30ー② 無防備なエサ
少々、残酷な描写があります。
ガッシャン!!
「ギャーァァァ」
グラスが置かれたテーブルが潰される音と悲鳴は、同時に起こった。
「誰だ? 何を騒いでいるのだ?」
酒に酔った者が、テーブルをひっくり返したのだろうと、ゼルニケは音がした方向をチラリと見ただけだった。
だが、騒ぎはただならぬ悲鳴と物音で大きくなる一方で、ようやくゼルニケも異変を感じる。
「何が起きている?」
この疑問は嫌でも理解できる状況になった。
ゼルニケとサルートとトリーガー王の前に巨大なカマキリが、首をギギギと動かし見ているのだ。
その表情は全く分からないが、どのエサにしようか楽しんでいるように思えた。
3人は息をするのも忘れ、動けない。
動いたが最後、確実に殺される。
エサとしての勘と行動は正しかった。
3人の前を、他の魔虫から逃げてきた貴族の男が走り込んできた。
その瞬間、カマキリはその貴族の首を飛ばし、体を掴んでむさぼり始める。
「ヒィィィ」
声を出してはいけないと本能が教えるが、勝手に出る。
3人が逃げ道を探ろうと周りを見ると、そこは地獄絵図が広がっていた。
トリーガー王の従者が剣を渡す。
「ここは一番危ないと思われます。こちらに身を隠しましょう」
従者は茂みに誘導するが、ゼルニケとサルートも付いてくる。
「一緒に逃げると見つかる。貴殿らはあちらに逃げよ!」
トリーガーが目で別方向を示すも、剣を振った事もない2人は、離れようとしない。
「チッ。先ほど偉そうにほざいていた王がこの様か!!」
トリーガー王と従者は鼻で笑うが、サルートはガタガタ震えるばかりで、役に立ちそうにもない。
「おまえでも、振り回せば身を守れるかも知れぬ。この剣を持っておけ」
トリーガーが短めの剣をサルートに渡したが、これが失敗だった。
身を隠している一行の前を、比較的小さなムカデのような虫(30cm程度)がサルートの近くをうねうねと進んでくる。
「うわ!! なんだこいつ。小さい癖に驚かすなよ!!」
小さなムカデに剣を向けるサルート。
「やめろ!! そのムカデを殺すな!!」
叫びながら現れたのは、大きく成長したアスランだったが、精悍な顔つきに変わったからか、サルートには分からない。
「誰だ? おまえ?」
サルートの問いに答えず、アスランがサルートの剣を止める。
「それは大陸ムカデの子供で、ソイツを殺すと親のムカデが怒り狂い、手がつけられなくなるぞ」
サルートはアスランの忠告を全く聞いていなかった。目の前の小さなムカデよりも、目の前の男の正体に気が付き驚く。
「おまえ! アスランだな?!!」
名前を聞かれたアスランは、鬱陶しそうに「ああ、そうだ」とだけ返事をする。
「こんな小さな虫を恐れて殺せないなんて、おまえは臆病だ。俺は違う!!」
そう言って、サルートは大陸ムカデの子供を剣で突き刺し殺してしまった。
その直後。
ガリッガリッガリッガリッ
不気味な音がしたかと思えば、岩肌を下りてくる長く黒い物体。
大陸ムカデが木々をなぎ倒し、こちらに向かって一直線でやってくる。
サルートは、始め大きな木がこちらに落ちて来ているのだと思ったが、すぐに黒光りする生物なのだと知る。
しかも、それは先ほど自分が殺したムカデを巨大化したものだ。
どうあがいても助かる方法はない。
・・と思われたが思わぬ人物が手を差しのべた。
アスランはサルートの窮地に、岩影から手を差し出し、自分の命を狙い続けた異母弟を助けたのだ。
だが、彼に付いたムカデの匂いは消えることはない。
サルートを見つけ親ムカデが飛びかかったと同時に、アスランが木のうえから剣を突き立てた。
大陸ムカデの足を数本切る。
足を数本失くした大陸ムカデは、バランスを崩し、横倒しになる。
その隙にサルートを安全な方へと逃がすアスランに、更なる悲鳴が聞こえた。
「うわあああ」
トリーガー王が離れたところで、もう一匹の大陸ムカデに喰われそうになっている。
大陸ムカデがトリーガー王に飛びかかった瞬間、モモ(魔獣)が体当たりで突き飛ばし、王の前に守るように唸っている。
普通なら、モモも大陸ムカデにとっては食料で、こんな無謀な真似はしない。
だが、モモがここまで強気でいるとなれば、その飼い主も一緒だ。
アスランは安心したと同時に、大人しくしてくれないミュゲに、苦笑いが出た。
「誰か!!助けてくれ!!」
戦好きなトリーガー王が、声を裏返しにして喉がつぶれるほど叫んでいる。
その声を合図と、大陸ムカデがモモとトリーガー王に襲いかかった。
バキバキバキバキバキ!!
ミュゲが大陸ムカデの頭のてっぺんから、剣で真っ二つに割っていく。
二つに割られた大陸ムカデは、まるで頭が二つあるような動きで、ゆらゆらしていたが、ちょうどトリーガー王を避けるように倒れた。
そのVの字の間にいたトリーガー王は、もう力も抜けて立ち上がることさえ出来ない。
その表情が恐怖で固まっていたので、心配したミュゲが声をかけた。
「大丈夫ですか?」
可愛い女の子の声に、漸く我に返ったトリーガー王。
「だ、大丈夫だ・・」
絞り出すように声をだしたが、今見た光景が信じられないでいた。
まだ女性とは言い切れない女の子が、狂暴な生物を一刀両断にしたのだ。
しかも、平然としている。
更に、もう一匹後ろから襲ってきた巨大な生物も振り返りながら、撫で斬りにしている。
これは現実か?
その強さは圧倒的で息を呑む。
「バル爺、この人を守っててくれない? 動けないみたいだから」
そう言うと、今度は小さな腰が曲がった老人が「ほいほい」と軽く返事をしてやってくる。
そして、この老人も凄かった。
腕に見たことのない武器を装着している。それは旋棍に刃先を取り付けたものだ。それで近付く巨大生物を次々に殺していくのだ。
息も切らさずにいる老人に、トリーガー王は質問される。
「見たところ、あんたさんは戦好きの王さんで、ダンメルスの領地に戦を仕掛けようと思っているんやろ?」
「・・・」
余裕のない状況で、返事も出来ないトリーガー王にバル爺が続ける。
「さっきの娘とわしで、あんたらの兵士は殲滅できるで」
ニヤリと振り返って笑うバル爺に、トリーガーは、充分に可能だと思った。
「では、あなた方がダンメルス領の人々か?・・では、領主も来ているのか?」
巨大生物と戦っている人々を見ると、その強さは圧倒的で、自分の兵士と比べるまでもない。
年若い娘でさえあの強さ。
そして、腰が曲がってヨボヨボに見える老人も、自分が束になってかかっても、勝てる相手ではないと分かる。
そのダンメルス領地を治める領主は?
この状況にあって、領主を見たくてたまらない。
老人が「ほれ、あそこじゃ」と旋棍で指した。
その方向を見ると、夕暮れに巨大なバトルアックスをまるで杖のように軽々と振り回す大きな男がいた。
領主がバトルアックスを一振すれば、周囲にいた巨大昆虫が一瞬で消え去る。
「我々は僅かな銀で、あの者達を敵にしようとしていたのか・・」
震えるトリーガー王にバル爺が一言。
「わしらよりもっと強いのが、嫁さん連中じゃ」
震えるトリーガー王を和まそうと言った一言だったが、逆効果だった。
「さっきの娘があれほど強いなら、その地域の女性は・・皆バケモノ級なのか? 恐ろしい・・」




