18 とんとん拍子
ミュゲとドルクは、久し振りの親子で語らう。
しかし、その話は父には辛いものだった。
手塩に掛けて育てた娘が婚約する話なんて、一番したくない。
その話の切っ掛けは、娘からだった。
「お父さん、今日は来てくれてありがとう。あの時、どうしたらアスラン殿下に迷惑を掛けないで、切り抜けられるのか分からなくて、泣きそうだったの」
「ミュゲが押さえつけられた時は、モモよりもわしが飛び出しそうになったわ。でも待った甲斐があったな・・」
二人がアスランがミュゲを助けようと体を張って、魔獣の前に立った姿を思い出し、感慨にふける。
「アスランはええ男やな」
ドルクはチラッと娘の反応を見る。
顔をほころばせ笑う娘に、亡き妻を見た。
「はー・・嬉しそうな顔してからに・・本当に婚約してもええのか?」
「うん」
恥ずかしそうに頷くミュゲの瞳は強く光っていて、決意が固いことを知る。
「そうか、この王宮には敵しかおらん。でも、わしが出来る限り守ったるからな。安心せえ」
「ありがとう、お父さん。心強いです」
娘から感謝の言葉を聞いたが、こんなにも切なくなるとは・・と、ドルクは目頭が熱くなった。
それから、3ヶ月後。
陛下の後押しもあって、アスランとミュゲの婚約は、すぐに決まった。
ダンメルス辺境伯が側にいては、流石のザラも手出しは出来なかったようだ。
本来は盛大な婚約式を行うが、生活が苦しく疲弊している国民感情を考慮した結果、国民に立て札で知らせる程度になった。
そして、ミュゲの王太子妃としての勉強が始まる。
色々な場面での作法を覚えることが難しく、また厳しい家庭教師の先生のせいでミュゲはふらふらになった。
その家庭教師の名乗りを挙げたのは、怪我から復帰してもいないロスベータ侍女長。
移動は誰かに運んでもらい、そして座ったままミュゲを指導する。
ティーカップの取っ手を先に持ったミュゲに、熱血指導の声が飛ぶ。
「ミュゲ様、お砂糖を入れる前に取っ手を持ってはいけませんわよ」
「ああ、レモンをそのようにスプーンで潰してはいけません!!」
紅茶ひとつにしても、飲むまでに一体幾つ注意されただろう。
ミュゲの紅茶はすっかり冷めている。
漸く飲める。
そう思ったのも束の間。
「取っ手もそっと摘まみなさい」
「うっ」
ミュゲの忍耐ゲージはゼロに近かったが、耐える。
何故なら、アスランの横にいても恥ずかしくない自分になると決めたのだから。
これだけ、頑張ったのだから、いつお茶会が来ても「ドンと来い」だった・・・のだが。
「え? ロスベータ侍女長。今なんと仰いました?」
「ええ、だから・・・もし他のご令嬢のお茶会に呼ばれても、一口も口にしてはならないと言いましたの。ましてや、ザラ様のお茶会等どんな理由があっても、お断りをしなくてはなりません」
『ええー。それなら今までの紅茶のマナー講座いらなかったのでは?』と言いたかったが、微笑みで回避する。
これも貴族の嗜み。言いたいことは一度は飲み込む。
それにはロスベータ侍女長が驚いていた。
「まあ、すっかり淑女らしくおなりですわよ」
褒められて地が出る。
「えへへ、照れる」
バシッ
ロスベータ侍女長の投げた扇子がミュゲのおでこにヒットした。
「動けないって嘘だわ・・」
おでこを擦りながら、機敏なロスベータ侍女長の投球の腕前に、ミュゲは恐れをなした。
このように素晴らしい侍女長の教えによって、ミュゲは王太子妃教育は順調に進んだ。
ミュゲが王太子の婚約者になった事で、ドルク・ダンメルクが王宮を自由に出入りできるようになったのは、大きな成果である。
そして、ダンメルク領の騎士を王都に呼び寄せ、ミュゲの警備と称してアスランの警護を重点的に行う。
そのお陰で、籠の鳥だったアスランが自由に行動できるようになった。
「今日は城の外の視察を兼ねて、浮浪児の保護対策に着手します」
アスランが以前から考えていた、計画の第一段階を始める。
以前に町に行った時に、自分より小さな子供たちが酷い生活を強いられていた事を知り、心を痛めていた。
まずは教会で、子供たちの保護を考えた。
路上生活の子供たちに、雨風を凌げる家を提供することから始めた。
ベッドは当然行き渡らなくて、薄いクッションの上に雑魚寝だが、悪い大人たちから怯えることなく眠れるので、それだけでも、子供たちは喜んでいた。
次に考えてのは食事のことだ。
飢えは人から希望をなくしてしまう。自分自身がそうだったアスランには、暖かい食事の力を知っている。
しかし、ザラたちの散財のせいで、施しを続けられるほど、王宮も財政にゆとりがない。
そこで、長年放置されていた、王宮の敷地内の畑に、種まきから一か月で収穫できる野菜の栽培を始め、子供たちや浮浪者を作業員として雇い入れることにした。
チャーリーもドルクもこの運動を支援してくれると約束してくれた。
ドルクとチャーリーにはもちろん思惑がある。
今まで王宮に閉じ込められていたアスランを表舞台に立たせ、まずは分かりやすく人々の称賛を得て、地道に国内の支持を獲得しようと目論んでいた。
元々金遣いの荒いザラとサルートの親子は、平民からの人気は皆無だ。故にこの市民からの支持層を伸ばし、次に貴族の支持をと考えていたのだ。
それには、宣伝効果抜群の行動を見せる必要がある。
炊き出しだ。
現宰相と大貴族の二人が、タッグを組めば教会での炊きだしは、すぐに手配された。
そして、当日は多くの人々が集まる中、なんとアスランが大鍋の横でスープを配ったのだ。
その様子は偶然? に居合わせた新聞記者の記事によって広く伝えられた。
『アスラン王太子、崩されていたお体が完治すると、国民の為に自ら市民にスープを配られた』
その様子を挿し絵でも市民に伝えらた。
この新聞社は、チャーリーが初めから用意していたし、挿し絵も専門の絵師にアスランを神々しく描くようにと指示をしていた。
しかも、その挿し絵にはミュゲも婚約者として控えめではあるが、アスランの隣で甲斐甲斐しく働く様子が描かれている。
その甲斐もあり、アスランの人気は鰻登りだ。
若く優しい時期国王。
しかも内情はザラ側妃に虐げられていることは、多くの国民の間で周知の事実。
いつの世も、世論は判官贔屓だ。
金持ちの意地悪な年増と若く優しい少年の対決なら、どっちを応援するかは決まっている。しかもイケメン。
世の中のおばさま達の人気投票があるなら、圧倒的に勝者はアスランだった。
さらに、嫁いびりを続ける姑の立場のザラと若い嫁のミュゲの構図が出来上がっていた。
こちらでも、老いも若きもミュゲの味方だった。
こうして世論調査などしなくても、アスラン王太子人気は肌で感じられる程、高まっていった。
アスランの住む離宮には、ドルクが目を光らせて、王宮はその力を借りてパルスラン国王陛下がチャーリーと動きやすくなった。
この様子に、不気味なほどザラとその父であるゼルニケは、沈黙を貫いていたが、とうとうザラがお茶会を仕掛けて来た。
『サルート殿下の婚約者候補と、アスラン王太子の婚約者との交流会』との名目だが、お茶やお菓子に毒が椅子には剣山が仕掛けられているだろうお茶会に参加したくはない。
ロスベータ侍女長が、『王太子妃教育の最中で少し時間が欲しい』と返していたが、執拗に誘いがくる。
側妃自ら、ミュゲとロスベータ侍女長の二人がいる部屋にまでやって来て、「マナーなど、必要なくてよ」誘ってきたのだ。
さすがに断れなくなり、仕方なく承諾してしまった。
お茶会当日の出席者は、ザラ、フリエッタ・バーンズ伯爵令嬢(サルートの有力婚約者候補)、とその取り巻き令嬢軍団3人とミュゲ。
言われた時間に来てみれば、誰もいない。
グッと我慢をして、待つこと1時間。ここで腹を立てて帰れば、それこそ相手の思惑に嵌まる。
まあ、厳しすぎるロスベータ侍女長の王太子妃教育の事を思えば、黙って座っているだけなんて、楽勝だ。
目を瞑ってアスランとの会話を思い出していれば、顔が崩壊するんじゃないかと思うほどにやけてしまう。
誰もいないのだから、チャンスとばかりにへらへらしてしまった。
だが、この二ヘラ顔を、少し開けられた扉から、見られていたのだ。
フリエッタと取り巻きは、ミュゲが怒って帰るのを待っていたが、ミュゲが幸せそうにしているだけなので、面白くない。
帰らないミュゲに苛立ったフリエッタは、いきなり部屋に入ってくると、待たせた謝罪を言うでもなく、当然のように席に着くとふんぞり返って、ミュゲ以外の取り巻きと話をしだす。
「ねえ、今日は何か泥臭くない?」
「確かに匂うわね。きっと山奥の猿がこの王宮に入り込んだせいですわ」
「みんなで一睨みすれば逃げて行くのかしら?」
キャハハハと下品に嗤う。
この会話にミュゲは驚いた。
ダンメルス領の常識を、令嬢が知らなかったからだ。何も知らない令嬢たちにミュゲは教えてやらねばと一言。
「皆様、間違っていますわ。猿に目と目を合わせれば、喧嘩を売ってきたと勘違いして襲われますわよ。猿に遭遇した時など決して目を合わせてはいけませんの」
今後必要なさそうな知識なのに、取り巻きたちが食いついた。
「え? そうなの? 知らなかったわ」
ここでミュゲが目を合わせず微笑む。
「ですから、今誰とも目を合わせられないんですの? 怖いわー」
「んまあ!! それじゃ、私たちが猿だと仰っているの?! キーッ」
フリエッタが癇癪を起こしたが、本物の猿のように顔を真っ赤にしている。
その姿を見て、これがあのサルートの婚約者候補なのかと腑に落ちた。
性格の悪さと、短絡的なところはそっくりだ。
その時、ザラがにこやかに入ってきた。目は笑っていない。
「貴族令嬢が些細なことで取り乱すものではありませんよ」
注意されて4人はしおらしくなった。
しかし、すぐにフリエッタは頼もしい味方が来たと、生き生きと仕切りだした。
再び、他愛もない会話を、ミュゲ抜きで始める。
ザラが微笑んで、フリエッタの話を聞いているのが嬉しいのだろう。
フリエッタはすっかりのぼせ上がっているために気がついていないようだ。
微笑みながらも、ザラのフリエッタをみる目は、蛇のように冷たく感情がないことを。
チェスの駒くらいにしか思っていないのだろう。
フリエッタでさえそうなら、取り巻き令嬢は?
ゾッとした。
この芝居じみた茶会を、ミュゲは改めて観察をすると気になることがいくつかあった。
まず、フリエッタと取り巻きの2人は実に楽しそうにしているが、あとの一人だけは、額に汗を搔いている。
暑くもないのになぜ?
顔は笑っているが、笑顔が石膏に固められたように動きがない。
つまりこの中で、フリエッタもしくはザラに命令されて、何かを仕掛けようとしている人物、とみて間違いないようだ。
ミュゲは、気がつかないふうを装いつつ、その人物の動向に注意するのだった。




