13 ミュゲ、存在がバレる
アスランはめきめきという言葉がぴったりな程、腕前を上げた。剣術だけでなく筋トレも欠かさない。
部屋に入るとアスランは袖を捲り、腕に力を入れて力こぶをミュゲに見せた。
「どう? 随分大きくなっただろう?」
自慢気に見せたが、ミュゲの反応が期待していたより微妙だった。
それで、ついミュゲの力こぶも見せてほしいと頼んだ。
ミュゲはそれならばと、何も考えずに、二の腕に力を込める。
「うっ・・。ミュゲの力こぶの方が大きいし・・、逞しいな。私もまだまだ鍛練が足りないね」
言いながら、アスランは袖を元通りにして、袖口のボタンを留めていたので、その横でショックを受けるミュゲの顔を見ていない。
「た逞しい・・? そ、そんな・・」の声を残しミュゲはスキルで姿を隠したのか、すぅーっと消えた。
「あれ? ミュゲ、どうしたの?」
アスランにとって『逞しい』は褒め言葉。しかし、お年頃の女の子が『逞しい』と言われて喜ぶはずがない。
その後、ミュゲの元気がないことに気がついたロスベータ侍女長に、『女の子とは』の説教を受けるまで、アスランは自分の失言に気がつかなかったのだった。
◇□ ◇□
それから数日後いつものように、アスランは剣術の訓練のために、騎士団の訓練場で指導を受けていた。
ロスベータ侍女長はこの日、王族の御用達の文具店を増やしたいとザラに言われる、
そのため朝から、王都の文具店の店構えを調べに、出掛けなければならなくなった。
品物の良し悪しも重要だが、王族が御用達の指定を与える場合の条件には、その店構えの品格が求められる。
ザラが指定したどの店も、王宮から離れていた。
嫌な予感がするが、ロスベータ侍女長が、拒否できる訳もなく、素早く店の調査を終わって戻るつもりだった。
だが、店の主人の話が長くてなかなか王宮に戻れないでいたのだ。
やっと王宮に戻り、訓練所の近くまでいくと、雰囲気がいつもと全く違った。
いつもはひっそりしている訓練所の道を、大勢の人が通っているのだ。
この道は、通用門からも外れているため、普段は騎士団の関係者しか通らない。
しかも、通用門の通行許可を与える役目はロスベータ侍女長が一任されているはずなのに。
しかし、今日はその許可もなく、異国の服を着たものが多数通っていく。
ロスベータ侍女長は、一人の異邦人を捕まえて事情を聞いた。
彼らは船で渡ってきた商人達で、異国のアクセサリーや宝石を見たいという、ザラに呼ばれたと言うのだ。
そして、通用門の門番からこの道を通って行くよう指示を受けたとか・・。
ロスベータ侍女長は急いで訓練所へと走る。
ザラ側妃が関係しているものが多数入り込んだという事は、暗殺者も一緒に侵入している可能性が高い。
「これはいけない。一刻も早くお知らせしなければ!!」
だが、日頃走る訓練をしていないばかりに、すぐに息が切れる。
焦るロスベータ侍女長が訓練場に戻る前にそれは起きた。
オーツ・コクトーも、人の気配の多さに危険を察知し、今日の練習を早くに切り上げようと、アスランに声を掛けた。
アスランの剣術の訓練時、ミュゲは相変わらずその姿を隠して見守り中。
オーツの他に、信頼をおいている騎士達も、アスランの訓練中は護衛を兼ねて、警備訓練をしていた。
しかし、訓練を中止し、すぐにアスランを離宮に戻そうとしたが、異国の商人達が訓練施設に間違えて入り込んで来てしまった。
荷物の運搬人が商品を持って場内に入るのを騎士達は阻止し、追い出そうとしていたが、運搬人は王国の言葉を話せず難航していた。
「あーもう、だからこの建物は訓練場なんだよ!! ほら、出てってくれ」
一人の騎士が大声で叫んだが、にこにこと愛想良く笑う運搬人には通じない。
「ココ、ハコブ。ソウ、イワレタ」
この様子に、オーツはこの訓練場からアスランを一刻も速く移動させよう騎士団員に指示を飛ばす。
運搬人を止めている騎士団員を残し、オーツと副団長のカールア、他3人の護衛をつけて、アスランを部屋に送ることにした。
不穏な空気を感じていたミュゲも、すぐにアスランの近くに移動する。
オーツがアスランを守りながら、訓練施設を一歩出た瞬間に、訓練施設の向かいの建物から、アスランに向けて矢が放たれた。
しかも、一本ではない。
数ヵ所から一斉に放たれた矢に、オーツは王太子を建物の影に押し込んだ。
オーツが小声で指示を飛ばす。
「殿下守るぞ。建物を利用して一番近い騎士団宿舎に向かえ。私が殿下の前を行く。カールア、お前は殿下を後ろから守れ」
矢の勢いは収まらない。
ミュゲは建物の窓が空いている箇所を見つけると、壁を駆け登り暗殺者を殴って気絶させていく。
雨のように放たれていた矢が、暫くするとどんどん減っていく。
ミュゲが建物屋上から狙う暗殺者を始末していっているからだ。
この期を逃さず、オーツが走り出した。
だが、数人の暗殺者がバラバラと現れてオーツの行く手を塞ぐ。
オーツは斬りかかってきた敵をなぎ倒して行く。だが、敵が多い。多すぎる。
すぐに団員たちはバラバラになってしまった。
「カールア!! (殿下を)頼む!!」
カールアは建物の壁伝いにアスランを誘導する。そして、先にアスランを走らせて、自分は後方から来る敵に備えながらついていく。
「アスラン殿下!! この先にある倉庫に入りましょう!!」
カールアがそう叫んだ時、建物の壁が途切れた。
その時を待っていたように、一人の暗殺者がアスラン目掛けて剣を振り下ろした。
アスランは自分の横から斬りかかる男を見ながら、自分の全てが終わるのだと悟った。
自分に向けて剣が振り下ろされるのを、スローモーションのように見ていた。
だが、瞬時に男が消えた。
姿を現したミュゲが鞘に入った剣で、男を打ったのだ。まるでバットのように振った剣が男をとらえて、遥か後方に吹っ飛んだ。
それから、ミュゲはアスランの手をとって、少し遠いが図書館に向かう。
急に出てきたミュゲに、次々と刺客が襲ってくるが、ミュゲが剣を片手で横に振ると、敵はもんどりうって転げ回っていた。
中には大きく『ゴギュ』と変な音を出して崩れ落ちる暗殺者もいた。
きっと、肋骨が数本折れたのだろう。
再び数人の敵がミュゲの前に現れたため、ミュゲはここで鞘から剣を取りだし、横に振った。
しかし、うっかり目測を誤り剣が建物にめり込んだ。
「あら、またやっちゃった」
壁にめり込んだ剣。
「退け! 相手が悪い!」
そのミュゲの怪力を目の当たりにした敵は、ミュゲとの接近戦は不利だと、思ったのか姿を隠す。
そして、再び弓矢での、遠距離攻撃に変えてきた。
ミュゲはアスランを守るために一番の安全策である、シールド魔法『弱い楯』を発動。
しかし、名前通りではない。あのダンメルス領地で魔虫と戦っていなれているミュゲの『弱い楯』である。
デカ過ぎる楯を作った。
ミュゲにとっては『弱い楯』だったが、ダンメルス領以外の者の目には、恐ろしく強力な魔法だった。
その強すぎるディフェンス魔法を見たためか、暗殺者は潮が引いていくように誰もいなくなる。
新しいミュゲという護衛の存在を確認し、これ以上の攻撃は無理だと諦め、撤退したようだ。
暗殺者がいなくなり、アスランも安堵する。
「ミュゲ、ありがとう。君のお陰で助かったよ」
駆けつけたオーツは、大きい楯魔法に少し驚きながら、素直に感謝した。
「これだけの大きな楯魔法は、中々作れない。騎士達も守って頂き感謝している」
「いえ、これくらい・・」
言いかけたミュゲは発言を止める。
ミュゲは敵の技量を測った上で、弱い魔法を出した。不用意に強力な魔法を使用して、相手に情報を与えたくなかったのだ。
カールアに、「これだけ大きい楯を作ったのなら、疲れたのではないか? 大丈夫か?」と言われた際も用心し、
「・・・ほぼ、今の魔法で魔力は空になりました」
と、疲労困憊を訴え、顔も疲れたふうを装った。
その後、バラバラになっていた騎士団員たちが集まってきた。そして、そこにいるミュゲを見て、しばらく唖然とする。
まさか、あの暗殺者を一人でやっつけたのがこの少女だったなんてと、驚いていた。
我に返った一人が、「助かったよ、ありがとう」と口にしたが、妙な空気が流れていた。
名誉ある近衛騎士団の誇りに傷ついたようである。
「こんなに小さい少女に助けられたなんて・・。俺たちもっと頑張らないとな・・」
少し項垂れていた騎士団員たちだった。
その後、無事にアスランを自室に送り届けたミュゲとオーツは、ほっと胸を撫で下ろした。
そんなオーツとカールアに、ミュゲは苦言を呈す。
「守るべき対象者を先に行かせて、名前を叫ぶなんて、最もダメだと思いませんでしたか? ここに殿下がいるのだと、敵に知らせる行為です。もっと警備訓練をするべきです」
これは全てカールアが行った行為だ。
部屋に入って安心したのか、震えているカールアを睨む。
ミュゲに警護の指摘をされて『しまった』とばかりに失敗を気に病んだカールアが小さくなり、それを庇うようにオーツも、頭を下げた。
「指摘は最もだ。もう一度皆で警護訓練を見直そう」
「私も迂闊に飛び出してしまった。それと、もっと自分を守れるよう、剣術を励むよう頑張るよ」
ミュゲと騎士団を和ませようとアスランが割って入った。
その笑顔に、皆がとろけてその話は終了となる。
◇□ ◇□
ザラは、暗殺失敗の報告を受けて、一人の男にワイングラスを投げつけた。
「折角アスランが部屋から出てきたというのに、いつまで私を待たせるのじゃ?!」
グラスを投げつけられた男は、
「今回は失敗しましたが、有益な情報を掴む事が出来ました」と言う男は、ザラの手を持つとその甲に軽くキスをした。
「ほおーう。どんな事だ?」
「アスラン王太子の警護に、秘匿されている侍女がおります」
ザラは何も言わず、男に持たれていた手を引き抜き、いきなり男の頬を打った。
「アスランは王太子ではない。何度も言わせるな!!」
慌てて深く平伏する男。
「申し訳ございません」
「で、そなたはその侍女の顔を見たのかえ?」
男は打たれた頬を気にすることなく話す。
「はい、見ました。ですが・・・不思議な事に顔を見たにも拘わらず、思い出せないのです。きっと認識阻害か何かの魔法を掛けられていたと思います」
「なるほどのう・・。それで、新しい侍女が入ったというのに、侍女達からは何も連絡がなかったのか・・・。」
ザラは椅子の肘掛けを中指でコンコンと叩き続ける。
そして、ピタッとその指を止めるとニタリと残酷そうな笑みを浮かべた。
「ちょうど役に立たない侍女がいたのう。失敗すればその侍女を始末すれば一石二鳥だな」
ザラは自分の思いつきに、いたく満足したようだ。
すぐに若い侍従を呼び、すぐに貴族の子息令嬢が集まるパーティーの準備せよと命令した。
そして、嬉しそうに用意するものを追加する。
「楽しいパーティーにしましょう。それと一番汚い牢屋も用意しておいてちょうだい。特別室を用意してやらねばのう」




