25 ダンメルス領へ
切られた?と思ったロスベータ侍女長だったが、実際には無傷だった。
剣を振り下ろされる前に、橫から飛び出してきたミュゲが、短剣でカールアの剣を止めていたのだ。
アスランと合流できたミュゲは、ロスベータ侍女長の事を聞き、悲憤で震えた。
ロスベータ侍女長が死んでしまうの?・・と。
バル爺はミュゲの様子に気がつき、声をかける。
「そのロス・・なんとかって人を助けたいんやろ? この王子様はワシに任せとけ。ほらっ」
「バル爺・・。うん、助けたい!!」
「よし、行っておいで」
バル爺にミュゲは背中を押された。
その勢いのまま、ミュゲは風のように走り出し、まさに斬られる寸前のロスベータ侍女長の前に出たのだった。
その剣をはね上げ、カールアの顎を蹴りあげる。
「ロスベータ侍女長! 助けにきました!」
「ミュゲ様、あなた領地に帰ったのではなかったの? どうしてここに? それよりもアスラン殿下はご無事なのでしょうね?」
矢継ぎ早に質問されるが、「色々あって・・とにかく大丈夫です」としか、答えられない。
詳しく説明したいが、カールアが血走った目をこちらに向けて、剣を構えて立ち上がったため、悠長に返事はできない。
更に悪い事に、通路で迷子になった兵士が数人戻って来てしまう。
そして、状況を把握した兵士も剣を構えた。
虫と闘うというのは、怖いが慣れているし、駆除という意識があるので良心の呵責はない。
だが、対人間となると手が震える。
一度撫でた動物を殺す事は出来ない。それが、会話したことのある人間なら尚更だ。
カールアなどは、何度も会話したし、人懐っこい笑顔を向けられて、笑い返したこともあるのだ。
ミュゲの葛藤を知ってか、カールアは自分の前に兵士を盾として並ばせる。
「ここから出たければ、俺達を殺すしかないぞ」
殴って気絶させる?
いや、その間にロスベータ侍女長がやられてしまう。
それに、剣を構えたカールアは以前とは雰囲気も別人だった。ミュゲとロスベータ侍女長を逃がしたとなれば、ザラの手によって殺されると、捨て身覚悟なのだが。
虫には、容赦ない一撃を加えられるミュゲだが、やはり顔を見ては躊躇する。
この人数、致命傷を負わせずなんとか倒して逃げる方法を考えた。
(あー・・、ない)
相手は虫ではない。
人間だ。
もう覚悟を決めるしかないのか?
ミュゲは短剣を握る手に力を込めた。
その時だ。
ドドドーン!!!
大きな轟音と共に建物が崩れ出す。
暗い部屋に、急に太陽の光が差し、眩しくて目を細めて見ると、次は大きな影が・・。
その影はドラゴンだ。
ミュゲを見つけた喜びで、ドラゴンが大きな咆哮をあげる。
『グオオオーーーン』
その鳴き声と同時に「ミュゲ、こっちだ!!」と懐かしい声が聞こえた。
ミュゲの兄、イフサンがドラゴンの背から手を伸ばしている。
ミュゲは「お兄ちゃん!!」と嬉しさで両手を振るが、「あほう!! 早く乗れ!!」と叱られ、腰を抜かしているロスベータ侍女長を背中に担ぎ、慌ててドラゴンに飛び乗った。
平和に過ごしてした王都の貴族は、巨大なドラゴンを目にし、あたふたするばかり。
「お兄ちゃん、王都まで来てくれたの?! ありがとう」
「ああ、可愛い妹を苛めてくれたお返しに、王宮を潰したろうって思ってきたんやけど、取り敢えず王子様もおるから、このまま領地に帰るで」
「うん!!」
父が来た時も、そうだった。
家族が来た時は、こんなにも安心するものなのか。
自分に味方がいるというのは、なんと心強いのだろうか。
王宮でのアウェーな生活に、神経をすり減らしていたミュゲは、頼りにできる兄が傍にいることに喜ぶ。
空の上から見たカールアは、血の気の引いた顔で見送っていた。
カールアが見えなく頃、ようやく助かったと安堵する。
ミュゲは、解放感と嬉しさのあまりイフサンに抱きついた。
その為に、兄がドラゴンの手綱を引いてしまい、ドラゴンが大空を回転。
その結果、ロスベータ侍女長が気絶してしまい、後で兄に怒られたのだった。
◇□ ◇□
長く閉じ込められていたアスランは、ダンメルス領に着く前に気を失い、そのまま数日が過ぎていた。
アスランは夢を見ていた。
暗い通路をひたすら走っている。
いつ、出口に着くのかわからない。
しかし、甘い懐かしい香りがする方に足を向けると、一気に光りが増大した。
「・・あれ? ここは」
ふかふかのベッド。そしててを動かすとサラサラの髪の毛が手に触れる。
その髪の毛を掬うと、真っ赤な髪一本一本がするすると指から落ちる。
「きれいだな・・」
そう声に出せば、真っ赤な塊が動きそこから見えるのは、可愛いミュゲの顔だった。
ミュゲの驚いた表情が、すぐに泣き顔に変わる。
そして、ミュゲの泣き声で屋敷中の人がアスランの部屋に詰めかける事になった。
目が覚めてから、ベッドにたくさんの人々がアスランの見舞いと称して訪ねてくる。
ミュゲの婚約者という人物を、興味津々で見に来たのだが、貴族、平民問わず心から心配してくれていて、色々な見舞いの品を持ってきてくれた。
ある者は、花だったり。
ある者は珍しい食べ物や飲み物だったりと。
こんなにも、自分のことを心配して声をかけてくれる状況に戸惑いつつも、優しい言葉の数々に、アスランの心に暖かいものが流れていく。
ある日は、アスランが早く元気になるようにと、珍しい卵を持って来てくれた者がいたのだが、その卵を見たミュゲの顔が真っ赤になり、いきなりその見舞い客の頭を叩いて、部屋の外に放り出した所を見ると、怪しい品物だったのかと、気をつけることにしたのだった。
もちろん気になってミュゲに後で尋ねたが、「えーっと・・なんだっけ?」とはぐらかされてばかり。
その後見舞いにきたイフサンに聞いてみると、「ああ、あの卵は男が元気になりたい時に食べるといいんですよ。特に新婚さんにはね」
にへらと笑ったので、何となく理解したが、アスランはどう返事して良いのか分からず、話を変えた。
「私を連れて王宮から出たことで、ダンメルス領に迷惑が掛かっているだろう? ザラ達から私の引き渡し要求がきていると思うのだが、どうなっているのだろうか?」
「ああ、その手紙なら親父は破いて捨ててましたよ。ミュゲの婚約者のアスラン殿下は、私たちと家族です。ダンメルス領地は家族を決して裏切りませんし、全力で守りますよ」
イフサンは、グッと親指を立てる。
「それに、ミュゲが戦う気満々だから、この領地はもう無敵ですしね」
さすがに『無敵』とは言い過ぎでは?と思ったが、ミュゲが自分を守るために戦った場面を思い出し、納得した。
しかし、自分のためにこの優しい領地の人々が、戦に巻き込まれるのは避けたかった。
「でも、もしザラ達が攻めてきたら・・」
イフサンがぽんぽんとアスランの頭を優しく叩いた。
「この領地は特別な領地です。長く虫と戦ってきたせいもあって、領民の全員が強くて、一国の軍隊など言うに及びません。だから、奴らもそうそう攻めて来れないですね。できればスッキリしたいから、逆に攻めてきて欲しいくらいですけどね・・」
にこりとイフサンが笑う。
「だから、そんな事は気にしないで身体を治してミュゲと遊んでやって」
頷くと、イフサンは用事を思い出し、部屋から出ていった。
助けにきたバル爺もそうだが、確かにこの領民の強さは、異常である。
だから、ザラも攻めて来れないのかも知れないなと少し安堵する。
(だって、窓の外にはドラゴンがいるんだもん。最強の領地かも知れない)
イフサンの言葉に納得して、目を瞑るアスランだった。
それからも、見舞いにどんどん人がやってくる。
王宮内の生活で人と話すのは、ごくまれだっただけに、毎日自由に訪れる人々に戸惑っていたが、そのうちアスランも慣れてきた。




