21 我が最愛の夫・・
登場人物が亡くなる描写はありません。
ストーリーは下向きのままです。
パルスラン・レイカールト国王の崩御が知れ渡ると、すぐに葬儀が準備される。
だが、宰相となったゾルタン・ゼルニケの動きがおかしい。
王宮の北北東にある建物に、代々の王族を埋葬する墓所がある。
本来ならば、パルスランの遺体もそこに埋葬されるのだが、ゾルタン・ゼルニケは町外れの罪人の共同墓地の埋葬を決めたというのだ。
しかも秘密裏に。
長年、自分の大事な愛娘を、パルスランが無碍に扱い、側妃に据え置いた腹いせがしたいのだ。
その計画を聞いたドルクは、王宮を破壊する勢いで壁を殴り憤る。
親友のドルクにとって、パルスランを罠に嵌めておき、死してなお、友人の自由を奪うゼルニケの非道を許せる訳がない。
なんとか阻止出来ないものかと、冷たくなったパルスランを見ながら苦悶していた。
「パルスラン。お前の大事なエメルの隣に寝かしてやりたい。絶対になんとかしたるからな」
ドルクは早くに離れ離れになってしまったパルスランとエメルを一緒にしてあげたいと思っていた。
しかし、肝心の墓所の鍵がない。
エメルと一緒に埋葬出来なければ、このままパルスランを自分の領地に運ぶことも、最終手段として考えていた。
そんな手詰まりの中、コンコンと控えめなノックが聞こえる。
部屋にはまだ弱りきったアスランがいるのだ。
ドルクは警戒心をマックスに。
「私です。ザラです」
意外過ぎる人物に、三人の緊張は高まる。
「お願い・・時間がありません。ここを開けて下さい」
いつになく、低姿勢なザラにドルクがゆっくりとドアを開けた。
「こんな夜遅くに、何の用だ?」
ドルクが腰の剣に手を掛けたまま、尋ねる。
「警戒されるのは仕方ありません。でも、今回の事は父が勝手にやっただけだけよ。信じて!! 私が愛しいパルスランを死に追いやるわけがないわ。私は本当に少しパルスランの身動きが取れなくなる薬を使うと言われただけなの・・」
ザラが自分の無実を訴えるが、ドルクが信じる訳がない。業を煮やすザラが苛ついた表情でさらに続けた。
「ああ、もう信じてくれなくてもいい。お願いがあるの。聞いてちょうだい」
必死に訴えるザラに、ドルクは嫌々ながらも頷いた。
「父が私の夫を罪人のように捨てようとしています。私は愛されなかったけれど、本当に彼が好きだった。だから、パルスランを王族の眠る墓所に埋葬してあげたいの」
まさかのお願いに、ドルクもミュゲもアスランも言葉をなくし、ザラを見つめた。
「ほんまにパルスランを墓所に連れて行きたいと思ってるんか?」
信じられない面持ちでもう一度確かめるドルク。
「もちろんです。だから、王族の墓所の建物の鍵をこうして持って来たのよ。ダンメルス辺境伯なら、一人で夫を担いで、さらに墓所の重い石板を持ち上げる事も出来るでしょう?」
ドルクが疑いながらも、ザラから鍵を受けとり光に翳す。
すると、美しいアメジストの宝石の中に王家の紋章が浮かび上がった。
確かに本物だ。
「今しかないの。明日になればパルスラン様の体は、父によって運ばれてしまうわ。お願いよ」
ザラが両手を祈るように合わせて、ドルクに跪いた。
しかも、まだ聞き入れてもらえないと分かると、今度は床に頭を擦り付けて頼んできたのだ。
プライドが高い女がドルクに土下座をしてまで頼んでいる。
これを見て流石のドルクも、折れた。
「よし、分かった。こっちもパルスランをきちんと埋葬してあげたかったんや」
ドルクは決意すると、パルスランの体を抱えた。
そして、アスランに寄り添うミュゲに言う。
「すぐに帰るから、なんとか時間を稼いでくれ」
ミュゲは胸騒ぎがするが、アスランの為に言い出せない。
アスランも父が罪人のように、共同墓地に埋葬されることに憤慨し、誰よりも心を痛めていた。
「分かりました、お父さん。任せて下さい」
ミュゲの言葉を聞いたドルクは、パルスランを抱え、マントを深く被ったザラと部屋を出ていった。
すぐに鍵を閉めるミュゲ。
果たして、ザラの想いは本物だったのだろうか?
そう、ザラは本当に夫を愛していたのだ。
だからザラは、自分の父が夫の体を共同墓地に埋葬をすると決めた時に、突っ掛かった。
「私の夫をそんなところに棄てるなんて、やめて下さい!!」
「お前を今の今まで苦しめた男を、私がこのまま許すと思うのか?!! これはもう決めた事だ。口だしをするな」
ザラは懸命に頼み込む。
だが、頑ななゾルタンは聞く耳を持たない。
そこで、ザラは交換条件を持ち出した。
「お父様、では夫の体と交換で、目障りなダンメルス親子を排除する方法をお教えしますわ。それにより、アスランも簡単に消し去ることも出来ましょう。そうすれば、何の憂いもなく、孫のサルートが国王になれますのよ」
ゾルタンの片方の眉がピクリとつり上がる
「ほう? それ程までにお前が言うのなら聞いてやろう」
「良かったわ。それでは交渉成立ですわよ、お父様」
二人の悪巧みが始まった。
◇□ ◇□ ◇□
ザラが先導し、暗い王宮の夜道をひたすら進むドルク。
大事な亡き親友を抱えて、新月の真っ暗な夜を走る。
「ダンメルス様、この先は夜警の騎士達が休憩するために集まっています。ここは迂回して行きましょう」
ザラの言うとおりにドルクは大きく迂回の道を行く。
確かに、騎士の休憩所があるのは知っていたし、ドルクは何の疑いもなくついていった。
「ダンメルス様は、私がここまでする事をまだ不審に思っておいででしょうね」
確かに、ザラとパルスランの間には政略結婚以外、何もないように思った。
二人が心を通わせたなんて一度でもなかったのではなかろうか?
「うふふ、パルスラン殿下の心にはいつもエメルがいたわ。でも、彼女を殺せば私の物になると信じていたの。私は幼い頃から、ずっとパルスラン殿下の妻となるように父にいい聞かせられて育ってきたんですもの。エメルがいなくなればパルスラン殿下もきっと、私が王妃に相応しいと気が付くはずって・・。でも、実際には彼女がいなくなれば、パルスランはより一層彼女の幻影を追い求めたのよ。私の完敗ね」
では、なぜ今パルスランをエメルの横に埋葬をするためにザラは手を貸していいるのだろう?
ドルクにはザラの行動が分からない。
「でも、彼の遺体を罪人と同じように扱うことは私を罪人の妻として扱うと同等の行いなのよ。それが父には分からないのよ」
ザラのプライドが許されるはずもない行為だ。
ドルクの中で、『なるほど』と思える答えに納得した。
しかし、ドルクは見誤っていた。
本当にザラはパルスランを愛していた。死んでしまった今も。
そして、それと同じようにエメルを憎んでいた。それはエメルが死んだ今も。
その憎しみのやり場は、すべてその血を受け継いだアスランへと向かっているのだ。
エメルが僅かにでも残っているのが許せない。一刻も早く全てを消したいが、あっさり消すのは惜しい。
長く苦しんだ自分と同じようにじわじわと、そのエメルの痕跡をなくしたいのだ。
暗がりの中、ザラの案内で難なく墓所に着いた。
建物は総大理石で造られた、白亜の教会だ。
厳かな建物に、入るとひんやりとしている。
広大な敷地の地下に行く。
階段を降りると真っ白な床が、どこまでも広がっている。
そのだだっ広い空間の足元には、各時代の王が眠っているのだ。
御影石を使って黒く道のようになっているところは、歩いて良い場所のようだ。
白い大理石を踏まぬように、奥に進んでいくと、まだ新しい文字が刻まれた石板がある。
そこには『最愛の妻エメル。私の全てを永遠にあなたにだけ捧げよう』と書かれた言葉の下に、エメル・レイカールトと名前があった。
その横にはまだ、石板も置かれていない穴が空いていた。
大理石で作られた墓穴に、パルスランの体を横たえる。
最後の別れを惜しむようにザラが、パルスランの頬を愛おしそうに撫でる。
「私もあなたにこうやって撫でて欲しかったわ。でも、貴方の瞳に移るのはずっとエメルだったわね」
名残惜しそうにいつまでも語るザラ。
離れがたいザラの気持ちは分かるが、これ以上アスランをミュゲ1人に任せておけない。
「もう、蓋を閉めんとあかん。そろそろいいか?」
ノロノロと立ち上がるザラ。そしてパルスランから離れる。
それを見届けたドルクは、フンッッ!!と、大きな墓の横にあった蓋となる石板を怪力で持ち上げ、その上に被せた。
「我が親友よ、絶対にいい文句を考えるから、待っててや」
何も書かれていない石碑を前に、ドルクはもう一度ここに来る事を約束した。
閉められた墓の前で嘆くザラ。
「パルスラン様、大事な貴方とこんなにも急いでお別れしなければならないなんて・・・」
ザラは心から悲しんでいるように見えた。
だから、少し言いにくそうにドルクは「そろそろええか?」とやんわり急かす。
だが、彼女はたっぷりと時間を掛けて立ち上げる。
「そうね、そろそろね」
ーーうふふ、パルスラン待ってて。すぐに可愛い息子もそっちに向かう事になるわ。
先ほどまでの表情とは違う、残酷な笑みを浮かべた。




