12 剣術の稽古
運動音痴だと思われたアスランだったが、単に運動をする機会がなく、体の使い方が分からなかっただけのようだ。
実際に体幹はすぐに鍛えられ、見事なバランス感覚と運動神経を発揮。
ミュゲが部屋でできる、短剣の使い方や、武道を教えると、アスランはすぐに覚えていく。
一ヶ月後には、部屋で教えられるものは無くなった。
ちょうどこの頃、父のパルスランがこの王子宮の改革も始めたお陰で、ロスベータ侍女長が気軽にアスランの部屋に行き来しやすくなる。
ミュゲは相変わらず影の存在のままだが、以前のようにアスランの神経をすり減らすような侍女達の攻撃はなくなり、穏やかに過ごしていた。
そんな中ミュゲはロスベータ侍女長に相談に行く。
「侍女長、とうとう部屋で出来る訓練は限界にきてしまったようです。どうしたらいいでしょうか?」
毎日なんとか部屋の中で出来ることを捻り出していたが、どんなに考えてももうミュゲは一つも思い浮かばなくなっていたのだ。
「・・・そうですか。仕方ありません。明日から死角のない場所で、騎士団長にどなたか騎士の方を推薦していただき、剣術の訓練を見てもらえるように頼んでみましょう」
もっと時間がかかると思っていたアスランの室内訓練は、アスランの努力と素質で早くに終了を迎えた。
剣の素振りなどは、もっと早くからできたのだが、アスランが室外に出るには、不安要素が多すぎたのだ。
騎士団長に相談した結果、死角のない小さな訓練場で、騎士団長自ら教えてくれることになった。
しかし、そこが100%安全なわけではない。野外は室内から考えれば、非常に狙われやすい環境だ。
訓練場には、近衛騎士数名の護衛で送り迎えをすることが決まった。
その時に、侍女長と、ミュゲも一緒である。
勿論、他の者にミュゲの姿は見えないように、スキルで姿を隠しているため、話すことは一切ない。
交流はないが、ミュゲは騎士たちに少し苛立っていた。
それは、今までアスランに寄り添うことなく、部屋の外からしか守らな騎士だち達の行動に怒っていたのだ。
部屋の外ばかりではなく、部屋に入って会話をする事くらいできただろう。
それだけでアスランの苦しみが、幾分和らいだはずだ。それさえしなかった騎士団に対し、敵対心がむくむくと頭をもたげる。
しかし、これには騎士団にもそれなりの理由がある。
この近衛騎士団は、ボニファーチョ・ラ・ロッカが纏めていた騎士団で、例の事件で解体寸前だったが、忠誠心とその働きを認められてなんとか存続していた。
そんな時、騎士団員の一人が、アスランの孤独を和らげようと、アスランに声をかけるようになる。
だが、すぐにザラに支配された侍女達によって、部屋にあった装飾品がなくなったと窃盗の疑いを掛けられてしまい、その近衛騎士は王都の警備に降格させられてしまったのだ。
これ以上信頼できる近衛騎士を失いたくない騎士団長は、部屋に入らず警護することになった。
そして、侍女がアスランの部屋に入る時は、必ずその動向を見るために扉を開けたまま見守りるというスタイルで警護することになったのだ。
ザラたちが力を付けた今、それが彼らにできる精一杯な事だった。
それほど、ザラに付け入られないように細心の注意を払って警護していたのにも拘わらず、3人の騎士が解雇されてしまったのだが・・。
しかし、そんなことが有ったと知らないミュゲにしてみれば、ドアの外で独りぼっちのアスランを放置しているように見える。
そんな人物と一緒にアスランを守るのはどうかと、不安より腹立たしい気持ちで一杯だったのだ。
初めての訓練の日。
騎士団の3人が、アスランの部屋まで迎えに来た。その中の一人で、肩まで伸ばした黒髪を一つに束ねた背の高い人物がいた。
彼は青の騎士団をまとめる団長で、オーツ・コクトー。子爵家の次男で27歳。
格好ばかりだと思われたその男は、眉間を寄せて、なんとスキルで身を隠しているミュゲを見ているではないか。
自慢のスキルを見抜かれ、しかも観察というよりは、不審者扱いをされて気分が悪くなった。
先に侍女長から聞いているはずなのに、不躾にじろじろ見られて、ミュゲは先ほどの苛立ちが倍増する。
ミュゲも負けじと目を眇めて、上から下までじっくりと嫌みも込めて見てやった。
スキル発動中でミュゲの顔は見えていないのだが。
しかし、敵対する何かを感じた騎士団長とミュゲは、一触即発の雰囲気になる。
ロスベータ侍女長が、二人の間でパンッと手を叩き、小声で囁くように叱った。
「いい加減になさってください。
お二人は私が唯一信頼している人物なのです。そのお二人が対立なさっては、王太子殿下を外で訓練等お連れすることは出来ません」
それを聞いたアスランが悲しそうな顔になる。
そして、それを見たミュゲもオーツもビクッと背筋を伸ばした。
渋々ながらも騎士団長はミュゲがいると思われる辺りで、ヒソヒソ声で謝る。
「ふー。悪かった。ミュゲ、と言ったかな・・宜しく頼む」
まだ、立場上ミュゲを怪しんでいたが、取り敢えずロスベータ侍女長の顔を立てて、誰にも見えない位置で、自分から握手の手を差し出した。
ロスベータ侍女長が焦る。
何故なら、本来ミュゲは侍女ではなく辺境伯のご令嬢だからだ。
オーツ・コクトーは子爵の次男なので、本来ならばミュゲから声をかける立場である。
しかし、ミュゲの身辺のことは秘密にしてあったため、オーツには名前とここでの下級侍女をしているとしか伝えていないのだから、仕方ない。
まあ、ミュゲはそんな事は気にしない。ダンメルス領地で、上位だの下位だの気にして話をしたことがないのだから。
それよりも、彼はこう見えて心根の良い人かも知れないと思い直していた。その根拠は、瞳の強さがダンメルス領の父と兄と種類が同じだったからだ。
この人物なら、裏切りはしないだろう。
ミュゲもそっと右手を出して、握手を交わした。
すると、オーツが目を見開いて、キョロキョロしている。
「え? 子供?」
どうやら、ミュゲを大人の警護要員だと思っていたのに、やけに手が小さくて驚いていた。
オーツはロスベータ侍女長から、ミュゲが並みの騎士が束になっても敵わないほどの強さだと聞いていたが、まさか、子供だとは思っていなかった。
訓練場に着くとすぐに、アスランが木剣を持ち、準備する。
「では、アスラン殿下、剣術訓練を始めましょう」
オーツも木剣に持ちかえた。
「では、殿下。先ずは剣の持ち方からです」
オーツが指導を始めたので、ミュゲはその場が見渡せる場所に移動した。
遠距離から狙撃されぬように、周囲にきを配るためと、オーツの剣術をしっかりと自分のものにするためでもある。
ダンメルス領地で教わった戦い方は、『虫』に特化した剣術なので、オーツの洗練された剣さばきがとても新鮮に映ったのだ。
その日以降、何度も剣術の訓練が行われたが、ザラ側妃には動きもなく滞りなく訓練は続いている。
アスランが筋トレと剣術の訓練を欠かさなかった事で、筋肉もしっかり付いてきた。
剣術も忙しい騎士団長の代わりに、他の騎士が練習相手をしてくれる事もあった。
その中で、カールア・ブノアは19歳だが、見た目は16歳くらいにしか見えない童顔で、巻き毛の癒し系という事もあって、アスランも気安いのか、カルーアと打ち合いの時は、のびのびと練習をしていた。
のびのびし過ぎて、アスランがついうっかり隠れているミュゲに、話し掛けそうになることもあった。
ミュゲの事はオーツ以外には内緒である。ミュゲは油断せずに、姿を隠しているのだが、その巻き髪ふわふわワンコ系のカールアについうっかり気を許して出てきそうになった。
「アスラン殿下の剣筋はとても素直で、いいですね。きっとこれからどんどん上達しますよ」
にっこりカールアが微笑めば、アスランがミュゲの隠れている方向に嬉しそうに微笑む。
「そちらに誰かいるのですか?」
カールアが釣られてそっちを見るので、ミュゲは息を止め、アスランは「誰もいないよ」とごまかすのだった。
このように、稽古を付けてアスランの剣術もかなり上達していた。
剣術の稽古の後勉強し、昼食。そして再び勉強するのだ。
しかし、アスランの勉強はロスベータ侍女長が持ってきた資料をもとに自習するというもの。
本来ならば王宮に教授がくるのだが、ザラの妨害と、その影響力を恐れて誰もアスランの講師の役を引き受けてくれない。
それ故に自習になっているのである。
直接ロスベータ侍女長に、教えを請いたいが、未だに彼女には以前程ではないが、ザラの手下から押し付けられた仕事が山積みで、そうそう時間は取れないのだ。
アスランは独学に近いものがありながらも、優秀だった。ただ、唯一出来ないものは外国語の勉強だ。
こればかりは文字は覚えられても、発音は分からない。
ここで、ミュゲが辺境の地の優位を発揮。
レイカールト王国は大陸から突き出た半島の先にある。
そして南部は海、北部はTの字型のアルガス山脈によって、北にある2つの隣国とは寸断されている。
しかも、このアルガス山脈には多くの魔獣や魔虫が生息していることから中央の王都では隣国との往来は出来ないと考えられていた。
だが、アルガス山脈のさらに北のサキーヌ公国や、エンブロー王国はダンメルス領の兵力を借りて魔虫から自国を守ってもらっているので、往来は昔からあった。
しかも、レイカールト王国では知られていないが、ダンメルス領の兵士は他国の魔虫を駆除してくれるので英雄に近い存在なのである。
そんな事もあって、ミュゲはサキーヌ公国とエンブロー王国の言葉は日常会話では困らないくらいに話せるのだ。
そこで、ミュゲがアスランの外国語の先生に就任した・・・のだが、ミュゲは話せるには話せるが、他国の文字を書くのは苦手。それで、アスランに文字や単語を教えてもらい、アスランは発音をミュゲに習っている。
一緒に勉強をしていても、ミュゲが気を抜くことはない。
ノックが聞こえ侍女が扉に手を掛けると、ミュゲは姿を隠してしまうので、アスランは相変わらず一人で勉強しているように見えた。
だが、ザラにミュゲの存在を知られてしまう事件が起こってしまう。




