27 光りの王子と武神の姫
アスランが王都から脱出した日から、既に2年経過していた。
王都では貴族重視の政治に、市民の怒りが充満していたが、宰相のゼルニケは全くお構いなしに、税金を上げている。
そのせいで職を失った者が多く、王都でも以前より倍に近い数の浮浪者がさまよい、治安はさらに悪化していた。
だが、不満を言おうにもゼルニケは銀山の資金を生かし、兵士を増やし政治に不満を漏らす者の取り締まりを強化しせいで、誰もが口を噤んだ。
市民に質素倹約を強いているにも拘わらず、ザラは王宮で贅沢三昧。
「今週は三回お茶会をすることになっておる。それに合わせてドレスを三着作るゆえ、本日中に仕立て屋を呼ぶのじゃ。もし出来ないようなら、奴隷として銀山に送りだと、脅しておけ。もし、できぬなら銀山に送れ。労働力が欲しいと父が言っていたし丁度いいわ」
「あの、でも・・今日呼んで二日後にドレスを納品させるのは、もう限界かと思いますが・・」
先週も同じように無理を言って作らせた仕立て屋は、無理が祟って病気になったと聞いていた。侍女は、仕立て屋の事情を知っていたため、苦言を呈したのだが・・。
「私が作れと言うたのなら、店員を総動員して、寝ずに作ればすぐに出来るでしょう? ああ、それとあなたは首よ!! 私に意見するなど何様のつもりかのう? 衛兵!! その侍女の身ぐるみはいで、街に捨ててきなさい」
「え? お、お許しください!!」
侍女が衛兵に引きずられていくのを、ザラは満足そうにしているのだった。
このような王宮内の非道な行いは、もはや日常茶飯事。
それは息子のサルートも同じだった。
「おい、この料理を捨てろ!!僕の嫌いな玉ねぎが入っているではないか。この料理を作ったシェフは牢屋に入れておけ!!」
サルートもザラと同じように、横柄な態度は日に日に酷くなっている。
注意する者がいないのだから、当たり前だ。
朝からテーブルの上を埋め尽くす料理を並べさせ、その中でも一口二口食べて、後は廃棄。
自分達が食べた料理を、他のものが手をつけないように、すぐに捨てさせるのだ。
その理由は、自分が食べる料理は特別なもので、それを、他の者が口にするなど、言語道断ということらしい。
このように、贅沢三昧で暮らしているが、ザラにとってどうしても我慢ならない事がある。
それはアスランが、未だにのうのうと生きていることだった。
それは、ゼルニケも同じ考えである。
正統な血筋が生きていれば、後々厄介なことになるのは、目に見えている。
すぐにでもダンメルス領に、軍隊を送り込もうと考えたが、あのダンメルスに勝てる兵力ではない。
ならばと、銀山の資金で、隣国のエンブロー王国と、サキーヌ公国に何度も一緒にダンメルス領を挟み撃ちで攻撃して欲しいと手紙を出しているが、両国とも全く動く様子は見られない。
ゼルニケは、金額をつり上げるも返事はのらりくらりと躱されている。
まさか、躍起になって送った自分の手紙のすべてを、ドルクが見ているなど知るよしもない。
◇□ ◇□
「ダンメルス卿、ほら、今日もこのように手紙がきていますわ」
エンブロー王国の王女が、わざわざ見やすいように、ドルクに手紙を広げて見せる。
その横でサキーヌ公国の大公が、少し不満げにその手紙を横目で見て、大袈裟にため息をついた。
「こちらの出兵に際しての金額が、エンブロー王国のと随分と差がありますな。どうやら我が国を、ゼルニケ殿は見下げておいでのようだ。・・・まあ、兵を出す気はさらさらないが」
現在、エンブロー王国に、サキーヌ公国の大公とドルク・ダンメルスが集まって協議の真っ最中。
まさかその三者が集まっているなど、夢にも思わないゼルニケは、せっせと手紙を書いて送っているのだ。
元々エンブロー王国もサキーヌ公国もアルガス山脈に隣接しているが、そのアルガスに生息する『魔虫』を前にしただけで震え上がり、駆除ができるような強者がいない。
そのために、被害が起きる前に、度々、ドルクに駆除を懇請している。駆除要請に、いつも快く引き受けてくれるダンメルス家に、弓引くことなど決してないのだ。
「そうか。ありがたいのぉ。それと悪いが、もう少しばかり金額をつり上げたりして、ちょっとでも返事を遅らせてくれへんか?」
ドルクが頼むと、エンブロー王国の王女は、美しい顔をさらに輝かせて微笑む。
「もちろんですわ。貴殿の頼みなら、何年でもゼルニケに返事を待たせましょう」
エンブロー王女は、ゼルニケの手紙を暖炉に破り捨てて燃やす。
彼女はドルクの計画を知っているのだ。
「大事な王子様をあの国の王にするためには、一度腐った膿を絞り出すつもりなのね。でも、山は既に緊張状態よ。大丈夫なのかしら?」
「おう、両国に被害はでないように手は打ってあるさかいに、安心してや。大事な婿殿やし、鬱陶しい欲張り貴族は排除しとかんとな」
ドルクが赤く染まるアルガス山脈を、目を細くして見ていた。
土深く眠っていた『虫の卵』もそろそろ孵り、成虫になるものも現れるはず。
大人しかった『虫』が動きだすのはもうすぐだろう。
「今年もたくさんの千菊草が咲きました。船で運ばせたので、今日中にはダンメルス領に届くでしょう」
サキーヌ大公がにこにこと無事に出航できたことを報告すると、ドルクもほっとしたように答える。
「いつもありがとう。今回は無理を言うて、大量の千菊草を頂き感謝してます。これで計画は着々と進んでるし、なによりもいっちゃん先に、この国の寄生虫を駆除せんとあかんのでな」
時間が迫ってきていると、珍しく顔を引き締めるドルク。
ドルクの復讐が始まろうとしている。
(王都に行って、お前の墓標に『愛妻家だった王』って絶対に彫ってやるからな。待ってろよ、パルスラン)
◇□ ◇□
金額を吊り上げても動かないエンブロー王国と、サキーヌ公国に見切りを付け始めていたゼルニケは、両国のさらに北側に位置する、他国を動かそうと模索していた。
しかし、そうなると更に金が必要だ。
その資金源の銀も、最近採掘量が減っているのだ。
更に大掛かりな掘削作業で掘り進めるには、圧倒的に人手が足りていない。
そこで、ゼルニケは更に税金を上げ、支払えない者は、銀山へ採掘する労働力で支払う事を強制。
貴族達も払えないない分は、自分の領地の平民を銀山に送り込むことで、税金の免除を願い出た。
そうなると、全ての皺寄せは弱者にかかっていく。
王都の街でも浮浪者などは捕まって、どんどん銀山送りにされているのだ。
そんな中王都では、地下組織がダンメルス領地から密輸された『千菊草』の粉末を配布している。
その一人が平民の家一軒一軒ノックして、回っている。
「捕まって銀山送りにされた時は、この粉末を水で溶かして、服に塗るんだよ」
若者が言うと、粉末を受け取った年若い夫婦は、痩せた顔をさらにため息で暗くした。
「これを塗って置くと、必ず家に戻れるおまじないなんですよね?」
税金を納められなくなった夫婦は、いずれ捕まる。その時、若い妻を残して遠くの地に連れていかれるなど、辛くて堪らない。
帰れるなら、おまじないにでもすがり付きたいのだ。
「堪えていれば、きっとあのアスラン様が帰って来てくれて、いつかこの苦しみから救ってくださるのね?」
「ああ、絶対にこの苦境を見兼ねて戻ってきてくれる。あの人はそういう人だ。俺はこの路地裏で悪い大人に殴られていた時に、光の王子に助けてもらったんだ。それとあの武神の姫も一緒に帰ってくる!!それまでもう少しの辛抱だ」
若い男の言葉に夫婦は、希望を持ったのか渡された『千菊草』の粉末を大事そうに両手で持っていた。
生活に苦しみ、生きる希望を失いつつある人々に、アスランとミュゲは光となっている。
そして、大層な名前がつけられる程、人々は二人に救いを求めていたのだ。




