22 離ればなれ
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(父は母の横で永眠事ができたのだろうか・・)
アスランが不安な気持ちで項垂れている。
ミュゲはアスランのベッドの横で、その姿を見守るしかできない。
だが、敵はアスランが悲しみ、祈る時間さえ与えてはくれないようだ。
扉の前に、良からぬ気配がしているせいで、ミュゲが全身から緊張と『怒』の感情を噴き出す。
側の剣を持つと、ミュゲはすぐに臨戦態勢に入った。
動けないアスランの前に剣を構えて大きく深呼吸。
その瞬間、ノックもなく扉が蹴破られて、同時にアスランの弟のサルートと、元アスランの近衛騎士であったカールアが5人の騎士を連れて入ってきた。
「ノックもせずにこんなに大勢の騎士を連れて来るなんて、不躾にも程がありますわ、サルート王子」
ミュゲが剣を構えたまま微笑む。
「僕に剣を向けて、それはこっちの台詞だよ。それに僕は王太子だ」
サルートが噛みつくように吠える。
「サルート殿下、大声を出さないで下さい。他の騎士に聞こえると厄介です」
カールアがサルートを宥める。
「あら、カールア。もうそっちに付いたのね。あっちに付いたりこっちに付いたり。そんな卑怯者を重用するなんて、いつ裏切られるか分かりませんよ、サルート王子」
執拗に『王子呼び』を続けるミュゲに、サルートが激怒する。
「何度言ったら分かるんだ!! 僕が王太子だ!! そこの死にかけとは違うぞ!!」
「あら、ごめんなさい。では、サルート王太子殿下とお呼びすればいいかしら? それよりもう、サルート陛下の方がいいのでは?」
ミュゲがゆっくりと微笑みながら、サルートに提案する。
「そうか、僕はもう陛下と呼ばれてもおかしくないんだ」
サルートが感慨深げに、ぶつぶつと言っている。
その間ミュゲは微笑んでいるが、内心はひやひやしている。
少しでも時間稼ぎをしなければ、流石に動けないアスランを守りながら戦うのはリスクが大きい。
ーーお父さん!! 早く帰って来て!!
「サルート様、お時間がございません。ここは私どもにお任せ下さい」
冷静なカルーアが前に出てきた。
「おい、僕をサルート陛下と呼べ」
そんな事をしている時間はないと言うのに・・とカールアは眉を寄せる。
「申し訳ございません。サルート陛下」
カールアが言い直し、サルートの機嫌が良くなった。
それを見計らったところで、カールアは後ろの騎士に顎で合図を送った。
すると、アスランのベッドを取り囲むように散らばり剣を抜いた。
「あなたたち、アスランは王子よ。その方に剣を向けるなんてどういうつもり?」
ミュゲがヒールを脱ぎながら問う。
しかし、返事もなく1人がアスランに斬りかかってきた。
ミュゲは軽く受け止め、その騎士のみぞおちを蹴り上げ、アスランのベッドの上で仁王立ちに。
すぐに休むことなく次の騎士が掛かってくる。剣で受け止めた隙にもう一人がアスランに斬りかかる。
ミュゲは自分に向かってきた相手の首根っこを掴み、アスランを襲う騎士に投げつけた。
すぐにアスランを抱き上げて窓の外に走り出した。
そして、そのまま2階のベランダから飛び降りる。
邪魔なドレスを剣で切り裂いた。
ーーうん、これなら走れる。
「アスラン様、掴まってて。このまま逃げ切るわ」
「ミュゲ、私を置いて逃げて欲しい」
こうなってしまったら、アスランはこう言い出すだろうとミュゲには分かっていた。
だから、返事はしない。
「では、行きます!」
ミュゲの走って行く先は、王宮の出口だ。
こうなった以上、外に逃亡するしかない。
二人が王宮の庭を逃げる様子を、満足そうに見下ろしているゾルタン・ゼルニケ。
「ふっ、鼠をしっかり捕まえろよ」
その視線の先には大勢の騎士が待ち構えいた。
当然、ミュゲも承知している。
そこで、スキルである『隠密』を発動!!
だが、魔方陣が発動し、明るく光った。
上手くスキルを発動できない。
「しまった! スキル潰しのトラップだわ」
全力で戦い抜く!!
腹を括ったミュゲに敵はいない。
しかし、戦おうと剣を向けた途端、騎士達が口々に訳の分からない事を言い出した。
「ミュゲ様、アスラン王子はご病気からご回復したばかりです。どうぞベッドに寝かせて上げてください」
「・・・? 何を言っているの? アスランはカールアに襲われていたのよ?」
すぐに罠だと察したアスランは、大声で否定する。
「ミュゲが申している事は本当だ。私の部屋にカールアと騎士がーー」
アスランが説明をしている横から、被せるようにカールアの声が響く。
「先ほど、サルート殿下とアスラン様のお見舞いに行ったのですが、いきなり婚約者のミュゲ様がご乱心されて、ご病床に臥していたアスラン様を抱き、ベランダから逃走されたのです」
「僕がお兄様をお助けしようとしたが、間に合わなかった」
サルートが現れると、一気にミュゲは不利な状況になった。
ここで、漸くドルクが駆けつけたが、状況は変えられそうにない。
さらに現宰相のゾルタン・ゼルニケが追い討ちを掛けたからだ。
「私も窓から見ていましたよ。ミュゲ殿にも困ったものだ。このような振る舞いをする方は、王族の婚約者としては相応しくありませんな」
「そうですよね?」とアスランの返事を迫った。
アスランの瞳がミュゲを見詰める。
その答えに窮していると、ゾルタンが近寄りその耳に囁く。
「このまま、婚約破棄をすればミュゲ様は父親と一緒に無傷で領地に帰れますよ」
ハッとして再びミュゲを見て、その周りを見る。
力は強いがまだ少女だ。
その周囲には・・味方はドルク一人。
敵だらけ。
このままでは、大好きなミュゲは傷付くだけだ。
(少しの間だったが、楽しかった。それで十分だ。)
アスランを心配げに見守る少女に、別れの言葉を掛ける。
「ミュー、君は領地に帰るべきだ。だから、ここでお別れにしよう」
ミュゲから返事はない。
その代わりにドルクがアスランの肩を掴んで、考え直せと何度も言う。
「今ここで、1人になったら殺されてまう。ミュゲと俺とで守るから、そんな事言わんで下さい」
アスランはこの親子が大好きなのだ。
もうこれ以上自分の人生に付き合わせて傷つくところを見たくない。
首を横に振るアスラン。
それを愉快そうに口を開けて笑う者がいた。
ザラである。
「ねえ、お父様。婚約破棄だけでこの二人をこのまま領地に返していいのかしら?」
アスランが「約束が違う」と睨む。
そんなアスランを無視して、ゾルタンは顎を撫でながら、いかにも今思い付いたかのように、話し出した。
「そうだな・・・。聞くところによるとミュゲ様は私の孫である国王に剣を向けたと聞く。その賠償金として、ダンメルス領の西端の銀山を渡してもらおうか」
ゾルタンが相手の反応を楽しみに待つが、ドルクの返事は速かった。
「ああ、ええよ」
ドルクはあっさりと引き下がった。
ゾルタンが拍子抜けするほどに。
「だが、俺達がいないと虫の駆除ができずに、大量発生するかも知れんで?」
ドルクの忠告にゾルタンは大笑いをする。
「あははは、この期に及んで虫ですか・・・。それはお気遣いなく。こちらで殺虫剤を用意しますよ。では、銀山は確かに貰い受けましたよ」
狙っていたダンメルス領の銀山の一部が手に入り、邪魔な婚約者も排除できた。
ゾルタンもザラも笑いが止まらない。
「もう婚約者でもなんでもないのだから、一刻も早く出てお行きなさい」
ザラが扇子を横に振ると、騎士達が二人を王宮から追いやるように外へと促した。
ミュゲを見送るアスラン。
しかし、ミュゲの方は振り返る事なかった。
全くの無表情で、いつも感情豊かだった瞳には何も映さず、項垂れながら王宮を出ていった。
◇□ ◇□
お王宮から出たところでやっとミュゲがポツリと話す。
「お父さん・・、私・・決めてたことがあったの。それは絶対にアスラン様に『全てを諦めたような笑顔』を作らせることないようにしようって。でも、最後にまたあの悲しげな笑顔をさせてしまって・・」
「それで、落ち込んでたんか?」
「それだけじゃないくて・・いっぱいありすぎて、自分が考えなしに動いたせいで、アスラン様を窮地に追い込んだ・・」
ーーーなんで、あの時にすぐに気が付かなかったのだろう。それにサルートを一発も殴ってもないのに、銀山を取られてしまったのは、悔しすぎる。せめて、渾身の一撃を食らわしたかったわ。
ぶつぶつと呟くミュゲ。
「なあ、お前の一撃やったら、それこそ王子殺しになってたで」
くわばらくわばら・・。
とドルクは唱える。
ミュゲが今まで見たことのない鋭い眼差しを父に向ける。
「私、アスラン様の婚約者として、王太子妃教育とか勉強のしすぎで、一番大切なことを忘れてたわ」
その瞳は覚悟を決めた手負いの野獣のような瞳に変わっている。
ドルクがカラカラになった喉を無理にごくりと唾を飲み込む。
「覚悟って・・」
「アスラン様はきっと、私が人を傷つけたり、または傷つけられたりするのを恐れて、婚約破棄して王宮から出るように行ったのだと思う。それほど私の事を考えてくれたのに、私の覚悟がなかったばかりに、アスラン様を守るためにできた事をしなかったの。それが悔しくて、後悔してる。今なら迷いはないのに」
「はー・・」
ドルクは娘に、それほどの決意をさせてしまった自分に腹が立つ。
しかも、アスランは自分の命よりもミュゲを優先してくれたのに、あの時は娘可愛さのあまり、王宮を出てしまったのだ。
「娘をこんなにも追い詰めることになるなんて・・あの時は思わなんだ・」
気軽に王宮に送り出したあの時の自分を殴りたい。
しかし、二度とミュゲが危ない目に遭わないように、一刻も早く領地に帰そう。
そう心の決めた。




