29 告白
イフサンが領地に帰って来たのは二週間ぶり。
同じくドルクも、アルガス山脈の北にあるエンブロー王国から帰って来たところである。
二人は、晴々した顔で、領地の人々や近隣領地の人々を屋敷に招いていた。
久しぶりに集い、祭りのように賑わっている。
そして、老いも若きも、「漸くこのダンメルス領の実力を見せてやる!」と息巻いている。
その話に、一人おいていかれているミュゲは、兄に今の状況を尋ねた。
「みんな、すっごい気合いが入っていいるけど、どうしたの?」
「今、うち(ダンメルス)はレイカールト王国の敵として、多くの貴族から疎んじられているけど、どれ程うちが、この王国を守って来たのか、目にものを見せてやるときが、とうとうやってきたんだ」
「どういうこと?」
何も知らされていないミュゲを見て、イフサンは少し考えた。
明日の決行を、アスランには手紙で伝えていたが、彼はそれをミュゲには伝えていないようだ。
しかし、この状況で何も教えないわけにはいかない。頭をガシガシと掻きながら、ミュゲに教えた。
「ダンメルス領を攻められないと悟ったゼルニケ侯爵は、遠い好戦的な国に出兵を頼んだんだよ。そして、その見返りに採掘した銀の何割かを、渡す契約をしたんだ。その国が、明日銀山を視察しにくるのと同時に、多くの貴族を招いて、今どれ程の資金力が、自分たちにあるかを、ゼルニケたちは見せつけようとしているみたいやね」
イフサンの目がギラギラしだしたのを、ミュゲが訝しむ。
兄がこんな瞳の時は、大掛かりな罠を仕掛けた時にするからだ。
「でも、それとダンメルスの虫駆除とどういう関係が?」
この話に割って入ったのがドルクだ。
「ミュゲ、ワシらは『虫』が出たらどこでも駆除行けるように、法律で決められてるねん。襲われている人がおったらすぐに駆けつけられるように、国に許可を求めんでもいいんや。だから、襲われるまで待っとけばいい。ほんで、『虫』の恐ろしさを十分に理解してもらってから、救出に行くも、行かんもこっち次第や」
納得しかけたが、ミュゲはハッとして父に詰め寄る。
「でも、銀山では多くの関係ない人達が働いているのに、その人らは見殺しにするつもり?!」
だが、アスランにぽんぽんと頭を叩かれた。
「こら、自分の父がそんなことをする人に思うのか?」
咎められて、ミュゲは父を見る。
「大丈夫や。ちゃんと手は打ってるで。ほらっ」
と、投げて渡された袋を開けると、高価な千菊草の粉が入っていた。
「これを今回の件では無関係な人達に手渡しているよ」
イフサンが妹を安心させるように微笑む。
そして、次期領主らしく、集まった人々に「明日、大掛かりな『虫』と『寄生虫』の駆除を行う。よって準備を怠らぬように!!」
「「「おおおお!!!」」」
野太い男達の声が大広間に響いた。
決戦前夜、アスランは自分の部屋の前を、行ったり来たりしているミュゲを見ていた。
「明日の朝は早いし、アスラン様の気持ちを聞くのは今しか・・いやいや、そんなの恥ずかしいし・・」
「何をしているの?」
「ひっっ」
後ろからミュゲに声をかけると、飛び上がるほど驚かれた。
「あの・・。話があって・・」
「ああ、分かっているよ」
ミュゲがここに来ることは分かっていた。明日の駆除のことだろう。
そう思って、普通に部屋に通したのだが、どうもミュゲの行動がおかしい。
居心地の悪そうに突っ立っているミュゲに、アスランは不機嫌にソファーにドサッと座る。
アスランは先に切り出した。
「分かっているよ。明日の駆除についていくって言いたいのだろう?」
呆けたように、何も言わないミュゲ。
それを肯定と捉えたアスランが、ため息をつく。
じじじと蝋燭の芯が燃える音が、やけに大きく聞こえた。
「ちょっと待って! その事で来たんじゃなくて・・」
絞り出すようにミュゲが言い、話を続けた。
「私、ずっと・・たぶん始めて王宮で出会った時からアスラン様が・・好きでした。今回の事がうまく行けば、アスラン様は再び王宮に帰ると思う・・。そしたら、また沢山のきれいな貴族の令嬢と婚約を考えるかも知れないでしょう? でも、覚えてて欲しい。私の事を・・ここで過ごしたことを・・」
「は?」
まさに心のそこから出た『は?』だった。
アスランにとって、自分の気持ちを分かってもらおうと、あれ程努力していたのに、今さらミュゲを蔑ろにして、他の令嬢と婚約をするなど、考えてもいない。
「何を言ってるの? 私があれ程ミュゲにアプローチして来たのに、全く気が付いていなかったのか?」
「あぷろーち?」
ミュゲは首を傾げている。
ミュゲの怪訝な顔を見たら、今までの努力は無駄だったと思い知らされた。ミュゲの、戸惑っている様子に、本当に気が付いていなかったのだと、力が抜ける。
「私が必死にミュゲに気持ちを伝えようと、髪の毛とか褒めていたことは知っているよね?」
「てっきり赤い色が好きだと・・」
思い返すと確かに赤い色が好きだという意味に、とれなくもない。
「・・・じゃあ、私がベッドにミュゲを押し倒したのは?」
「新しい寝技の考案かと・・それで・・」
アスランは頭を抱えてしゃがみこむ。
それで、あの見事なともえ投げだったのか・・。
壁にぶち当たった惨めな自分を思い出した。
ーーははは・・。
何一つ伝わってなかった。
でも・・。
目の前には『自分の事を忘れないで』と言う健気なミュゲがいる。
立ち上がって、ミュゲの前に跪く。
覚悟を決める。
ーーそうだ。はっきり言えば良かったのだ。
しっかりとミュゲの目を見て言おう。
「私には、これから後にも先にも好きな女性はミュゲだけだ。毒を飲み、あの不思議な薬を飲ませてくれた時、君になら、毒を飲まされてもいいと思っていたんだ」
ミュゲが頬を膨らませて、抗議する。
「毒なんか飲ませません」
「うん。勿論分かっているよ。つまりね・・あの時から、ずっと・・ずっと愛している・・ミュゲ」
「・・私もです」
我ながら、しまらない告白だと思ったが、ミュゲが抱きついてくれたので、安堵するアスラン。
長年、お互い唯一無二の存在だったが、漸く口にして気持ちを確かめ合えたのだった。
「だから、ミュゲ。明日は屋敷で私たちの帰りを待ってて欲しい。いいかい?」
愛しい人を危険な地帯に、行かせたくはない。
これは、絶対に阻止しなければ!
アスランは、いつもより厳しい顔をミュゲに向けた。




