職人コンビのお手伝いです
リビングで疲れたように伸びているミルレインとロイリス。珍しい仲間達の姿に、悠利は思わず首を傾げた。それぞれ職人の見習いとして日々修練に励んでいるこの二人は、人前でこんな風な姿を晒すことは殆どないのだ。
なので、心配になって思わず声をかけてしまった。
「ミリー、ロイリス、どうしたの?」
「あ、ユーリ……」
「ユーリくんですか……」
「いや、本当にどうしたの……?」
基本的に礼儀正しい二人にしては、あまりにも有り得ない態度である。悠利が声をかけてもぐったりと突っ伏したままで、返事も何というか適当な感じである。これは確実に何かがあったと物語っていた。
心配そうに問いかける悠利に、二人は顔を見合わせて苦笑した。疲れ切ったような笑顔だった。ちょっとそんな顔で笑わないでほしいと悠利は思う。心配が加速するので。
「少し、調べ物に苦戦しているだけですよ」
「そうだ。目当ての情報が見つからなくて疲れてるだけだから」
「調べ物? 二人が? どこで?」
「「書庫」」
悠利の問いかけに、二人は異口同音に答えた。書庫、その言葉が示すのは、ここ《真紅の山猫》アジトにある蔵書室である。小さな図書館レベルで色々な種類の本が収められており、クランメンバーは好きに使って良いとされている。
ちなみに、蔵書の大半はジェイクが購入して追加した私物である。ジェイクの私物が大半ではあるものの、皆が勉強に使うならどうぞというスタンスなのでクランの書物という扱いになっていた。……まぁ、そもそもジェイクの自室に収まらない量なのが理由であるが。
悠利はあまりお世話にならないが、仲間達が宿題や自習のために必要な本を探している姿を見ることはある。あと、使いはしないがお掃除はしているので、《真紅の山猫》の蔵書数がかなりのものであることは知っていた。
知っているからこそ、疲れ果てている二人になるほどと思ったのだ。
調べ物の情報が解っているなら本を探しやすいのではと思われがちだが、同じジャンルの本が幾つもあれば、その中から該当するものを探すだけでも一苦労だ。一応はジャンル分けをして本棚に並んでいるものの、たまに外れた場所に紛れていることもあるので。
「そんなに見つかりにくいものなの?」
「該当する植物の情報が入ってるものを探してるんだけど、植物系は数が多いからさ……」
「あー……」
ミルレインの説明に、悠利は確かにと思った。植物に関する書物は数が多い。そして、その範囲も様々だ。生育地別、種類別、効能別などで本が違っていたり、まったく無秩序に筆者の趣味で集められたものが記されていることもある。
一応は目次や索引みたいなものは存在するが、あまりにもざっくりとしていて、個別の植物名が書いていない場合も存在する。そうなると、一つ一つ確認しなければならないのだ。
「ちなみに必要な情報ってどんなの?」
「その植物の姿形と、色味」
「へー。何かに使うの?」
「職人祭でレオーネさんと一緒に作ってたアレに使うんだよ」
「あ、なるほど」
何をするためのものかを説明されて、悠利は納得した。職人祭で作っていたアレというのは、ミルレインが作った金属板二枚を重ねたケースに、ロイリスが植物などの模様を彫り込んだアイテムのことだ。それは、中に調香師であるレオポルドの香水を染みこませた布を入れて使うのだ。
鍛冶士見習いのミルレインが金属板を作り、細工師見習いのロイリスがそこに模様を彫り込むという合作だ。売れっ子調香師であるレオポルドとも協力した結果、継続的にお仕事として注文が入っているらしい。地味に売り上げは良いのだとか。
そして、この商品の特徴は、中に入れるレオポルドの香水と、絵柄を連動させているところにあった。香水は様々な原料を使って作られるが、それでもメインになる物は決まっている。そのメインのものを、ロイリスが模様として彫り込むのだ。
だから、彼らは作品を作るための資料として、絵が描いてあるものを探しているのだという。なお、ミルレインも一緒になって探しているのは、色を知ることによって金属板の色味を調整するためだ。二人共に必要な資料なのである。
しかし、蔵書数が多すぎてなかなか見つからない。ずっと本と睨めっこをしていてちょっと疲れてしまったので、二人してリビングでぐったりしていたというのが冒頭の光景の理由だったのだ。
とりあえず、悠利は何で二人が疲れているのかを理解した。お仕事のために頑張ろうとしていることも理解した。
理解したならば、悠利が取る行動はたった一つである。
「それじゃあ、僕が探そうか?」
「「え?」」
「どの植物かを教えて貰ったら、多分鑑定で探せるとおも……」
「その手があったか!!」
「ユーリくん、天才ですか!!」
「……二人とも、物凄く疲れてるんだね」
顔を輝かせて飛び起きた二人に、悠利は遠い目をした。悠利が規格外の鑑定能力の持ち主だというのは仲間達に知れ渡っているはずなのに、それを考えつかないぐらいには疲れて頭が回っていなかったらしい。頑張りすぎである。
勿論、悠利だってこれがお勉強だというのなら、簡単にお手伝いは申し出ない。でも、これはお仕事なのだ。そして、お仕事だというなら、きっと納期というものも存在するはずだ。だったら、二人のためにお手伝いをするのは良いことだと悠利は思うのである。
感動している二人を何とか落ち着かせて、悠利は二人と一緒に書庫へと向かった。必死に探していたと言う割りには、室内は綺麗だった。真面目な二人は、本を調べては本棚に戻すというのをきちんとやっていたのだ。偉い。
「それじゃあ、探してるのはどういう名前の植物か教えてくれる?」
「はい。このメモに記載されてるのが必要な分です」
「ありがとう」
ロイリスにメモを渡されて、悠利はさっと目を通す。そこには複数の植物の名前が書いてあった。一応、注釈のように簡単な特徴や色なども書いてあるが、これだけで絵柄を彫れというのは無理である。あくまでも探すための情報でしかない。
幾つかチェックが付いているものは、二人が見つけ出したものらしい。よく見たら、室内の作業台に何冊か本が置かれている。一つ一つ頑張って探していたのかと思うと、二人の生真面目さに思わずほろりとしてしまう悠利だった。もっと早く僕を呼んでくれたら良かったのに、と。
多分これがレレイやクーレッシュだったら、割りと早い段階で悠利に声をかけて協力を要請してきただろう。彼らは自分達に出来ることと、出来ないことを理解するのが早い。適材適所で誰かを頼るのが得意だ。
対してミルレインとロイリスは、職人見習いという性質が影響しているのか、自分が出来ることは自分でやらなければという考え方が強い。出来ないことは頼るが、この場合、時間がかかっても自分達で出来ることならば、自分達だけでやろうとしてしまうと考えれば良い。
それが悪いわけではない。責任感が強いとも言えるし、真面目だとか、根性があるとか言えるだろう。良い点でもあるのだ。ただ、お仕事関係であるし、無理をせずに頼ることも覚えれば良いのになぁと悠利は思ってしまっただけで。
「それじゃ、ちょっと待っててね」
「はい」
「あぁ」
二人に一言声をかけて悠利は意識を目の前の本棚に集中させる。手元のメモを見て、本棚と見比べる。知りたいのは、ここに書かれていて、まだチェックが入っていないものが書かれている書物だ。さぁ、どこにあるかとぐるりと本棚を順番に見る。
次の瞬間、ぽわぽわとあちこちに青い光が見えた。悠利の所持する最強の鑑定チート技能【神の瞳】は、悠利が知りたいものの中で、良い影響のあるものを青く光らせて教えてくれる。なお、反対に危ないものは赤く光る。解りやすい。
静かに見守ってくれている二人の気配を感じつつ、悠利は青く光った本をテキパキと本棚から取り出す。ひょいひょいと迷いなく本を取り出していく悠利の姿を見て、ミルレインとロイリスは感動したと言いたげな表情になっていた。
そして、二人が半日頑張っても揃わなかった必要な資料は、悠利の手によって一瞬で揃ってしまった。とんとんと、悠利は手にした本を作業台の上に並べる。
「とりあえず本はこんな感じ」
「ユーリ、ありがとう!」
「ユーリくん、本当に助かります……!」
大喜びで感謝を伝えてくる二人に、悠利はこのぐらい大丈夫だよーと笑っている。実際、悠利にとっては負担も何もない簡単なお仕事である。【神の瞳】さんは大変優秀かつ、使用者に一切の負担をかけない出来た技能なのである。
「ところで、どこに探してる情報が書いてあるかも探した方が良い?」
「え……?」
「そんなことも出来るのか!?」
「まぁ、出来ると思うよ」
二人の反応から、手伝った方が良さそうだなと思った悠利は、作業台の椅子に座って本をパラパラとめくり始める。じぃっと【神の瞳】で確認するのも忘れない。というか、それが本命である。
しばらくそうやってページをめくっていると、青く光るページが見えてくる。そのページで本を開き、目印として栞を挟んでは二人に渡す。それを何度も繰り返した。
呆気に取られている二人の前で、悠利はちゃっちゃと必要な情報を探し終わっていた。普段全然そういう使い方をしていないが、熟練の鑑定技能はこういう使い方も出来るのだ。
そう、別に悠利だから出来ていることではない。ある程度レベルの高い鑑定技能を持つ者ならば、難しくないのだ。勿論、レベルの低い者達には無理だけれど。
この世界における鑑定技能は、ある意味で壊れ性能と言われそうな強力過ぎる技能なのである。その練度を高めてた使い手は、ありとあらゆる分野で頼りにされるのだ。
しかし、悠利はそんなことは知らない。そして、普段の使い方は食材の目利きや仲間達の体調管理である。こんな風に調べ物に使うのはとても珍しいことだった。
そして、そんな悠利の姿しか知らないので、二人も手伝いを頼めると思わなかったのだろう。きっと、考えもしなかったのだ。鑑定で出来ることが色々あるのは理解していても、それと悠利がイコールで結びつかなかったに違いない。そういうこともあります。
「はい、これで全部かな」
「ありがとうございます!」
「助かったよ、ユーリ!」
全ての本に栞を挟んだ悠利に対して、ミルレインとロイリスは盛大に感謝を伝えてくれた。両サイドからぎゅーっと抱きつかれて、悠利はあははと笑った。これがレレイ達なら見慣れた光景だけれど、職人コンビがやっていると思うと珍しい。
それは、それだけ彼らが仕事に一生懸命向き合っている証拠だった。何せ、悠利に感謝を伝えた次の瞬間に、二人は資料を読みながら相談を始めている。
「ミリー、こちらはピンクっぽい色味らしいですけど、そういうのは出せますか?」
「強度と材料費と相談する必要はあるけど、ある程度は対応できると思う。全体がピンクの方が良いか?」
「いえ、模様を彫る部分にそういう色があればと思うんですが」
「なるほど」
ミルレインが用意する金属板は、一色ではないのだ。様々な金属を使って、加工方法も工夫して、色合いの異なる金属板を作るのだ。入れる絵柄に合わせて色味を調整する必要があり、それを相談するのだ。これは二人の合作であり、自分一人の判断で決めたりはしないのだ。相談して物事を決められるのは良いことです。
そんな風に額を付き合わせて相談する二人の姿を、悠利はにこにこ笑顔で見ていた。お仕事を頑張る仲間の姿は、何となく胸が温かくなるのである。
応援したいという気持ちと、自分の力がお役に立てたという喜びが同居する。基本的に普段の悠利は家事で皆のお役に立っているので、こういう方向でお役に立つのは珍しい経験になるのだ。
「二人とも、あんまり根を詰めないようにね」
「解ってる」
「大丈夫ですよ」
「ほどほどで切り上げて、水分補給に来るんだよー」
「「はーい」」
書庫から出る直前に悠利が告げた言葉に対して、ミルレインとロイリスは大変元気の良い返事をしてくれた。流石に書庫で水分補給はよくないので、一声かけることにした悠利なのだった。
後日、上機嫌の職人コンビから完成品を見せられて、一緒になって喜ぶ悠利の姿があるのでした。お手伝いをしたので、ちゃんと仕上がったのを見ると嬉しかったのです。
鑑定能力はこういう使い方も出来るけど、悠利のは【神の瞳】さんなのでやっぱりスペックがおかしいという……。
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