16 ミュゲ、捕らえられる
大好きなミュゲが、兵士に取り押さえられている・・。
「貴重な壺を割ったその侍女を、明日朝一番で処分するのじゃ」
ザラが口許を扇で隠しながら告げる。
絶望で震えるアスランを見て、扇で隠されたザラの口角は、喜びで上がっていた。
更に青ざめるアスランの近くで囁く。
「また、アスラン王太子殿下のせいで、罪のない少女が死ぬことになりますのね。その業の深さを確かめる為に、明日は、一緒に処刑をご覧頂かないといけませんわ」
アスランは呆然とその声を聞く。
全てがコマ送りのようにしか見えなくなっていた。
「ミュー!! 逃げろ!!」
アスランが叫ぶ。
だが、あれだけの強さを見せていたミュゲが全く動かない。
ここで逃げるとアスランに迷惑がかかるのでは?とミュゲは押さえつけられたままで躊躇っている。
ミュゲならば、兵士の一人や二人、吹き飛ばせるだろう?
なぜ、逃げない?
逃げてくれない?
目の前の現実はいつも僕にだけ惨い。
僅かな幸せも、すぐに惨劇に塗り替えられてしまう。
アスランは周りを見渡したが、皆凍るような冷ややかな瞳を、アスランに向けていた。
味方はいない・・。
「・・誰か助けて・・」
そう、言っても誰も助けてくれる者などいない。
「おほほほ、助けてですって? なら、私に床に頭を付けて謝罪をしていただけますか? そうすれば、考えて差し上げてもいいですわ?」
ザラの高笑いが響く。
アスランが立ち上がり、床に膝をつけようとしたときだった。
ミュゲを押さえつけていた兵士が、5メートル後ろに吹っ飛んだ。
体高1m50cmの狼種の魔獣が兵士を吹っ飛ばしたのだ。
立派な犬歯をむき出して、低く唸り声をあげる。
「きゃー魔獣よ!!」
貴族は初めて見る魔獣に大騒ぎだ。
我先に会場後方の出入り口に殺到した。
だが、2m10cmの大男が体から怒りの蒸気を発して、出口を塞ぐように立っている。
魔王が来たと勘違いした招待客は、行き場を失い、会場の中央に集まった。
一方、魔獣の近くでは・・・。
ミュゲを守ろうとアスランが魔獣の前に立っている。
牙を剥き出して唸っていた魔獣は、アスランにゆっくり近寄ると唸りを止め、ベロンとアスランの頬を舐めた。
「なっ?」
何が起きたのかわからないアスランを、ミュゲが後ろから抱き締めた。
「私を守ってくれて、ありがとうございます」
前からは魔獣の鼻先でツンツンと突っつかれ、後ろからミュゲに抱き締められるアスラン。
「この状況は・・・?」
困惑するアスラン。そこに地響きするほどの大声が鳴り響いた。
「ミュゲーー!!!」
会場入り口に立っていた大男が、今度は猛スピードで迫ってくる。
『絶対に敵わないっ』
アスランが覚悟を決めた。
だが、その大男は目尻を下げて嬉しそうだ。
「お父さん!!」
ミュゲがアスランから離れて、大男に抱きついた。
「おとう・・さ・・ん?」
アスランの頭は、現状を把握するための処理能力が追い付かない。
唖然としていたザラが我に返り、兵士の影に隠れながらも、命令する。
「あの侍女を捕まえなさい。それに乱入してきた男もです!!」
しかし、再び唸り出した魔獣と大男に向かっていく勇気ある兵士はいない。
「わしの娘を犯人扱いで、裁判にも掛けんと、勝手に処刑やと叫んでましたなあ。ザラ側妃さんよお」
大男が吠える。続いて魔獣も吠えた。
「その侍女は、大切な壺を割ったのじゃ。平民にその償いをさせようとしたまでの事」
ザラがミュゲを捕まえるように、兵士の背中を押す。
「あのなぁ、いくら平民でも、壺くらいで処刑って酷すぎんか? それに、ミュゲは平民と違うし。わしの・・つまりはダンメルス家の娘や。よう覚えとき」
ドルク・ダンメルスは娘のミュゲを高々と肩に担ぎ上げる。
会場がざわざわと騒がしくなる。
王国一の武道派一族のダンメルス家が、久しぶりに王都に顔を出したのだ。
皆、一応に驚く。
「まさか、その娘がダンメルス家の令嬢?」
ザラがあまりの展開に爪を噛む。
他の貴族も、辺境伯の娘が下級侍女の姿で、王太子に仕えている事実にどよめいた。
「なぜじゃ? 下級侍女の服を送り付けたのに? それでもこの王都に来たのか? なぜ?」
ザラの中で疑問は膨らむが、考えている時間はない。
自分の一派だけを集め、証拠もなくミュゲを処刑にしようと考えていた安易な計画だけに、レフターヌが余計な事を言い出すと、非常にまずいことになる。
ザラの恐れがすぐに現実となり、ドルクが真実を語る。
「それと、わしもそこの『モモ』(魔獣)も見てたけど・・壺を割ったのはミュゲと違うで。そこの澄ま~した顔の侍女が手で押して割っとったで」
レフターヌが蒼白な顔で立っている。
よろけながら、ザラの側に向かって歩き出す。
「ザラ様・・・。私・・助けて下さい」
ザラは眉一つ動かさず、助けを求め、寄ってきたレフターヌの胸に、短剣を突き立てた。
「ぐえぇ・・っ」
自分に何が起きたのか分からないレフターヌは、尚も縋るようにザラに手を伸ばす。
だが、ザラはその手を容赦なく払い除けた。
「この者は高価な壺を割り、他の者に罪を擦り付けようとし、更には私に危害を加えようとしたわ。衛兵、これを片付けなさい」
「・・ザラ・・さ・・ま・・なぜ・・?」
まだ息があるレフターヌは、必死で何かを訴えようとしているが、ザラに裏切られ捨て駒にされたと悟ると、カッと目を見開き「ゆる・・す・・まじ・・」と怨念の言葉を残し、事切れた。
ザラがそんな言葉で怯む訳もなく、自分は返り血を浴びたまま会場を見渡す。
「今日、このような会になってしまったのは心苦しい限りじゃ。今度はサルートのパーティーを開く事になろう」
ザラは何事もなかったように、アスランを一瞥し、去っていった。
「あの女、こわっ!! モモ、見たか?」
ドルクが肩をすぼめて、魔獣を撫でる。
そして、振り返りアスランの前で膝をついた。
「アスラン王太子殿下、私、ダンメルス領を守護しています、ドルク・ダンメルスと申します。初めてお目通り叶い、誠に祝着至極に存じます」
「ああ、あなたがあの有名な、アルガス山脈の守護神なのですね。ミュゲを助けてくれてありがとう」
また、大事な人を失うのかと絶望していたのに、ドルクのお陰でミュゲを失わずに済んだ。
本当に守護神のように感じていた。
アスランが水色の瞳を輝かせて、ドルクを見詰める。
アスランの言葉に驚いたのはミュゲだ。
「お父さん、守護神って呼ばれてるの?」
ダンメルス家は代々、アルガス山脈の災いから国を守っていると、言い伝えられていた。大昔から守り抜いているため、いつの間にか王都では魔虫の存在は忘れられ、災いがなんなのか、皆は知らないでいた。
「そうだぞ、わし、ホンマはすごい二つ名があるんだぞ」
娘の前で自慢げにフフンと鼻をこする。
「それに、お父さんがちゃんとした挨拶できるなんて知らなかった。しかも難しい言葉を話して・・」
「そら、わしも・・・こら!! ミュゲ!! 王太子殿下の御前でなんちゅう話し方しとるんや」
ドルクの方が大概砕けた話し方になっているが、気がついていない。
「ミュゲの話し方は気にしてないよ。それに・・誰も聞いていない」
とアスランが会場に目を向ける。
そして、ドルクも顔をあげて廻りを見た。
ザラに遅れまいと、招待客はさっさとこの会場を後にしていた。そのため、周りには誰もいない。
招待客も帰った会場は、一足遅く駆けつけた王宮警護の白の騎士団と兵士と侍女らによって、検分と片付けが同時に行われていた。
誰も王太子を気にする事なく、自分の仕事を淡々と進めているようだ。
「ここでの僕の肩書きは、有ってないようなものだからね」
アスランの瞳は近くでもなく、遠くでもなく、全く何も映していないように虚無だった。
ドルクはいつもの調子で、アスランの背中を『ばんッ』と、強めに叩いてしまった。
「殿下、そんなことありません。殿下はミュゲの友達という肩書きを持っていますよ」
「けほっ、けほっ」
噎せるアスランに慌てるミュゲ。
父をキッと睨みながら、アスランの背中を擦る。
「ごめんなさい。お父さんったら力加減が分からないんだから、気をつけて」
しゅんと小さくなるドルクに、魔獣がキューンと寄り添う。
「モモ、家族でお前が一番優しいわ」
「あの、その魔獣は?」
アスランが恐る恐る尋ねた。
それに答えたのはミュゲである。
「モモは小さい時から飼っている我が家のアイドルです。小さくて可愛いから『モモ』って私が名前をつけたんです」
ミュゲの説明では、モモは魔獣にしては小さくて可愛いらしい。
でも、アスランには体高もアスランより高く、牙が剥き出しの恐ろしい獣にしか見えないのだ。
「モモって、可愛いんだ・・じゃあ、他の魔獣って・・」
アスランは、以前聞いた、3メートルの大きなムカデと、恐ろしい魔獣たちが歩き回る、ダンメルス領を想像し、ブルッと震えた。




