15 罠
ザラはとても機嫌が良かった。
国民が貧困に苦しんでいるにも拘わらず、今度のパーティーの為に、宝石をふんだんにあしらった豪華なドレスを用意させていた。
次のパーティーの主人公は、自分ではないというのに・・。
「あー待ち通しい。あの女の息子が、味方する者を一人一人剥がされて、唯一残っていた侍女まで牢屋に連れていかれて、絶望する姿が見たかったのじゃ。想像するだけで、心が踊るのう」
ザラは目を瞑り、その様子を思い浮かべ『うふふ』と笑う。
「ああ、そうだわ。陛下の部屋から『例の壺』を出して今日中に用意しておきなさい」
「はい、既に用意しております」
アスランに食事を運んでいる、いつもの冷たい侍女が、自信ありげに頷いた。
「まあ、頼りにしているわ。この件が終わればレフターヌ、あなたが侍女長よ」
ザラは優しげに微笑んだが、瞳の奥にはなんの感情もない。
この侍女は、失敗した時のために用意した駒だ。駒の一つや二つ、容赦なく切り捨てるつもりである。
「ああ・・。ありがとうございます」
レフターヌは床に頭を擦り付けんばかりに感謝の意を表す。
これで、ザラの計画は全て調った。
後は当日泣き叫ぶアスランと、その侍女をゆっくり眺めながら、美味しいワインを飲むだけだ。
パーティーの当日。
夜半から降りだした雨は、唸るような風音と一緒になってガラス窓に叩きつけている。
パーティーは室内で行われる為、天候は関係はないが、これ程の荒れ模様を見たミュゲは、なんだか嫌な予感がして、心許ない。
さらにアスランによる注意事項が多く、それもあって不安が増していた。
「ミュゲ、誰かにグラスを運んでほしいと言われても、絶対に僕の側を離れるな」
「はい、わかりました」
顔は神妙にして、少々辟易とした態度は出さないようにする。
「もし毒が入っていた場合、持っていったミュゲが疑われるからね」
昨日から、ザラがミュゲに仕掛けて来そうな罠を、アスランは思い付く限り説明をしている。
「それから、暗殺者が大勢いた場合は無理せず逃げろ」
アスランが強調して話す。
「はいはい、何度も言うようですが、それはできません」
アスランが自分を気に掛けてくれるのは、ありがたいがミュゲに『アスランを放って逃げる』は絶対にない選択肢だ。
そんな事よりも、ミュゲが気になっているのは、青の騎士団内で敵と味方がわからない事だ。
襲ってきた場合、襲撃者とそれを止めようとする味方も一斉にアスランの元に駆けつけるはず。
その時、区別がつかないのだ。
「そうだわ! いざとなったら、アスラン殿下を抱えて逃げたらいいんですもの! うん、解決!」
大雑把な答えを見つけたミュゲは、安心しきっていた。
パーティーの会場に馬車で乗り付けた貴族令嬢は、車寄せからすぐに建物に入ったというのに、びしょ濡れになった。
だが、今日のドレスはそれ程高価なものではなく、どの令嬢も、さ程気にする様子は見られない。
それというのも、貴族の父と娘の多くは、力のないアスランに興味はないからだ。
貴族のお目当てはサルート王子の方である。
いずれ行われるであろう、サルートが王太子になった時の婚約者選びのパーティーに力を入れるつもりなのだ。
それまで、気合いを入れて作ったドレスは、その日に備えて温存させておくらしい。
今日娘を着飾らせて、うっかりアスランの婚約者に選ばれでもしたら、ザラに王太子共々殺されてしまう。
それに、王太子の婚約者はザラの小飼の貴族の娘があてがわれるはずなのだ。
今日は、ザラの招待に応えたにすぎない。言わば顔繋ぎ程度のパーティーなのである。
パーティーが始まった。
国王は体調が悪く、その顔色は真っ青だった。だが、無理をおしてまで出席したのは自分が欠席した場合に、ザラがアスランを攻撃するのは目に見えている。
しかし、パルスランの体調はどんどん悪化し、朦朧としていた。
それに気が付いた側近達によって抱えられるように会場から連れ出され、招待した貴族に挨拶も出来なかった。
国王の体調が悪いとなれば、アスランの状況がますます危ういと確定される。
国王の目が届かなくなった今、残されたアスランの元には、誰も挨拶すら来ない。
しかし、少し離れたところにいるザラとその息子のサルートにはこぞって挨拶に行っているのだ。
「当てつけがましく、こちらをチラチラと見ていますね」
ミュゲが忌々しげに貴族を睨む。
ザラに肩入れする貴族は、アスランをじろじろと見てくるからだ。
アスランの後ろに控えるミュゲが、躾されていない番犬のように、唸り声で威嚇した。
中には、アスランの美しさに心を惹かれてポーと呆けている令嬢もいるが、父親に肘で突かれ、正気に戻る。
音楽が奏でられると、娘達はサルート王子にダンスをねだった。
しかし、王太子であるアスランのところには誰一人として近寄らない。
アスランは、目の前でサルートが含み笑いを浮かべながら、次々に令嬢を変えてダンスをするのを見ていた。
「あの王子より、断然、アスラン殿下の方が素敵なのに。それにあの細い腕では剣も握ったことないはずだわ」
ミュゲの止まらない悪口が、アスランに届く。
しかも、止まらない。
「ああ、ドレスで見えないけれど、あの王子ったら、一人に五回は令嬢の足を踏んでるわ。ほら、また。令嬢がどんどん冷めた顔になっているもの」
ミュゲの解説でつまらない時間も楽しく過ごせている。
この意味のない、パーティーももうすぐ終了時間だ。
アスランは思う。
ダンスを踊るなら、ミュゲがいい。
だが、侍女と表だって踊れない事は重々承知している。
いくらなんでも、身分が違いすぎると・・。
でも、ミュゲを着飾らせたら、ここにいる誰よりも可愛くなるだろうな。
アスランが後ろに立っているミュゲに似合いそうなドレスを探していた。
それを探した所で自分が王族でいる限り、彼女とここで踊ることはないのだ。
軽くため息をついて、やるせなさを吐き出す。
皆の目が、サルートのダンスに向いていた。
その時だった。
斜め後ろの大きな壺が倒れ、ガシャーンと大きな音を立てて割れたのだ。
1メートルもの高さがある、大きな絵付けの壺は、隣国から送られたものだ。
「きゃー! この侍女がいきなり壺を割ったのよ」
一人の侍女がミュゲを指差して叫んだ。
アスランはその侍女を見て、罠を掛けられたのがミュゲだと気がついた。
その人物こそザラの言うがままにアスランに毒入りのスープを笑いながら置く侍女のレフターヌだ。
「待て!!ミュゲは」
アスランの声はザラの甲高い声に消された。
「まあ、大事な壺を、たかが侍女が割るなんて!!衛兵、この侍女を牢屋に放り込みなさい」
「私、壺に触ってません!!」
ミュゲのような侍女の言葉など、言っても誰も聞いてくれない。
「隣国との友好の証しの壺をたかが侍女によって割られるなんて!! 死罪は免れないな」
サルート王子がケタケタと嬉しそうに笑う。
「聞いてくれ!!ミュゲは僕のすぐ後ろで控えていたんだ! だから壺に手が届くはずがないんだ」
アスランが必死に訴えても、誰も聞いてくれない。
ミュゲが兵士に取り押さえられ、床に倒されている。
「やめろ!! ミュゲを放せ!!」
取り乱し叫ぶアスランをザラが満足そうに眺めていた。
アスランはパーティーにミュゲを連れてきたことを後悔したがもう遅かった。
ミュゲの側に寄ろうとするが、兵士に止められて、近くにもいけない。
床に押し付けられて、痛みに耐えるミュゲを助けることも出来ないのだ。
自分の無力をまた思い知らされる。




