14 狙われた侍女長
アスランの袖口のボタンが取れかかっている。
それを見つけたミュゲは、すぐに裁縫道具を持ってきて、針に糸を通したところまでは良かった。
だが、壊滅的に裁縫技術がへたっぴなミュゲの手元は、見るからに怪しい。
「ねえ、私が代わりにそれをするよ」
アスランは、はらはらしながらミュゲの危なっかしい手付きを見ている。
「大丈夫でッ 痛っっっったぁー」
針を刺した指先から血の玉が出来て、慌ててミュゲは舐めた。
「大丈夫? すぐに手当てをした方がいいよ」
アスランが心配そうに指を見ようとするが、血が止まったのを確認したミュゲは、何事もなかったように再び縫い始める。
「大袈裟ですよ。針で突っついたくらいなら、どうってことないです。領地にいた時は、しょっちゅう怪我をしていたので、少々の傷は慣れっこですもん」
事も無げに、腕を捲り二の腕の古傷をアスランに見せた。
はっきり残り傷に、アスランが怖々触れて、顔をしかめる。
「今も痛むの?」
「いいえ、全然! こんなのは小さい方です。領地の皆は、もっと大ケガをしてますもの」
ここで、アスランは女の子の二の腕を触っていることに気がつき、ミュゲはミュゲで、アスランに自分が触られていることに、気がつき、二人は照れる。
微笑ましい二人とは別に、ロスベータ侍女長が、早歩きで廊下を爆歩している。
「困ったわ。これはきっと何らかの罠が張られているわね」
延期されていた、アスランの婚約者候補選びのパーティーに、アスランの出席を要請してきたザラ。
それ事態は至極、当たり前の話だ。
婚約者を決めるパーティーに、その主人公であるアスランが不参加はあり得ない。
だが、アスランの暗殺を何度も企てている者が、パーティーを催すなんて、どう考えても、今回も暗殺をたくらんでいるとしか考えられないだろう。
しかも、アスラン王太子の味方の貴族は極々僅かで、王宮の多くが側妃ザラに取り込まれているか、日和見主義のどちらかである。
護衛する騎士の選抜も難しいが、パーティー時に、アスランのお側仕えの侍従も必要だ。
だが、アスランに侍従はいない。現在信頼できる侍女もミュゲだけである。
先日の王太子襲撃事件で、ミュゲの存在はバレたものの、まだ顔を認識されてはいない。
ザラに狙われないように隠し通してきたミュゲを、表に出すのはアスランの大切な切り札を失う事になる。
「あー侍従も侍女もいない。ああ、そうだわ!! 私がお側に控えればいいのだわ」
あまりにも簡単な答えに、爆歩を弱めて、歩き出す。
ここでロスベータ侍女長は失念していたのだ。簡単な答えは、敵方にも導き出せるという事を・・。
ロスベータ侍女長が階段を下りようとした時だった。
思いっきり後ろから突き飛ばされたのだ。
ロスベータは階段から落ちながらも、顔を見ようとした。だが、犯人の顔は深く被ったローブで見えなかった。
しかし、彼女の執念で、青の騎士団に支給されている革靴が見えたのだ。
記憶できたのはそこまで。
次にロスベータ侍女長が起きた時には、右足と両手首、そして頭を包帯でぐるぐる巻きにされている自分だった。
心配そうに自分を見ているアスラン王太子殿下。
「まあ、アスラン殿下、どうしたのですか? 何か心配事でもございましたか?」
眉をハの字にしたアスランが、目の前にいる。
ロスベータ侍女長は、動こうとして漸く自分が階段から落とされて、ベッドに寝かされていた事に気付いた。
「ロスベータ侍女長、動いてはいけないよ。暫くは安静だと医師に言われたところだ」
ロスベータ侍女長は焦った。
これほどまでにアスランを心配させては、また、お心が曇ってしまうと、
「そんな大事にして頂かなくても、すぐに起きれますわ」
元気なところを見せようとベッドから起き上がろうとしてみるも、全く動かない。
それどころか、全身に電気が駆け抜けたような痛みが走った。
「ううっ・・・」
「ロスベータ侍女長、動かないで。足の捻挫は酷いし、左手は折れているんだ。頭もかなり出血していたから安静にしていないとダメだよ」
ロスベータは布団をはね除け、『大丈夫ですわ』と言いたかった。だが、怪我と貧血のせいで頭痛が酷く、微笑む事も難しい。
こんなことになってしまっては、パーティーでアスランの側に立つどころか、その場にさえいけないではないか。
「やられた・・・」
自分の迂闊さを呪った。もっと気をつけていれば、このような事態にはならなかった。悔やまれてならない。
だが、ここで後悔していても始まらない。
「この部屋に、ミュゲはいますか?」
見えない侍女を呼ぶと、アスランの隣にミュゲがうっすらと見えてくる。
霞んだように見えるミュゲがだんだんと色濃く浮かび上がってきた。
「ここにいます。ロスベータ侍女長」
今までたった一人でアスランを守っていた自分に、味方がいるという安堵は計り知れない。
だが、今度はこの少女に、自分の苦労を負わす事になってしまった。
「ミュゲ、今度のパーティー、アスラン殿下の側を離れる事なく、守って頂きたい。こんな大役を、あなた一人に任せる事になって・・本当に申し訳ないと思っています」
いつもなら、『任せて下さい』と胸を張ってくれるミュゲの顔が曇る。
「あの、パーティーの作法とか教わっていないのですが・・・大丈夫なのでしょうか」
ダンメルス領のパーティーは、大物が狩れた場合に貴族平民関係なく、大広間でどんちゃん騒ぎするのが普通で、この王宮のパーティーと異なることは、流石のミュゲも理解していた。
ああ、そうだった!!とロスベータは目を閉じて、ため息をついた。
二人が無言になる中、アスランがミュゲとロスベータの手をぽんぽんと優しく叩く。
「大丈夫だよ。僕の側仕えでいるなら、何も作法は必要ない。ミュゲは、じっと僕の後ろにいてくれるだけでいいよ」
そんな訳にはいかないと、ロスベータが小さく頭を横に振る。
「途中で、喉が乾いてお飲み物がほしくなったら、如何されます? ザラの侍女には頼めませんよ」
「何も口にしないよ。それに毒を盛られるかも知れないだろう?」
もう決心した顔のアスランに何を言っても無駄だろう。
しかも、頼れるのは新米侍女のミュゲしかいないのだから。
「ああ、それと・・・。重要なことをいい忘れてました」
ロスベータ侍女長が声のトーンを低くして小声になる。
「私が階段から突き落とされた時、青の騎士団の支給された革靴を見ました。しかし、これも私達を動揺させる為の罠だとも考えられます。兎に角、誰であっても、油断されないようにしてください」
「・・・つまり、王太子を守る青の近衛騎士団にも、敵がいるってこと?!!・・・ですか?」
ミュゲは驚いたが、アスランは驚きよりもその事実にやるせなさを感じているようだった。
「最早、青の騎士団もザラの手に落ちたのかも知れないね」
諦めの微笑みを浮かべるアスラン。
ミュゲは何度もその表情にさせてしまう王宮に怒りが込み上げる。
「アスラン殿下、私、青の騎士団より強いです。騎士が何人来ても、絶対に負けません」
「ふふふ、そうだったね」
アスランの微笑みに『諦め』が消えた。
ミュゲはパーティー当日までに、侍女の服に隠せる武器を探し、ひたすら迎え撃つ訓練を繰り返している。
「何人来ても、全部迎え撃つ!」
戦闘準備万端のミュゲだったが、ザラの標的は、アスランではなくミュゲである。
しかもミュゲに対して、物理的な攻撃ではなく、ミュゲの苦手とする、王宮の身分を楯にした、精神的な攻撃が用意されていたのだ。




