ。不純物も必要なんだよ』
ああ、そうだ。そういう話をしていたんだ。
『もっと見たことのないものを見て、聞いたことのないものを聞きなさい。その経験が君を強くして、窮地の君を救ってくれるだろうから――』
そうだった。
経験。それを大事にしろと師匠は言っていたんだ。
臣の言っていた似ていない者からこそ得られるものがあるという話も、要するにそういうことだろう。
みんながみんな、ずっとヒントをくれていたのだ。
見たことのないもの。
聞いたことのないもの。
塔子の誘いは、まさに天恵と呼ぶべきチャンスなのではないか。
記章争奪戦までの期間を考えれば、学園に残っていつも通りの鍛錬を続けるよりも、何かが得られる可能性が高い。
この不調を突破する鍵が見つかるかもしれない。
「――ない」
思考の速度に遅れて、口が先ほどの言葉の続きを紡いだ。
「けど、ありがたい話だ。厚かましくも世話になっていいか、塔子?」
「……私としても嬉しいわ……それで、麻矢はどう?」
「行きます!」
簡潔な麻矢の答えとともに、三人の土日の予定は決定されたのだった。




