09ー②まさか・・。
ミュゲの後を行くと、今まで通った事のない廊下、隠し通路、水路を通って警備の兵に見つからず易々と王宮の庭園付近に出る事が出来た。近くで噴水の音が聞こえている。だが、まだまだ通路は続いている。
「アスラン殿下、今通った道を覚えておいて下さいね。それとこの先の道も」
ミュゲが何故そういったのか分からないが、とりあえず返事をした。
「うん、分かったよ」
迷路のような隠し通路の中を、ミュゲが迷うことなく進むことに、アスランは不思議に思った。
「ミュゲはいつもこの通路を通って、王宮の外に出ているのかい?」
「いいえ、この通路は通りませんよ。だって、この通路は・・遠回りで面倒くさいんです。最近は城壁を飛び越してます」
「え? どこを飛び越すの?」
アスランが聞き返したところで、暗い通路の向こうに明かりが見えた。
「アスラン殿下、着きましたよ」
通路から出た外は、王宮から随分離れた、郊外の森の入り口の枯れ井戸だった。井戸には梯子が掛けられていて、難なく外に出ることができた。
アスランは久しぶりに、緑の木々の濃い空気を吸う。
幼い頃に母と一緒に、緑の葉が生い茂る森で走り回ったあの光景。
あの頃は、振り返ると母が、微笑んでいた。
そして今は、ミュゲが笑っている。
この笑顔を守りたいと強く思った。
「ねえ、ミュゲ。今日私に何かおきた時は、絶対に王宮に帰ってはいけないよ。ここに書いてある屋敷に向かうんだ」
小さく折り畳んだ紙を広げると、地図が書いてあった。宰相の屋敷までの地図だったが、ミュゲは話し半分でそれを受け取った。
「うーん・・。ロスベータ侍女長に3時までには帰りなさいって言われてるし、絶対に王宮に帰りますよ?」
アスランは返事をせずに頷く。
それを見て安心したミュゲが、アスランと手を繋いだ。
「アスラン殿下が迷子になってはいけませんので、手を繋いでいいですか? それと、アスラン殿下と町で呼べないので・・」
少し考えて、ピンと眉を跳ね上げる。
「あの・・。アーシュって呼んでもいいですか?」
「アーシュ・・・いいね。じゃあ、ミュゲはミューって呼ぶね」
「え? 私はそのままミュゲでも・・」そう言いかけたがアスランがなぜか残念そうな顔をするので、
「そうですよね。ミュー・・気に入りました」
「じゃあ、ミュー行こう!」
アスランの珍しく明るい様子に。ミュゲも嬉しくなりスキップする。
でも、手を繋いでるアスランは引っ張られて転びそうになった。
二人は木の実を拾ったりしながら
町に着いた時には、少々お腹がすく時間帯。
しかも、町には美味しそうな匂いで溢れている。
その屋台の側には幼い浮浪児がうろついているが、街の人々は誰も見えていないように扱う。
それを見たアスランの顔から、笑顔が
消える。
「アーシュ、あっち見に行きましょう」
今日ばかりは悲しませる物を見せたくないと、ミュゲはアスランをどんどん引っ張って行く。
そして、移動した先は、飴の計り売り屋。
店には大・中・小の可愛い絵が描かれた円柱状の蓋付きの缶が置いてある。
ミュゲは一番大きな缶を選び、二人でその中に一つずつ飴を入れていく。
「アーシュ、これ美味しそうですよ!」
目を輝かせているミュゲに、アスランも負けじとツヤツヤに光る飴を見せた。
「こっちも空色で綺麗だよ」
二人はクスリと笑って、一緒に缶に入れる。
一緒に選んだ飴でいっぱいになった缶を、秤に乗せてその金額を支払った。
するとお店のお姉さんが、「口を開けて」と言って、二人に1個ずつ飴を放り込んでくれる。
「二人が可愛いからおまけね」
「ありがとう。おねえさん」
「ありがとうございます」
それから二人は大きい飴をカラコロと鳴らして歩いていた。
「飴は昔、お母様がよく作ってくれたな」
「王妃様が飴を?」
飴屋の仕事を見たことがあるミュゲが驚く。
熱いうちに形を作る飴は、手が火傷する可能性もある。
「そうなんだ。私がよく咳をしていたから、のど飴を作ってくれたんだ」
「優しいお母さんだったんだ・・」
アスランがあの環境でこれ程優しいのは、きっとお母さんの影響なのだろう。
僅かな期間ではあるが、たくさんの愛情をアスランに注いだのがよく分かる。
ミュゲは、母の記憶はないが、沢山の人から家族のような愛情を貰った。
急に寂しさがミュゲに忍び寄る。
込み上げるホームシックが表面に出る前にミュゲは話題を変えた。
「もっと。色々なお店があるから、見に行きましょ!!」
二人は、文房具、アクセサリー、クレープ屋、いろんなお店を回った。
町を端から端まで歩き回ったところで、お腹が空いている事に気が付く。
「アーシュが食べたいって言ってたパン屋さんに行きませんか?」
途端にアスランの頬が嬉しそうに緩んだ。
アスランが嬉しそうな顔をする度に、ミュゲは満ち足りた気分になる。
もっと幸せそうに笑って欲しいと願わずにいられない。
パン屋に近付くと、焼きたてのいい匂いがしてきた。
「アーシュ、ここです!」
ミュゲは自慢げに、店を紹介する。
「わー、色々な種類のパンがあるんだ」
目を見開くアスランに、ミュゲの方がワクワクしていた。
「このパンも美味しそうだ。でも、このパンもクリームが挟んでいて甘くて美味しそう」
アスランが瞳をキラキラさせている。
「アーシュ、食べたいのがあったら全部買いましょう」
「えっ、いいの?」
パンを買って貰って嬉しそうにしているアスランを見て、王太子だと気が付くものはいないだろう。
「ふふふ、お金の心配はいりませんよ。今日の私は超お金持ちです」
ロスベータ侍女長から預かったお金を入れている袋を、じゃらじゃら鳴らして得意気である。
あまりにも嬉しそうな顔に、ここでもお店の主人が一つおまけをくれたくらいだ。
買ったパンを、広場にあるベンチで食べる事にした。
アスランが大きな口を開けてパクリとかぶり付く。
中から甘いクリームがはみ出てくる。それを上手に舐めて、さらにもう一口。
幸せそうに口の回りのクリームを舐めているアスランを見て、ミュゲの達成感は凄かった。
「私ばかり見ていないで、ミューもお食べよ」
「・・・でも、アーシュを見てたらそれだけで、もう・・お腹一杯というか、胸一杯で・・」
じっと、見られていてはアスランも恥ずかしくなり、プイッと顔を横に向けたが、ミュゲはやっとアスランの瞳に喜びという色の光りが灯ったのだ、見逃したくない。
見られ過ぎて居心地が悪くなったのか、「そろそろ、帰らないといけないな」とアスランが立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと待ってて下さい。最後に綿菓子を買ってくるので、それを食べながら帰りましょう? あっ、絶対にここを動かないで下さいね」
ミュゲは、そう言うと勢いよく綿菓子の屋台に走っていった。
一人残されたアスランはもう一度、ベンチに座りなおす。
そして、広場を改めて見る。
広場には屋台が出ているが、その回りを、お腹を空かせた子供たちがうろうろしている。
「今着ている私達の服よりも、ボロボロの服を着ているのだな」
アスランは呟くと心を痛めた。
王族とは一体何を守っているのだろう。
明るい広場とは反対に、細い路地に目をやれば、無数に頬の痩けた大人や子供がいる。
彼らの目はどんよりと濁っていて、生気はない。
ふと、他の路地に目を向ければ、大人がアスランと同じくらいの年の子供を、殴っているのが見えた。
ここまで、殴る音が聞こえているのに、通りすがりの大人達は見向きもしない。
その暴挙をアスランは見過ごすことなんてできなかった。つい走って路地に入ってしまう。
「よさないか!! 大人がそんな風に子供を殴れば死んでしまうだろう!!」
アスランの声に男が手を止める。
そして、ゆっくりと振り返ると、アスランの着ている服に目を付けた。
「なんだ、お前。俺を止めたんだから、金を寄越せよ。さもないと今度はお前を殴るまでだ」
さっきまで無表情の男は、急に血走った目を向けにやけだす。
「あれ? お前なら高く売れそうだな。なあ、そう思わないか?」
アスランの真後ろにも男がいつの間にか立っていて、大通りへの退路を塞がれていた。
そして、アスランは腕を取られて倒され、もっと路地の奥に入ってしまった。
「こいつは金持ちのババアに売れる!! 飛んで火に入るなんとかだな!」
「ああ、そうだ! こいつさっき女の子と一緒に歩いているの見たぜ」
後ろの男が言うと、子供を殴っていた灰色の髪の男は下品な笑みを浮かべ、今度はアスランを押さえつけた。
「おい、一緒にいた女の子をここに呼べば、お前は見逃してやるよ」
男はアスランに刃物を近付けながら、脅かす。
「誰が呼ぶものか!!」
ミュゲを守るためにアスランは抵抗する。
「じゃあ、痛い目を見て、一度考えろ」
灰色の髪が殴ろうとした時、もう一人の男が、「顔には傷を作るなよ」と止める。
「分かった。じゃあ、腹だな」
灰色の髪の男が拳を握り、アスランに殴り掛かった。




