19ー① 王宮の一日
フリエッタの合図で、各座席にお茶が注がれる。
『毒が入っているから、絶対に飲んじゃダメですよ!!ですよ・・ですよ・・』
耳にタコが出きるほど言われていたので、紅茶が出てきたら、条件反射のようにロスベータ侍女長の声が、耳奥でこだました。
ミュゲ以外は、普通に飲んでいる。
そして、にやにやとミュゲがどうするのか、興味津々といった取り巻きの3人組。
額汗かき令嬢も、今は汗もなく好奇心に満ちた目で見ているということは、この紅茶に何か入っている可能性は低い。
されに、安全性を確かめるために、ミュゲは、くんくんと匂いを確かめた。
「あらまあ、流石は田舎育ち。匂いを嗅ぐなんてはしたないわ」
フリエッタは嫌みを言いつつ、大仰に肩を竦めてバカにしてくるが、気にせず香りを確かめた。
「この香りはエンブロー王国産ですわね。流石、香り高く色も黄金色で美しいわ」
ミュゲはそう言うと、顔色変えずにこくりと飲む。
きっと出された紅茶を前に、右往左往するミュゲを、皆で馬鹿にしようと思っていたのだろう。
そうはいかない。
山猿は、毒の有無の匂いくらい簡単に嗅ぎ分けられる鼻を持っているのだ。
悔しげなフリエッタだが、ザラは蛇のような目でミュゲの動作を一つ一つ確認していた。
そして、チラッと目線をフリエッタに移すと、彼女は心得たとばかりに、取り巻きの額汗かき令嬢を見る。
額汗かき令嬢がピクリと身動ぎし、その後、クッキーがテーブルに置かれた。
フリエッタは、何も言わず自ら小さなデザート用のトングで、ミュゲのお皿の上に二つ載せる。
「どうぞ、わざわざ今日のために用意してくれたのよ。ねぇ」
誰が用意したものかは、敢えて言わないが、恐らくこれを用意したであろう令嬢は、額から汗が尋常ではないほど流し、顔色も悪くなっていた。
ミュゲは考えた。
(これを食べなかったら、『わざわざ用意してあげたのに』、と言いがかりをつけてくるだろう。
でも、本当に食べたら、毒で私は死んでしまって、死人に口なし)
何かで脅されているのか、またはミュゲが死んでも、罰せられないようにするとでも、騙されているのかは知らない。
だが、王太子の婚約者を毒殺すれば、間違いなく処刑は免れないのに、何を考えているのかと、落ち着かない様子の令嬢を見て、ただただ、ため息が出る。
「あなた、確か・・フィッシャー伯爵のヤスミン様ね?」
ミュゲに名前を言われると、あからさまに動揺するヤスミン。
「そそそうだけど・・」
絶対に大悪党になれないタイプだ。
「あなたは、このお茶会が終わったら、すぐにフィッシャー伯爵に言って領地に引っ込んでいるようにした方がいいと思う」
「ななななんで、ああなたにそそんなことを言われなきゃいけないのよ!!」
ヤスミンのテンパりようが不憫で、可哀想に思えた。
彼女の父もきっと、娘がザラに気に入られて、お茶会にまで呼んでもらえるようになったと、喜んでいるにちがいない。
だが、使い捨ての駒とも思っていないザラが、彼女を切って捨てる気なのは一目瞭然。
仕方ない・・。
覚悟を決めたミュゲは、クッキーを手に取り、一瞬でそれを膝に落として手に無毒のクッキーに持ち代えて口許を隠しながら一口で放り込んだ。
ボリボリと音を立てて、紅茶と一緒に流し込む。
ごっくん。
「まあ、甘さが控えめで美味しいわ」
苦しむこともなく、美味しそうに食べるミュゲに驚いて、顔を見合わせるフリエッタと取り巻きズ。
この時始めてザラの眉が中央に寄った。すぐにもとの位置に戻ったが・・。
興醒めしたザラが、席を立つと「今日は疲れましたわ。後は皆さんで楽しんでちょうだい」
と言葉をのこして立ち去った。
大ボスがいなくなったので、お茶会劇場も幕を下ろす。
そそくさと、フリエッタと取り巻きズも続く。が、ミュゲはヤスミンだけは、逃さなかった。
「な何よ、私は何もしてないわ」
自分の首に絞首刑の縄がかけられているのに、まだ気がつかないなんて・・憐れすぎる。
ミュゲと同じくらいの年齢のヤスミン。
自分も領地にいてこの王宮に放り出されていたら、間違いなくこの子と同じようになっていたはず。
だから、助けたいと思ったのだ。
「あなたは無知すぎる。もし私があのクッキーを食べて倒れたら、絶対に誰が用意したものか調べるの。そしたら、すぐにあなたってバレるわ」
「え? でも、フリエッタ様が・・」
「そうなったら、誰も助けてもらえず、あなたは牢屋へ。そして、あなたのお父様と一緒に絞首刑よ。で、フィッシャー伯爵の領地は、誰のものになるのかしら?」
「でもでも。ザラ様が・・」
ミュゲはハッとなってヤスミンの口を抑えた。
「いい? 命が惜しかったら、その名前は出さずに領地に帰りなさい。社交界に出ようと思わず、しばらくは病気という理由で、籠るのよ。分かった?」
戻って来ない令嬢を探しに来た、伯爵家の侍女に、ヤスミンを引き渡し、ミュゲも自分の部屋に帰り、一人になったところで、力が入っていた肩の筋肉が脱力。
すると、ドレスのひだに隠しておいた毒入りクッキーがコロンと落ちた。
それを拾うと、今日の数時間の出来事が、何十時間のことのように感じた。
1日でもうんざりなのに、こんなことを何年にも渡ってされてきたアスランを思うと、悲しくて悔しくて怒りで壁を叩き壊したい衝動にかられたが、我慢する。
絶対にアスランを守ると、握った拳の中で、クッキーは粉々になった。
◇□ ◇□
先程まで神経をすり減らすお茶会に参加して、どろっどろの人間関係に疲れきっていたミュゲは、「アスラン様に会いたいな」と呟いた。
ノックがして返事をすると、現れたアスランの眉間には、深い皺があった。その険しい顔のままのアスランに、ミュゲは抱き締められる。
ああ、これが昼間に見る夢。確か、白昼夢とかって言うのだろうか?とのんきに考えていたが、ドアの近くに困り顔のロスベータ侍女長と目が合い、これは現実と理解した。
途端に、恥ずかしくなり、誤魔化すようにアスランの背中をポンポンと叩く。
「アスラン様? どうされたのですか?」
声を掛けても体勢はそのままだ。
「どうしたもこうしたもない。あれほど、お茶会には行くなとロスベータに言われていただろう? なのに出席するなんて・・。今回は何事もなかったから良かったものの、毒入り紅茶に毒入り菓子など当たり前なんだ!!」
「ああ、それなら、大丈夫です。毒入りなら匂いでかぎ分けられます」
平然と言ってのけるミュゲに、アスランは驚いて体を離した。
「本当に?」
信じられないミュゲの顔を覗き込む。
ミュゲは得意気に、スンスンと鼻を鳴らし、「アスラン様の匂いだってかぎ分けられます」と得意気にアスランの頬の辺りの匂いを嗅いで見せた。
すると、アスランの顔が真っ赤になっていた。
「何故、真っ赤に?」
ミュゲは目をパチクリしたが、自分が何をしたか分かると、慌てて2、3歩下がり頭を下げる。
「もも申し訳ごじゃりません。わたわたくし、アスラン様のほほほ頬にキキスをしようと思ったんじゃごじゃいましぇん!!」
あたふたしたミュゲに、アスランの顔の表情が緩んだ。
「残念だけど、ミュゲがキスをしようとしてたんじゃないって分かっているよ。だから、顔を上げて」
アスランに言われ、ミュゲがそろそろと顔を上げると、もういつものアスランに戻っていた。
その後、たっぷりとロスベータ侍女長のお説教が追加されたのは言うまでもない。
暫くして、ヤスミンがフィッシャー伯爵に連れられて、領地に帰ったと聞く。
「あの子は王宮に居ては、いつかゴミのように捨てられるわ。ここから離れてくれて本当に良かった」
フィッシャー伯爵は、ザラが自分の娘を使って何をしようとしていたのか報告を受け、このまま娘を王都に置いていては危険だと、判断したようだ。
素早い行動が良かった。
フリエッタに捨て駒要員として執着されていたら、大変だったはず。
自分に毒を入れた人物の幸せを願うほど、ミュゲは女神のように優しくはないが、それでも騙されて死んでいく姿を見るのは辛い。だから、その前に救った。それだけだ。




