08 アスランの微笑み
本日2回目の投稿です!
アスランは、話相手が出来たことで、毎日が楽しくてしょうがない。
楽しいと生きる意欲も湧いてくる。
そうなると、顔色も良くなるが、それをザラのスパイの侍女達に知られたくない。
特にあのレフターヌは、自分を観察するように見回すのだ。
鏡を見ると、今までどんな表情をしていたのか分からないほど、頬が上がっている。
これではいけないと顰めっ面を作るのだが、それさえも面白くて笑ってしまいそうだ。
なので、レフターヌがきた時は、常に俯くようにしていた。
しかし、元気いっぱいのミュゲがそばにいると、アスラン自身も動き回りたくなる。
以前は何をする気も起きなくて、じっとしていたのだが今は違う。
動きたくて少し部屋をうろうろするが、それだけでもお腹がすく。
そうなると、ミュゲがどこからかご飯を調達してきた。
先程ミュゲが持ってきてくれた、チーズが入っているパンは柔らかかった。
「このパン・・美味しい。私は初めて食べたよ」
「美味しいですよね。 このパンは私の領地でも作られてて、朝食の時は良く食べてました」
懐かしそうにパンを見るミュゲに、アスランがパンを一つ渡した。
「一人で食べるより一緒に食べたいんだ」
ミュゲが渡されたパンをじっと見つめ、そして口に入れた。
懐かしい味を長く味わえるように、少しずつ手でちぎって大切そうに食べる。
その食べ方が小動物がモシャモシャと食べているようで、アスランはミュゲを可愛く思う。
「領地にはどんなパンがあったの?」
アスランはミュゲの事が知りたくて質問をしたのだ。
だが、食に興味のないアスランがパンの話をしてわざわざ尋ねてきたものだから、きっとパンが好きなのだとミュゲは思ったようだ。
「えーっと、他には・・こんな大きなパンを半分に切って、分厚く焼いた玉子焼きを挟んで食べるんです。今度買って来たら、食べてくれますか?」
「勿論だよ」
「そしたら、また外に行って買って来ます」
まさか、警備の厳しい王宮の外に出て買いに行ったとは思わなかった。
「外って? 王宮から出たの?」
「はい!!」
「どうやって?」
「門が開いてたから、そこから出たんですけど・・・だめだったでしょうか?」
ミュゲは以前外に出ようと思ったら、外に出るには上司の許可書がないとダメだと言われ、出れなかった。
それで、ミュゲはスキル『隠密』の一つである、『同化』を使って荷馬車と同化し、バレないように外に出たのだ。
「よく警備の目を掻い潜って、外に出れたね。凄いな」
アスランが羨ましそうな顔をしたのをミュゲは見逃さなかった。
「殿下は王宮の外には、出られないの?」
ミュゲ、驚いてため口になる。
「うん、私が出ると護衛の人に迷惑がかかるだろう? だから、出ないよ」
アスランはそう言ったが、アスランが王宮の外に出ると分かれば、ザラ側妃に雇われた刺客に襲われるのは必定である。
しかし、アスランが恐れているのは、自分が襲われ死傷した場合、その護衛騎士も責任を負わされて処刑されるだろう。
アスランはそれを恐れている。
ミュゲはアスランが何かを諦めた時に見せる笑みが気になった。
アスランは、いつも多くの事を諦めて、そしてそれを体に溜めている。
「アスラン殿下、外に行きたいですか?」
アスランは微笑みながら、首を横に振った。
「いいや、行きたくないよ。私はここにいるのがいいんだ」
アスランが伏し目がちに微笑む。
今、またアスランは諦めた。
窓から外を見るアスランには生きる為の『欲』がない。
「アスラン殿下、誰にも内緒でお外に行きませんか?」
「・・・無理だよ」
アスランは返事を即答できなかった。うっかり、『行ってみたい』と答えそうになったのだ。
ミュゲが腕組みをして、小さなおでこに手を当てて悩んでいる。
このときミュゲは、絶対安全にアスランを王宮から連れ出せる道を考えていたのだ。
ミュゲの頭に王宮の入り組んだ道、間取り、警備の配置の情報が映し出され、より良いルート選択が浮かんだ。
「アスラン殿下、行けます! 絶対に安全なルートが。体が良くなったら行きましょう!」
ミュゲが手を出している。アスランが握り返してくれるのを待っているのだ。だが、アスランはその手をじっとみたまま躊躇っていた。
「行きたくないんですか?」
ミュゲがしゅんとする。
アスランにはお散歩を断られた子犬のように見えた。
アスランは心の中で葛藤している。『行きたいよ・・でも』と返事も出来ず、ぐっと拳を握る。
「あ、そうか! 侍女長の許可がないから返事が出来ないのですね?」
ミュゲはアスランが返事をしないのは、許可をとっていないからだと思ったらしい。パッと立ち上げると、どこかに消えてしまった。
アスランは彼女がいなくなって、ほっとしたのは、当然、許可なんか下りる訳がないと思っていたからだ。
確かに大人の許可なしに出掛ける事は出来ない。
でも、それよりも外に出ることが恐ろしくて、決断できなかったのだ。
きっと侍女長から許可は下りないだろう。折角誘ってくれたミュゲには悪いが、その方が良いのだと自分に言い聞かせた。
この王宮に閉じ込められて、見えるのは空と壁。
この部屋以外に出るのも憚られる自分の立場の弱さは、充分に理解している。
机の上のペンを取ろうとして、うっかり落としてしまう。
コン・・・。
その音がいやに響いた。
ミュゲがいない部屋はがらんとしていた。
前もこんなに静かだったのだろうか?
じっと待っていたが、中々ミュゲが戻らない。
もしかして、侍女長に必死でお願いしているのだろうか?
何度もしつこく願いをして怒られていないだろうか?
それにしても遅いな?
・・・・・・・。
弱虫の自分に愛想を尽かして、帰ってこないのでは?
音の無い部屋にまた一人?
ミュゲ?
どうして帰ってこない?
以前は全然平気だと思っていた一人の時間。
一度、人と話す楽しみを知ってしまえば、孤独が耐えられない。
アスランの顔が下を向き、足元を見る。もう、上を向けないかも・・。
その時、窓からミュゲが音もなく入ってきたが、その後、すぐに転倒した。
「痛ーーぁ!!」
声は落としているが、目に涙を溜めている。
ぼろ布を抱えて入ってきたのはいいが、その布を踏んで見事に転んでしまったのだ。
「ミュゲ・・大丈夫?」
机の角に額をゴンッとぶつけてしまったミュゲに近寄り、けがをしていないかアスランが確かめている。
外の騎士がノックと共に声をかけた。
いつも静かなアスランの部屋に、ゴンと打ち付けるような音がしたものだから何事かと驚いたようだ。
「アスラン殿下、何かございましたか?!」
「いや、大丈夫だ。物を落としただけだよ」
アスランのいつもの穏やかな返事に、騎士は入室せずに元の警護に戻る。
それを確かめて、アスランはミュゲにもう一度、声をかけた。
「凄い音がしたけど、どこか打ったの?」
痛かったが「血は出てないし、へーきです!」
ニカッと笑う。
額の痛みよりも、もっと大事なことをアスランに伝えたいミュゲは、痛みは我慢して、ぼろ布を広げて見せた。
「ロスベータ侍女長からお許しをもらいましたー!」
どうしてぼろ布が許可の証なのか分からないが、侍女長が外出許可を出した事が驚きだった。
「本当に侍女長が許したの?」
「はい! 許可をもらいました! でも、絶対に誰にも言わないで二人で行って来るようにって何度も言われましたけど!」
意味が分かると、アスランは恐くなった。
子供二人で行って来いとは、あまりにも無謀だ。
流石に王宮から出たことの無いアスランでも、町の治安の悪さは知っている。
つまり・・・・。
ロスベータ侍女長は町に出て行方知れずになれと言っているも同然なのだ。
どうして?
アスランの疑念が胸中に広がり始める。




