ファーストコンタクト
市内にある大型デパート、ジョスコにて、志岐は悩んでいた。
目の前にある2つの存在を前にして…。
「豚肉か鶏肉か……特売で鶏肉の方が安いが、この量なら豚の方がお得な気がしないでもない……くぅー! いっそ両方買うか!?」
ウンウン唸りながら悩む志岐だが、手に取ったのは結局鶏肉だった。
安さには勝てなかったようだ。 貧乏学生とは辛い物である。
「鶏肉が特売だった分、余裕ができたな。 久しぶりに菓子でも買うか」
買い物篭に鶏肉を入れると、少し軽い足取りで菓子売り場のコーナーにやってくると、これまた何を買おうか悩んでいる。
「やっぱここはポテチにするか? しっかしチョコレートも暫く食ってないし……いや、ポテチの20%増量ってのは馬鹿にできないぞ……」
またもブツブツ言いながらお菓子の棚をじっくりと吟味する志岐。
そこへ少し撥ねた、長い赤い髪をしたジャージ姿の美女、山伏 獣羅がやって来る。
彼女は買い物籠に大量の菓子を詰め込んでいく。
ポテチ、アーモンドチョコ、他スナック菓子、ガム等。
「うっし、決めた」
志岐はチョコレートにすると決めたらしく、棚からチョコレートを取ると、丁度獣羅とタイミングが被ってしまう。
しかし僅かに志岐の方が早く、丁度最後の1つだったので獣羅の手は空を掴む。
「あん…?」
獣羅は不機嫌そうに志岐を睨むが、志岐はタイミングが被ってしまい、少しキョトンとしているだけである。
「……もしアレだったら、いるか?」
その鋭い目に怯んだわけでもなく、志岐は純粋な厚意でチョコレートを獣羅に差し出した。
「……いらね。 別に食いたくも無いし」
「手を伸ばしといて食いたくないは無いだろ? ほら、俺は悩んでたポテチにするし」
突っぱねる獣羅だが、志岐はポテチを買い物籠に入れると、チョコを変わらず獣羅に差し出している。
獣羅は、他人からの厚意を素直に受け取れなかったが、ずっと変わらずチョコを差し出す志岐を見て、根負けしたのか、チョコを受け取って籠に入れた。
「あんがと……」
それだけ言うと、獣羅はその場から立ち去って行った。
「あんなにも菓子が買えるって、羨ましいな。 それにしても珍しい赤髪だったな」
最近、子供が生まれる際に遺伝子操作だとかなんだとかで、髪や目の色程度なら操作できるという話だが、そうして遺伝子操作された人なのだろうか、と勝手に自分の中でそんな風に解釈してしまう志岐。
その後、志岐は時折獣羅の事を考えつつも、レジで商品を清算して、商品をビニール袋に詰め込んでいく。
「このまま家に帰っても何だし……ちょっと本屋で立ち読みでも…あーいや、鮮度保ったほうが良いからさっさと家に帰るか」
と、デパートから出ようとしたところでハッとする。
「あ、牛乳買わないといけないんだった」
買い忘れた物があるのを思い出すと、Uターンして食品売り場の方へと戻るために、自動ドアを潜ると、向かいにいた人とぶつかってしまう。
「おっと、すんませ――」
「あ、ワリ――」
「「あ」」
志岐とぶつかったのは、先ほどチョコを譲り合った獣羅だった。
あまりに早い再会に、志岐はフフッと軽く笑う。
「……何がおかしいんだよ?」
「いや、あんまりに早い再会だったんで、ちょっとな」
その笑いを別の意味で取ってしまったのか、獣羅はまた不機嫌そうに志岐を睨むが、志岐はまだ少し笑って答えた。
「チ……さっきから何なんだよお前」
「何って、ただの貧乏高校生だよ。 じゃ、また今度、会うことがあれば」
案外、またすぐに会うかもな。 擦れ違い際にそう言い残して志岐はデパートへ入って行った。
その場に残された獣羅は不機嫌そうな顔をしつつも、志岐の顔が頭の中に浮かんできてしまう。
「ムカつく奴だ……」
不機嫌なまま、獣羅はそのままデパートを離れて歩いていくが、ポケットに入れている彼女のスマートフォンが振動する。
画面を見ると、豹堂 神子と表示されている。
チッと舌打ちしつつも、電話に出る。
「獣羅だ。 どうかしたのか?」
『獣羅! お前のいる付近でクルジスと名乗る悪の組織が現れたらしい! 至急現場に向かってくれ!』
アニマルファングの変身装置には、GPSが装着されており、基地からそれぞれの位置が確認できるようになっている。
獣羅は、神子の焦ったような声は珍しいと思い、更に聞いた事の無い悪の組織の名に首を捻る。
しかしすぐに思考を切り替える。 ともかく、悪の組織が現れたのならば対応するのが獣羅の役目だ。
「OK、具体的な場所は?」
『すぐ傍のデパート、ジョスコだ。 急いでくれ』
獣羅がさっきまでいたデパートだ。 もう少しあのデパートにいれば、すぐに対応できたのにと、少し面倒な気持ちが生まれると同時に、先ほどの志岐の顔が浮かんでくる。
『獣羅?』
「分かった、すぐに向かう」
そう言って通話を切ると、周りの人目がないことを確認すると、変身装置を取り出して胸にあてがう。
「変身! レッド・タイガー!」
変身装置が輝きだし、獣羅の体が赤い光に包み込まれ、少しずつ変化していく。
そして変身が完了すると、赤い光が消えてその姿が露になる。
首から下を覆う、身体にピッタリな全身タイツに、肩、肘、手首、胴体、腰周り、膝から下にかけて、赤と黒の近未来的な鋭いフォルムの鎧が装着されている。
顔は、虎をイメージしたような、赤と黒の縞々のヘルメットが装着されており、頭の部分には猫耳の様な物が取り付けられており、口元は露出させて、目の部分はオレンジ色のバイザーになっている。
「さぁて、行くか!」
獣羅が地面を蹴ると、陸上の金メダリストもなんのその。 一瞬で十数メートルは移動しており、ジョスコまで戻るのに10秒も必要なかった。
透明の自動ドアから中の様子を覗くと、人質となっている一般人が数十人、黒い全身タイツの戦闘員が数十人見えるが、怪人や幹部らしき者の姿は見えない。
そこで獣羅の取った作戦は――
「ハァアアアアアアアアアッ!」
自動ドアをスーツの力で破り、一気に中へ侵入すると、戦闘員が獣羅に気がつく前にその拳を振るった。
戦闘員達は、硝子の割れる音と獣羅の掛け声に反応して其方を見るが、反応は間に合わず、戦闘員達が状況を把握する頃には、獣羅は攻撃態勢に入っていた。
「オラァアアアアアアア!」
手近にいた戦闘員を殴り飛ばし、その衝撃波で周囲の戦闘員達を吹き飛ばす。
続いて戦闘員の足を持ち、片手で軽々と振り回して投げると、投げた先にいた戦闘員を巻き込んで吹き飛んで行った。
「アニマルファングのレッド・タイガーだ!」
「誰か、アラクネー様を呼んで来い!」
「一斉に襲い掛かれ! 時間を稼ぐんだぁ!」
獣羅に向けて襲い掛かる戦闘員と、幹部に知らせるためにその場から去ろうとする戦闘員に行動が分かれるが、獣羅はどちらも逃がす気は無かった。
右拳を突き出すように構えると、手首に装着されていた鎧が変形し、腕輪状に変化する。 そして腕輪は高速回転を始め、耳障りな音を立てる。
「吹っ飛びな! タイガー・ハウンド!」
ドガァアアアアアン! と派手な音を立てて、衝撃波のような物が腕輪を装着した拳から発射される。
広範囲に広がった衝撃波は、地面を砕き、向かって来る戦闘員も、逃げようとする戦闘員も、全て纏めて吹き飛ばした。
「「「ウギャアアアアアアアアアアアアア!?」」」
成す術も無く衝撃波を受けて吹き飛んでいく戦闘員達。
獣羅の奇襲作戦は成功し、あっという間に戦闘員を全滅させてしまった。
周囲にいた一般人達はおぉ~!と感心したような声を上げて拍手をする。
「えー、ここにいると戦いに巻き込まれる可能性がある。 一般人はすぐに避難してくれ」
獣羅がそう指示すると、一般人達はすぐに獣羅が突き破った出口から次々に脱出していく。
ヒーローを間近で見たいという思いもあるだろうが、進んで巻き込まれる人間なんぞ、そう居る物でもない。
そして、全員脱出が完了したのを確認すると、獣羅は敵の幹部の姿を探す。
1階にはいないのかと思い、スーツのパワーを生かしてジャンプし、2階、3階と調べていくと、人影を見つけた。
スーツ姿の女性で、その場で立ち尽くしていて動く気配が無い。
怪しいと思いつつも、獣羅はその女性に近づいていく。
「おいアンタ、悪の組織の幹部がまだ潜んでるんだ。 早く避難を……」
獣羅が声を掛けると、女性は獣羅に見えないようにクスリと笑った。
「あら……貴方が探している悪の組織の幹部って……」
瞬間、獣羅の背筋をゾクリと悪寒が襲い、獣羅は女性から飛び退くようにして距離を取り、女性が振り返った。
「私の事かしら!」
女性が振り返ると、手首の部分から何か白く光るものを発射した。
直線上に飛び退いた獣羅は、それを回避する事ができない事を悟ると、両腕を交差させて防御の姿勢を取る。
だが、直撃を受けた筈の交差した両腕には痛みは無く、代わりに纏わりついてくるような感触があった。
「これは…糸?」
「そうよ。 私は、悪の組織クルジス所属、糸を操る怪人アラクネー」
アラクネーは、顔の眉間の部分等に赤い瞳はあり、それは合計で6つ存在した。
そしてバキバキと音を立てつつアラクネーの下半身が変化していく。
下半身は、8つの節足を持つ、蜘蛛の姿に変化した。
「なっ!?」
「ウフフ、これは擬態っていう新しい怪人の特技よ。 これで民衆の中に紛れ込むことができるのよ。さぁ、いらっしゃい!」
交差している腕に絡み付く蜘蛛糸が引っ張られる。 勿論抵抗して逆方向へ引っ張るが、土台の強さが違うのか、じわじわと引き寄せられていく。
「く、くそっ…!」
「ウフフ、そろそろ本気でいくわよ!」
アラクネーがグイッと強く糸を引くと、獣羅は宙に浮き上がってしまう。
そしてそのままグルグルと振り回され続ける。
「うわわわわっ!?」
「そーれっ!」
「ぐあっ!」
空中を振り回された獣羅は、壁に強く叩きつけられて止まった。
壁には皹が入っており、どれほど強く叩きつけられたかを物語っていた。
生身のまま受けていれば唯では済まなかっただろうが、ヒーローのパワードスーツを着ている今は衝撃を軽減している。 しかしそれでもかなりの衝撃だったのか、目を瞑り、歯を食いしばり痛みに耐えている。
「あら、有名なレッド・タイガーともあろう者が、案外大したこと無いのね?」
「ち、畜生…! オレを舐めるなよ!」
アラクネーに挑発されて、獣羅は拘束されている腕を糸を外そうと両手に力を込めて引き剥がそうとするが、糸は強靭で、外れる気配は全くしない。
スーツで強化された獣羅の腕力は、車の1つなら簡単に持ち上げれるほどにまで強化されている。 しかし、その腕力は全く通用しなかった。
「ほら、いくわよ!」
アラクネーは下半身の蜘蛛の口の部分を開くと、そこから白い蜘蛛糸を大量に吐き出した。
「うわぁああっ!??」
獣羅はその蜘蛛糸を避ける事もできず、まともに受けてしまった。
蜘蛛糸は蠢くと、獣羅の体をしっかりと締め付け、縛り上げた。
「うぁあああっ…!」
縛られた獣羅は、身動きが取れずに芋虫のように無様に地面に倒れてしまう。
「ウフフ、やっぱり大した事ないわね。 擬態からの奇襲でこんなにあっさり決まっちゃうなんてね」
「くっそぉ…オレの力はこんなもんじゃ…!」
「無駄よ。 私の糸は物理的な力にはめっぽう強いのよ」
獣羅は糸を解こうともがくが、やはり無駄な抵抗だった。
「貴女みたいに、後の仲間も全員捕まえてあげるわ。 そして基地で思う存分いたぶってあげるわ」
アラクネーが妖しく笑い、獣羅が悔しさで歯軋りする。
「あー、トイレ行ってたらまたこれか」
だが、そんな緊迫した戦いの中、気の抜けた声が響いた。
獣羅とアラクネーがその声の主に目を向けると、そこにはビニール袋を持って、髪の毛を掻く志岐の姿があった。
「お、お前……!?」
バイザーで志岐からは見えないが、獣羅は先ほど出会った志岐がまだ残っていたのに背筋が凍った。
このままでは、志岐は殺されてしまうかもしれない。 自分が怪人を倒せなかったせいで――!
「に、逃げろ! 早く逃げろー!」
「フフ、いいわね…正義のヒーローに、自分がいかに無力かを思い知って貰ういい機会ね」
獣羅の願い届かず、アラクネーは手首から糸を発射して、志岐はそれを袋を持っていない右腕で受け止めた。
その糸がいかに強靭かを身を持って知った獣羅は、絶望した。
ああなったらもう逃げられない……ただ蜘蛛のいいように弄ばれるだけだ。
「さぁ、こっちにいらっしゃい!」
アラクネーがその糸を引き寄せようと力を込める―――が、志岐は糸を受け止めたままの姿勢でビクとも動かず、糸はピンッと張るだけだった。
「あ、あら? フンッ! ぬんっ! ぬぇ~い!」
たかが人間を引き寄せれないのが信じられないのか、アラクネーは、何度も何度も必死に糸を引っ張るが、結果は変わらない。
「……ほいっと」
「きゃああっ!?」
志岐が軽く右腕を引っ張ると、糸に引かれてアラクネーの身体が宙に舞い、逆の位置に叩きつけられる。
そして志岐は持っていた袋を一旦地面に置き、左腕で右腕に絡まった糸を引き剥がす。
まるでシールを剥がすような、至極簡単な作業のように、強靭な糸を引き千切った。
「そ、そんな…!? ヒーローのパワーを押さえつける私の糸を!?」
驚いているアラクネーだが、次の瞬間、志岐の姿がブレて掻き消えた。 そして次の瞬間、懐に入り込まれており、脇腹に蹴りを入れられる。
「カッ……!?」
150キロ以上もある怪人の肉体を蹴り飛ばし、尚且つ蹴り飛ばされたアラクネーは、コンクリートの壁にぶつかってもまだ止まらず、砕いて向こう側にまで出てしまった。
獣羅は、そんな光景を見て唖然としていた。
「な、何者なんだアイツ…!? 何であんなパワーが!?」
そんな混乱する獣羅とアラクネーを置いてきぼりに、志岐はビニール袋をゴソゴソと漁る。
砕けたコンクリートの壁の向こうから、アラクネーが姿を現す。
「やってくれたわね坊や……もう許さないわよ!」
アラクネーは両腕をバキバキと変化させると、その腕はサソリの様な鋏に変化していた。
「この私を本気にさせた事を……後悔させてあげるわァあああああああ!」
鋏の刃を煌かせながら、アラクネーは本気で志岐を殺そうと飛び掛るが、志岐はある物を取り出してアラクネーに向けた。
その向けられたスプレー缶を見た瞬間、アラクネーの顔が引きつる。
「ヒィッ!? そ、それだけはやめてェー!」
急激に顔を青ざめさせるアラクネーは、着地と同時に再び後ろに飛び退いた。
「きょ、今日の所は引き上げてあげるわ! 次は覚えておきなさい!」
志岐の持つスプレー缶を見てガタガタと震えながら、アラクネーは脱兎の如く逃げ出した。
暫く空間を沈黙が支配していたが、志岐はスプレー缶のラベルを見る。
「これ、怪人にも効くんだな」
超強力殺虫剤バグズ・キラー! とデガデカと書かれたラベルを見て、志岐は苦笑した。
そして志岐は縛られた獣羅に近寄ると、再び腕力だけで獣羅を縛る蜘蛛糸を引き千切り、獣羅の体を自由にしていく。
そして完全に糸を解くと、獣羅は立ち上がって志岐と向かい合う。
「あ、あの…お前……」
「あー、頼むから俺の事黙っておいてくれねーかな? バレると色々面倒なんだ」
「い、いやその……」
そうして2人が話していると、外からパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
その音を聞いて志岐は顔を引きつらせる。
「ウゲッ!? この辺って確か銭型のおっちゃんの管轄だったな……スマン! 俺逃げるわ!」
「あっ! ちょっと待てよ!」
凄まじい速度でその場から逃げる志岐の背中を追う事もできず、獣羅はその場で立ち尽くしていた。
そして獣羅は、今日見せて貰った週刊アンラッキーに載っていた記事を思い出す。
「もしかして、あいつが……!」
これが、レッド・タイガーこと山伏 獣羅と、最強の一般人こと七村 志岐のファーストコンタクトである。




