07 星の約束
自分の家族が危険に晒されると聞いて、ミュゲは父と兄を思い浮かべた。
体の大きな父。兄のイフサンも父に次いで16歳ながら199センチの大男。
二人は、魔獣も魔虫も一瞬にして消し去ることが出きる強者だ。
うーんと唸るミュゲを見て、アスランはミュゲが家族を心配していると勘違いしたようで、さらに説得を続ける。
「大事な家族をここの王宮に巣食う悪人に、殺されたくはないだろう?」
「え? 悪人って人間ですよね?」
アスランには、ミュゲの質問の意味が分からない。
「・・・・悪人とは人間だが・・?」
「じゃあ、私の家族は大丈夫。人間なら敵にもならないです」
屈強な一族に、一般論の話は通じるはずもない。
ダンメルス領は、先祖代々魔虫と戦っている。人間相手等、話にならないほど強い。
しかし、それを知らないアスランは、ミュゲの返答の意味が理解できなかったようで、別の言い方に変えて再び説得をしてきた。
「ミュゲの家族は、君がここにいるのを知っているのかい?」
領地をあげて出てきたのだから、家族と言わず、領民全て知っている。
「はい! 勿論知ってます。父がアスラン殿下をお守りしておいでって言ってましたし、そもそも、私がここに望んで来たんです」
汚れのないミュゲの瞳は眩しく、心を閉ざしそうな者には、希望を与える光りだ。
アスランが急に口を噤んだ。ミュゲは説得を諦めてくれたと、ほっとする。
この時、アスランは言葉を失っていたのだ。
(誰かが自分の味方になってくれるなんて・・・、そして守ると言ってくれた事はあっただろうか? しかも、こんなに側にいてくれたのはいつ以来だろうか・・)
「じゃあ、ミュゲ。約束して。
君自身が危なくなったら、すぐに逃げると・・・」
こう言われてもミュゲに逃げるつもりは毛頭ない。
でも、ここで『はい』と返事をしないとアスランの側にいられないような気がしてコクコクと頷いた。
暫くの間、二人は話していた。
誰かと他愛もない話をするのはいつぶりだろうとアスランは思う。
話し相手がいて、想像ではなく本物の声で返事が返ってくる。
この嬉しさに色々と質問をするアスラン。
話している途中で、ミュゲの言葉の抑揚に聞き覚えがあり、アスランは尋ねた。
「ミュゲは少しダンメルス特有の方言や話し方に似ているけど、ミュゲはダンメルスの領地から来たの?」
言われて驚くミュゲ。自分は王都の人たちと同じような言葉で話しているつもりだったからだ。
眼を開いて返事を忘れていると、再びアスランから質問をされた。
「ミュゲはダンメルス領の領主と縁故関係なの?」
ダンメルスの領地からわざわざ送り出されたのだから、領主と縁故関係なのか、それとも主従関係なのかどちらかだろうとアスランが質問をした。
だが、ミュゲの知っている単語に『えんこかんけい』という言葉がなかった。
良く似た言葉がミュゲの頭の中で繋がった。
(もしかして、怨恨関係って言ったのかな?)
ハッとして、ミュゲはすぐに否定する。
「・・・そんな(恐ろしい)ものではありません」
手を横に大きく振るミュゲを見て、主従関係かとアスランは納得した。
それに、もしダンメルスの領主の親戚なら、下級の侍女としてここにいるわけがないのだ。遠縁だとしても、流石に下級侍女はない。
「ダンメルス領で、ミュゲはどうして過ごしていたんだい?」
「えっと、・・領地ではみんな友達で、魔獣も友達で、じゃれあって遊んでました」
「・・・魔獣と友達って・・・怖くないの?」
「魔獣は怖くないです」
ミュゲは、えっへんと背筋を伸ばし、更に自慢げに続ける。
「それに、私。大きな虫も一人で殺せるようになりましたもの」
だが、ダンメルス領では『虫』といえば魔虫だが、それ以外の人に『虫』と言えば、小さい昆虫を想像するのが普通だ。
当然アスランもそうだった。
小さな虫を殺せると、嬉しそうに自慢するミュゲが可愛くて、「凄いね」と微笑んだ。
「うっ。眩しい・・」
自然な表情で微笑んだアスランを見た、ミュゲが胸を押さえている。
「どうしたの?」
アスランが心配そうに聞くと、ミュゲは跳ねるように立ち上がった。
「ちょっと待っててください。もっと、もぉぉーと凄いものをお見せします!!」
そう言い残し、いつものように窓から消えた。
3度目ともなると、アスランも既に見慣れた光景で、そこから出入りが当たり前のように思えて来るから不思議である。
窓から出掛けたミュゲは、当然のように窓から戻ってくると、葉っぱを沢山抱えていた。
「この葉っぱは?」
アスランは見たこともない葉っぱに首を傾げている。
ミュゲは、その葉っぱを細かく千切りながら、「秘密です」と言い、今度はその細かく切った葉をベッドの天蓋の天井の部分に貼り付けていく。
寝ているアスランのベッドの天蓋に張り付いて作業するのは、礼儀がなっていないと怒られる事だとわかっているが、アスランに笑ってほしいミュゲは、一心不乱に貼り付ける。
あまりに必死にやっているものだから、アスランも声をかけずにその作業を見守った。
ヤモリのように張り付いての作業に、首が疲れたのか、時折首を回しているが、ミュゲは休むことなく張りつけた。
昼食の後も夕食の後もペタペタと・・。
途中暗くなっては作業ができないので、部屋に明かりを灯した。
「終わった!!」
「ミュゲ、何をしてたの?」
漸くこの作業の結果がわかるのかと、アスランは珍しく興奮気味に尋ねた。
「待ってて下さいね。今明かりを消しますから。まずはカウントダウンですよ」
アスランの顔が少年のように期待に満ちている。
「5・4・3・2・1・0」
ミュゲが『ゼロ』と同時に明かりを消すと、ベッドの上の天井が星空のように光っていた。
「うあー・・・。きれいだぁー!!」
目をキラキラさせてアスランが天井を見つめている。その顔はここに来て初めて見れた王子様の本来の表情だと感じた。
肩は凝ってバキバキだったけれど、これが見れた今は、本望だ。
「この葉っぱは光り草って言って、葉っぱから出た液は暗い場所ではひかるんですよ! でも、枯れちゃうので、今日1日しか見れませんが・・」
「えー・・こんなに綺麗なのに、明日の夜にはもう見られないのか・・。残念だな」
アスランの顔が曇る。
慌てるミュゲ。
「じゃあ、元気になったらいつか私の領地に来ませんか? この天井の星より、もっともっと沢山の星があって、天空を埋め尽くす星空が見えるんです! それに本当の星はもっと瞬いて綺麗です。是非一緒に草原に寝っ転がって見ましょう!!」
「ミュゲの育った所か・・。見たいなそれに空を埋め尽くす星空か・・。すごいんだろうな・・」
アスランが遠い目をする。
アスランの輝くような微笑みを見たくて頑張ったのに、この表情をさせてしまったのは良くない。
「絶対に一緒に見ましょうね!!」
両手の握り拳に力を込めて、力強く約束するミュゲに、アスランは微笑む。
ミュゲに言われたら、本当に行けそうな気がした。




