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お菓子作りが得意な悪役令嬢は、領地民のヒーローになります!~ほろ苦い過去はスパイスに、お菓子と笑顔で繋がる優しい領地再生~  作者: 虹湖
第一章 聖女スイーツ令嬢誕生編

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第4話 祭りの前の喧騒と、不穏な影

 公爵家の晩餐会での成功は、私の小さな工房に大きな変化をもたらした。以前にも増して多くの人々が訪れるようになり、「あの晩餐会で貴族様たちを唸らせたお菓子」という評判が、まるで魔法の呪文のように客を呼び寄せたのだ。


 そして、領内が一年で最も活気づく季節がやってきた。秋の「スイーツフェスティバル」だ。ディルフィア領が誇る収穫祭であり、領主一族や近隣諸侯、さらには他国の使節団まで訪れる一大イベント。もちろん、メインは領内各地から集まる自慢のお菓子たち。今年は、私の「マティルドの菓子工房」も、父である侯爵の後押しもあって、特別に出展できることになったのだ。


「うわぁ…! フェスティバルに出られるなんて、夢みたいです!」


 工房で、フローラが目を輝かせながら飛び跳ねている。彼女にとっても、村の小さなお祭りで手作りパイを売るのとは訳が違う、まさに晴れ舞台だ。


「ふふ、気を引き締めないとね、フローラ。今年は隣国の王太子殿下もいらっしゃると聞いたわ」

「ええっ!? 王太子様!?」


 そうなのだ。晩餐会で私のタルトを褒めてくれた貴族の中に、隣国との繋がりを持つ者がいたおかげで、どうやら今年のフェスティバルには、かねてよりスイーツ好きと噂される隣国のレオニード王太子が、非公式ながら訪れるかもしれないという情報が入っていた。これは、願ってもないチャンスだ。


(ここで最高のスイーツを披露できれば、領地の未来に繋がるかもしれない…!)


 私は、フェスティバルの目玉となる新作スイーツの開発に取り掛かることにした。前世の記憶を探り、ひらめいたのは「ミルフィーユ」。幾重にも重なったサクサクのパイ生地に、カスタードクリームとフレッシュなベリーを挟んだ、見た目も華やかなフランス菓子だ。この世界の伝統的な焼き菓子とは一線を画す、斬新な一品になるはず。


「ミル…フィーユ? 聞いたことない名前ですね」

「ふふ、私の秘密のレシピよ。でも、作るのがすごく難しいの。特にこのパイ生地が…」


 それからの日々は、まさに戦いだった。パイ生地フィユタージュは、バターを生地で包み、何度も折り畳んで冷やすという工程を繰り返す、根気と技術がいる作業だ。気温や湿度にも影響されやすく、少しでも手順を間違えると、綺麗な層にならず、ただの硬いパイになってしまう。


 工房の灯りは、連日夜遅くまで消えることがなかった。失敗作のパイ生地の山が築かれ、睡眠不足でふらつきながらも、私とフローラは諦めなかった。


「だめ…また膨らみすぎちゃった…」


 ある晩、オーブンから出したパイ生地が不格好に歪んでいるのを見て、私は思わずその場にへたり込んだ。もう何度目の失敗だろうか。疲労と焦りで、涙が滲む。


「マティルド様…」


 フローラが心配そうに私の隣にしゃがみ込む。


「ごめんね、フローラ。私のせいで、あなたまで…」

「何言ってるんですか! あたしだって、マティルド様と一緒にこのミルフィーユを完成させたいんです! ほら、見てください! こっちの生地は、少し焼き時間を短くしたら、いい感じの層になってますよ!」


 フローラが指差したのは、確かに今までで一番マシな出来のパイ生地だった。彼女の力強い言葉と、諦めない眼差しに、私は励まされる。そうだ、一人じゃない。私には、こんなに頼もしいパートナーがいるんだ。


「ありがとう、フローラ。…よし、もう一回やってみましょう!」


 互いを励まし合い、アイデアを出し合い、時には仮眠を取りながら、私たちは試作を続けた。フローラが提案してくれた、地元の蜂蜜を隠し味に使ったカスタードクリームは絶品だったし、私が前世の知識で改良したバターの折り込み方が、ついに完璧なパイ生地を生み出した。


 そして、フェスティバルを数日後に控えた夜、ついに私たちの「ベリーのミルフィーユ」は完成した。

 薄く焼き上げられたパイ生地は、ナイフを入れるとハラハラと崩れるほど繊細で、その間には黄金色のカスタードクリームと、朝摘みの瑞々しいベリーがたっぷりと挟まれている。粉砂糖を雪のように振りかければ、まるで宝石箱のような美しさだ。


「できた…! できたわ、フローラ!」

「綺麗…! すごいです、マティルド様!」


 二人で試食すると、サクサクのパイと濃厚なクリーム、ベリーの甘酸っぱさが口の中で完璧なハーモニーを奏でた。思わず顔を見合わせ、私たちは手を取り合って飛び跳ねて喜んだ。これなら、フェスティバルで皆を驚かせられる!


 しかし、そんな高揚感も束の間、不穏な影が忍び寄ってきたのは、フェスティバル前夜のことだった。

 その日、最後の準備のために市場へ買い出しに行ったフローラが、血相を変えて工房に駆け込んできた。


「マティルド様! 大変です! これ…!」


 フローラが差し出したのは、数枚の粗末な紙切れ。そこには、稚拙ながらも悪意に満ちた文字が並んでいた。


『マティルドの菓子は見た目だけ! 味は保証しないぞ!』

『侯爵令嬢の道楽に付き合うな! 裏で汚い金が動いている!』

『フェスティバルを乗っ取る気だ! あの女に気をつけろ!』


「こんなものが、市場の壁とか、あちこちに貼られてたんです…! ひどい…誰がこんなことを…」


 紙を握りしめるフローラの手が、怒りで震えている。私も、その卑劣な内容に全身の血が逆流するような感覚を覚えた。


(…やっぱり、来たか)


 心のどこかで予感はしていた。晩餐会での成功が、面白くない人間たちの妬みを買ったのだろう。おそらく、父と対立し、領地の開発利権を狙っている古い考えの貴族たち…いわゆる「開発派」の仕業に違いない。直接的な証拠はないけれど、やり口が陰湿すぎる。


「ひどい…マティルド様は、領地のために一生懸命やってるのに…!」

「大丈夫よ、フローラ」


 私は、震えるフローラの肩をそっと抱いた。正直、不安がないと言えば嘘になる。初めて向けられた、剥き出しの悪意。フェスティバルを前に、水を差されたような気分だ。


 けれど、ここで怯んでどうする? 私の作るお菓子を楽しみにしてくれている領民たちがいる。一緒に頑張ってくれたフローラがいる。そして何より、私自身が、この手で未来を変えると決めたのだ。


「こんなくだらない嫌がらせに、負けていられないわ」

「マティルド様…」

「見ていなさい。フェスティバル本番で、最高のスイーツを作って、こんな悪意なんて吹き飛ばしてやるんだから。私たちのミルフィーユは、こんなビラ一枚で揺らぐほど、やわじゃないでしょう?」


 私の力強い言葉に、フローラの瞳にも再び強い光が宿る。


「…はい! そうですとも! あたしたちのミルフィーユは、世界一です!」


 工房の外は、祭りの前の静かな夜。けれど、私たちの胸の中には、熱い闘志の炎が燃え始めていた。明日、このディルフィアの地で、最高のスイーツを咲かせてみせる。どんな妨害にも屈しない、私たちの真価を示すために。


(第四話 了)

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