11 筋トレ
町から戻るのが少し遅かった為、ロスベータ侍女長には大変心配させてしまった。
アスランは、自分の足の擦り傷を見つけ、大騒ぎしながら治療をするロスベータ侍女長を見て、疑っていたことを反省していた。
ミュゲはアスランの足に擦り傷を負わせたこと、それに時刻通りに帰れなかったのを、怒られるかと覚悟を心配していたが、無事に帰って来たことを感謝されてほっと一安心したようだ。
その日アスランは、疲れきっていたせいもあるが、いつもの不安な気持ちを忘れ、熟睡できた。
次の日
珍しくアスランは、ロスベータ侍女長にお願いをした。
「お願いしたいことがあるんだ。今度でいいから聞いて欲しい」
そう言うと、ロスベータ侍女長は待ちきれないのか、お願いの中身をぐいぐいと聞いてきた。
アスランにお願いされて、嬉しくて仕方ない様子である。
アスランの顔に感情がなくなってから、彼が何かを望んだり頼んだりすることはなかった。
「うふふ、アスラン殿下に頼み事をされるなんて、本当に久しぶりですわ~! 町に行って、ご入り用のものでもありましたでしょうか~? それならば、すぐにでも取り寄せないといけませんね。それとも、珍しい食料品でしょうか?」
うきうきで尋ねてくれる。
これなら、すぐにでもお願いを叶えてくれそうだ。
「うん。昨日はとてもいい経験になったよ。でも町は楽しいばかりではなく危ない場所もあった。しかも、私はミュゲに守られてばかりでね。情けなく思ったんだ。だから私は剣術を習おうと思う」
目標が出来たアスランの瞳は、生き生きとしている。
これはロスベータ侍女長にとって、喜ばしい事なのだが・・・。
騎士団の訓練所に行くのは、危険過ぎる。
しかし、剣術ともなれば室内で出来る事ではないのだ。
瞳を輝かせるアスランに、ロスベータ侍女長は口を開いたままだ。
この時ロスベータ侍女長の頭には無数のことが頭に浮かんでは消えていった。
(騎士団の訓練所まで行かなくても、庭園ですれば良いのでは?
だが、あまりにも死角が多すぎる。
建物の影から矢が飛んでくるとも限らない。
やはり、今は危険過ぎて許可することは難しい。
あああー・・でも、アスラン殿下のワクワクした、やる気に満ちた顔を曇らせたくはない。いったいどうすればいいの?)
ロスベータ侍女長が思案し続けて、産み出した苦肉の策。
「アスラン殿下、まずは筋力をつけるところから始められるのがよろしいのでは? 何事も体力がなければ続けられませんよ」
ロスベータ侍女長の言うことは尤もだった。
アスランはうーんと考えていたが、「うん」と一つ頷いてロスベータ侍女長に笑顔を向ける。
「そうだね、ずっと部屋にいて重い物など持ったことのない私が、急に剣を持てる筈はないね。最初は体力だ」
「それがよろしいです」
頷いたロスベータ侍女長は、にこやかに部屋をでたのだった。
「ミュゲさん、お話があります」
ノックもそこそこに、朝から侍女長に押し入られたミュゲは、ゆっくり覚醒する。
「・・・昨日・・・頑張ったから朝は・・・ゆっくりで・・いいって・・・そう言ってくれてたのに・・・ふぁー・・なんですか・・・?むにゃむにゃ・・。」
目も開けていない相手に、熱く語りだすロスベータ侍女長。
「とても嬉しい事が起きたのです。その喜びを伝えることが出来るのはミュゲ様だけなの。起きて聞いて下さい。ああ、でも、それと同時に問題も起きてしまってね、それも一緒に解決する方法を考えて頂きたいのよ!!」
ロスベータ侍女長の熱弁は、ミュゲに聞こえていない。
未だ、半分夢現の世界の住人のミュゲは、沢山のお菓子に囲まれて幸せ満喫中。
「ミュゲ様、起きてくださいまし」
グニュグニュと体を揺すられて、漸く半身を起こした。
「ああ、これはロスベータ侍女長。おはようございます。それで、なんでここに?」
聞いてなかったの? と呆れているが、ミュゲは悪くない。
深い眠りの最中にいきなり説明を聞かされて、すぐに対処できるはずもない。
「もう一度言います。ミュゲ様、実はすごい事をが起こったのです・・・」
と1回目と同じテンションで説明をしたロスベータ侍女長。
「・・はあ・・・。それで?」
ミュゲと自分のテンションの差に、少しがっかりしているが、ロスベータ侍女長は気を取り直してもう一度ミュゲに頼む。
「ですから、アスラン殿下の筋肉を付ける練習と言いましょうか、お部屋で出来る動きはあります?」
「動き?・・・トレーニングでしたら、部屋で色々できるです・・・」
まだ少し寝ぼけているミュゲは、妙な返事をしてしまう。
その状態なのに、ロスベータ侍女長に、「それでは行きましょう!」と腕を引っ張られる。
「ちょっと、待って! まだ私着替えてないっ!」
部屋着のままアスランの前に連れていかれては堪らないと、漸くしっかり覚醒して、踏ん張った。
「ああ、ごめんなさい。あまりにも気が急いてしまっていましたわ。それじゃあ、お着替えになられて、朝御飯を食べ終えられたらすぐに・・すぐにアスラン殿下のお部屋に行って下さいね」
言うだけ言うと、パタンとドアを閉めて侍女長が出ていった。
「ロスベータ侍女長は、アスラン殿下の事になったら、猪突猛進過ぎ。それに振り回される私って・・。」
折角の貴重な朝寝の時間を潰されたミュゲが、ため息をついた。
でも、嘆いていても仕方ない。
ミュゲは侍女の服に腕を通した。
いつものように窓から部屋に入るミュゲ。
「待っていたよ。侍女長に聞いたと思うけど、私は自分自身の弱さと決別したいんだ」
やる気満々のアスランだが、どうも動きがおかしい。
「なんか・・・アスラン殿下の動き、カクカクして可笑しくないですか?」
「そ・・そんな事はないよ。いつもと一緒だよ」
言葉に嘘が見え隠れしている。
これはもしかして・・。
ミュゲは勘づいた。
「アスラン殿下、ちょっとしゃがんでみて下さい?」
「え?!」
狼狽えるアスランに、確信したミュゲは意地悪く指を下に向ける。
「ぐぬぬ」とアスランは唸るが、たかがしゃがむくらいで、異様に驚いているところが、実に怪しい。
「しゃがめばいいんだよね?」
「はい」
ミュゲが待っているが、アスランは中々行動に移さない。
「あの・・殿下、全身筋肉痛になっているのではないですか?」
「うっ・・。違うよ・・・。ちょっと足が痛いだけだ」
昨日の全力疾走のせいで、きっと全身の筋肉がばっきばきになっているのだろう。
「そんなに隠さなくても昨日は結構な距離を走りましたし・・。筋肉痛なんてよくなることです。恥ずかしくないですよ」
そう言っているミュゲは平気である。
「昔、庭師のおじいさんが年をとると少し動いただけで、筋肉痛になるって言ってたのを思い出したのだ・・・。だから、言えなかった。それに・・・」
羨ましげに見られ、アスランが何を言いたいのか分かった。
「へ? ああ、私が筋肉痛になってないからですか? アスラン殿下もこれから沢山運動したら、痛くならない体に変身できますよ!」
「本当に?」
「ホントです! だから、今日は休んで、明日から少しずつトレーニング始めましょう!」
まともに動けないので、今日は休んだ方がよいだろう。それに、明日からと言われたアスランは、明らかにほっとしていた。
次の日もやはり筋肉痛はあったが、ミュゲがどこからか調達してくれた薬を塗るとずいぶんと楽になっている。
アスランはミュゲが言う、簡単な体幹を鍛える動きを教えてもらった。
「腕立て伏せの形で、腕は肘からつく。そして、この形を保ってまずは1分しましょう」
プランクというのを、1分してみましょうとミュゲ。
だが、思った以上にこの体勢は辛い。
始めの10秒でお腹が下がり、20秒で完全に寝そべってしまった。
「ハーハー・・無理だ・・」
あまりの不甲斐ない結果に、情けなくなるが、出来ないものは出来ない。
「・・・・。うーん、今日も無理でしたね。筋肉痛が酷そうだし・・」
ミュゲに呆れられたと思いアスランの元気がなくなった。
しゅんとなったアスランを見て、ミュゲは慌てて言葉を追加する。
「初めはみんな、できないですよ。これから10秒ずつ増やしていきましょうね」
ミュゲが笑わずに、前向きに励ましてくれるのが救いだ。
「うん、そうだね。焦らず頑張るよ」
そう言うアスランの笑顔は、年相応の溌剌笑顔だった。




