23 ロスベータ侍女長の決意
物語は、ここより少しずつ前向き加減?です。
ダンメルスの領地の最西端の一部である、銀山の引き渡しが終わるまで、アスランは生かされていた。
銀山の引き渡しに時間が掛かったこともあり、アスランの命の期間は延びていた。
この引き渡しに時間が掛かっているのは、ドルクがその銀山付近の『虫』の駆除をイフサンに依頼していたためでもある。
手紙を受け取ったイフサンは、自分の父親の頭がおかしくなったのかと疑ったほどである。
駆除に駆り出されたイフサンは、大いに不満を漏らしていた。
「なんだって、あんな奴に引き渡すのに、わざわざ『虫』の駆除をしてやらないといけないんだ? そのまま引き渡せば銀貨のコイン1つも取れず大笑いできるのに!!」
それは、領民も思っていたようで、人の良いにも程があると、憤りを感じつつもドルクに従い駆除に参加していた。
息子や領民の怒りが聞こえたのか、ドルクは度々手紙を王都から届けた。
その内容は・・。
「まあまあ。怒らんと。今、駆除しといたら、暫くは欲張り親子は金儲けに忙しくて大人しくなりよるやろ。その時間でワシらは大切な時間稼ぎが出来るねん。まあ、イフサン見ておいで」と・・。
ドルクの言葉に半信半疑ながらも、あまりにも自信満々に書いて寄越すものだから、領主に従うことにし、銀山付近の『虫』を片っ端から狩って狩って狩りまくる。
うんざりする作業に、イフサンは腹立たしさがましてくるのだが、その息子の心情を察した父が、良いタイミングで何度も手紙を寄越した。
「山に入って作業をするのは、欲ボケの貴族らではなく、命令されてやってくる庶民や。その人たちが殺されたりせんように駆除をしっかり頼む」
納得は出来ないが、再びらやる気を出したイフサンとダンメルスの狩人達のお陰で、銀山付近は『虫』がいなくなる。
ダンメルス領の人々は、駆除をして、山の保安のために尽くしていたのに、ゼルニケは邪推し始めた。
「私に奪われた銀山を、再び奪い返そうと、何やら画策しているようだな。そうは行かぬ。再びダンメルスの奴らが侵入できないようにしっかりと対策するつもりだ」
引き渡しが済んだ後の銀山に、ドルク達が入れなくなるように、契約を交わさなければと、契約内容を考え始めた。
この作業中は、ゼルニケの注意はそちらに向いていて、その間アスランの事は眼中になかった。
つまり、軟禁状態のアスランの身も安全なのだ。
しかし、ザラはそれが気に入らない。紅茶の香りを楽しみながら、ザラは父に頼んだ。
「お父様、もう良い頃合いでは?」
それはアスランの暗殺の話だが、まるで紅茶の蒸らす時間を話しているような気軽さである。
しかも、その時を楽しみに待ち望み、微笑んでいるザラは、アスランの最後をどのように終わらせようかと、悦の入った顔で夢想している。
だが、ゼルニケは慎重だった。
「だめだ。あの銀山へダンメルスの奴らが、一歩も立ち入れないようにしないといけない。先に小僧を殺しては、約束が違うと言いかねないだろう。まずは契約と引き渡しが先だ」
ゼルニケは、山の銀の産出量を計算した資料に目を通しながら、ザラに不機嫌な顔を見せる。
それくらいの事も分からないのかといったところだろう。
そして、とうとう賠償金として銀山の権利を譲渡する旨の契約が行われてしまう。
しかし、まだ引き渡しの期日ではないが、その日も近付いていた。
つまり、アスランの命も危機的状況になっている。
後僅かで終わる・・そう聞いたザラは気分が良かった。
「山猿の親子は契約後、既に領地に逃げ帰ったと報告を受けたわ。私たちにもう歯向かう気力もないようじゃ。 それに・・・」
と思い出したように笑うザラ。
あの大男が王都に入れば、警備兵もすぐに気が付くはず。
つまり、王都の中には自分達の邪魔をする者は、もう一人も居ないとということだ。
ザラは大男が尻尾を巻いて娘と逃げ出したあの夜の事を思いだし、笑う。
「それに、最後の捨て台詞にあろうことか、『虫の駆除』ってなんて世迷い言を言っておったのう」
余程面白かったのか、クスクスと笑いが止まらない。
それを見てゼルニケも釣られて笑い出す。
「確かに、悪足掻きにしてもあの言葉は道化のようだったな。銀山の引き渡し日は、後2日だ。完了する。それまで待っているのだぞ」
ゼルニケは逸るザラに念を押した。
◇□ ◇□
その2日間、アスランは食事も与えられず、自室に缶詰め状態だった。
部屋からは一歩も出ることを許されず、侍女も目を合わすことさえない。
アスランは自分の運命がもうすぐ、途切れてしまうのだと覚悟していた。
「ああ、そうだ」
アスランが机の引き出しに入っていた缶を取り出した。
これは、ミュゲと一緒に町に出てかった飴の缶だ。
硬くなった蓋を、力を込めて回し開けると、色とりどりの飴が入っていた。
「楽しかったな・・。ミューはもう領地に着いたのだろうか?」
口に一つ飴を放り込むと、美味しいのに涙が頬を伝う。
「おかしいな? もう諦めたのにな・・・。」
手の甲で涙を拭うと、一つため息を漏らす。そうして、最後までレイカールトの王子として恥ずかしくないようにと背筋を正す。
立ち上がり、窓の外を眺めていると、ガンガンと打ち付けるようなノックが聞こえた。
アスランの返事も待たずに開けられた扉には、裏切り者の騎士、カールアがにやけた顔で立っていた。
ズカズカと入ってくると、何も言わず後ろの兵士に、「アスランを取り押さえろ」と命令した。
窓際で佇むアスランは、動じることなく、一枚の絵画のように静かに問う。
「私を捕まえるというが、罪状は何だ?」
「ええっと、確か・・お前はサルート様を妬んで、食べ物に毒物を混入しようとした罪だ」
つい、先程考えたような稚拙な罪だ。
アスランには閉じ込められていて、誰にも連絡さえ取れない。
しかも、見張りが始終くっついていたのだから、アリバイもある。
だが、どうしてもアスランを処刑したいザラは、全ての証拠を捏造するだろう。
「つまりは、何を言っても同じのようだな」
諦めたアスランは、いつもの微笑みを浮かべた。
「良く分かっているじゃないか。抵抗せずに付いてこい」
アスランの腕を掴んだカールアだったが、金切り声に邪魔された。
「我が殿下に触れるでないわ!!この不届きもの!!」
カールアに食って掛かったのは、ロスベータ侍女長だった。
ロスベータ侍女長は、何もできない状況に毎日憤りを感じていた。
特に裏切り者のカールアに、気を許していた自分に腹が立ってしかたない。そんなとき、少ない人数で機嫌良く廊下を歩くカールアを見て、異変を感じた。
そのカールアの後をついて行くと、向かっていたのは、アスランの閉じ込められている部屋なのだ。
そして、ロスベータの大事なアスランに無体を働くカールアを目にして、怒りが爆発してしまったのだ。
そのロスベータ侍女長の高音に、すっかり興醒めのカルーアは、白けた顔を向ける。
「あのね・・もうおばさんには使える権力はないんだよ。知ってる?」
小馬鹿にしたように、ロスベータは指を差されたが、その指をパシッと手で払う。
「あなたにも、騎士道が残っているならなら、私に10分殿下と二人でお話しをする時間を取りなさい」
あくまでも強気な侍女長。
「10分? ハンッ!無理だね」
カルーアに騎士道を問うてみたところで、はなっから持ち合わせていなかった。
ロスベータはじっと裏切り者を見ていたが、ここで時間を伸ばすのは得策ではないと、さらに時間を短くする。
「では5分下さい。最後の別れの時間です。もし許していただけるなら、私が秘密裏にお預かりしている王家の所蔵の短剣をこっそりあなたにお渡ししましょう」
カルーアの目が忙しく損得の勘定を始めた。
「よし、いいだろう。だが、時間は3分だ」
もう引き伸ばせないと観念したロスベータは、ため息混じりで頷いた。
ロスベータは扉が閉まると同時に、アスランの細くなった肩を掴んだ。
「殿下、以前町に出た時の通路は覚えておいでですね?」
アスランが「ああ、覚えている」
と返事すると、アスランの腕を掴んで、町に出た時の秘密の通路への入り口に押し込んだ。
「殿下、ここでお別れです。できる限り遠く逃げて下さい」
「え?侍女長も一緒に行こう!」
そう言われた侍女長は、これまで見たことがないほどの優しい笑みを見せる。
「私が行けば足手まといになるのは必然。ここで私が奴らの足止めを致しましょう。」
アスランが首を何度も何度も横に振る。
「ダメだ。1人置き去りなんてできないよっ!!」
ロスベータは、いつもの厳めしい顔つきになる。
「あなたはこの国の王になるべく、私が幼少から教え導きました。その努力を無駄にするおつもりか? 王族としての責務をいつの日か果たすために今は、ここより去りなさい!!」
強い言葉をいうと、ロスベータは腕を掴むアスランの手を振りほどき、通路に押し込むと、秘密の通路の扉を閉めた。
最後まで、アスランに優しい言葉をかける事ができなかったロスベータの後悔は、尽きない。
「殿下は私の生き甲斐。あなた様が生き延びていると思えば、私はここで死すとも幸せです。さようなら、アスランお坊っちゃま」
昔の懐かしい呼び方だ。
途端によちよち歩きのアスランが思い出された。
「神よ。我が王子をお守りください」
◇□ ◇□
通路の中のアスランは、少しの間去り難くそこに留まっていたが、立ち上がり走り出す。
「ロスベータ侍女長、あなたはザラに隠れながら、いつも最善の方法で尽くしてくれた。ありがとう・・・」
ロスベータの恩に報いるためにも、捕まるわけにはいかない。
アスランは必死で隠し通路を走った。




