白縹の傷 sideクレア
ルカとレティが自由に自分自身を育て初めてからというもの、やはり思いもしなかった私たちの問題点というものが浮き彫りになってきました。
ルカは元々が精神的に強靭であるレア・ユニーク保持者ですが、それでも本格的にグラオのミッションへ組み込まれてからの彼は凄まじい勢いで「大人」になっていきました。
それは犯罪者とは言え人の命を奪う仕事をする者の覚悟とでも言いましょうか。つまり彼は圧倒的な力量で敵を蹂躙する「兵器としての白縹」に目覚めた上で、やるせない事件や陰惨な被害者を生み出した事件を目の当たりにして傷ついたり悩んだりしたのです。
これはアロイス先生も気にしていましたが、本来ならば心の柔らかい十六歳から受ける試練ではないと思います。軍部配置予定者として三年間心構えをし、新兵としてヴァイスへ配属され、教練を受けた上で初陣に出る――本来十九歳でそれらを経験し、それでもひどいショックを受ける者も多い。
それがわかっていてもルカはグラオの準構成員という道を選んだ。そして彼は見事にそれを克服して成長しました。
一方で、一年遅れてレティが「卒舎」しましたが、彼女も半々とは言え同じ道を選んだ。
レティも「私は刀剣に魅入られてしまったから、戦うために生まれたようなものよ」と覚悟を決めており、ルカ以上に近接戦闘への忌避感がない。ルカも「この能力を持つことを自分に許したのは僕だ。だから一番役に立てることをしてるだけだよ」と笑う。
――ですが、私が危惧する「私たちの問題点」は別の場所から噴出しました。
レティがセリナさんたちと他部族の街へ行ってはそれを肌で感じたいと思うのは良いことだと思います。ですが白縹が一度心を許し「友人」として懐へ入れた人物……ギルベルトから「裏切り者」と罵られた経験は、レティへ甚大な被害を及ぼしました。
白縹は「兵器扱い」を受け入れ、その結果刻まれた傷には滅法強い。
けれど「心を許した友人と酷い仲違いをする」ということに、滅法弱い。
そりゃ、どの部族の者でも友人と酷いケンカをしたら辛いでしょう。思い出したくもない記憶なのに、度々思い出しては落ち込むほど心に傷を負うかもしれません。
ですがレティの調子の崩し方は尋常ではありませんでした。
刀剣を出そうとしても、何も斬れなさそうな分厚い金属の塊がゴトンと出てきて落ちる。捕縛した犯罪者をジェイルで閉じ込めようとしたけれど、あまりに制御が覚束ないので「危険だと思う……」と言って中止しました。
「もし今出したら、その捕縛した犯罪者を鋼鉄でコーティングしてしまいそうだった」とレティは言う。
一体レティに何が起きているのかと、私たちはライシャへ聞いてみた。すると彼女は「時が解決するわ」と言葉少なに言うだけで沈黙してしまった。
それからレティはかなり落ち込み、でもアロイス「統括長」はレティへ一時的な戦力外通告を出さざるを得なかった。
……きっとお互いに相当辛かったことでしょう。
いま、レティは毎日一人で水晶の修練ルームに閉じこもっています。
セリナさんとの同行も、とても舞を合わせられない状況で迷惑をかけるのがわかりきっているので取りやめ。
あの時ルカがレティを泣かせてあげたので、この程度で済んでいるのかもしれません。レティ自身もここまで自分が調子を崩すとは思わず、表面上は平気なフリをしていたのに内心かなり焦ってしまったのもいけなかったのでしょう。
私もレビもレティへ何をしてあげたらいいのかわからず、まるでルカがレア・ユニークを発現させた時の再来だと嘆息する毎日。
――それでも私たちは、大切な仲間の復活を信じて待つしかありませんでした。
*****
私がいつものように月白のガルテンで本に没頭していると、三台のサーバーたちが話している内容に驚きました。
『月白!これを聞いてくれたまえ!すっごいよ?』
『……?? なんかタラニスの監視方陣からカナリアの歌が聞こえてくるよ。インナが来てたっけ?』
『ベルカントじゃないのか?』
『いやいや、聞いて驚きたまえヴェールマラン、これはレティの歌さ!』
『……は?』
月白の人格は私たち全員を混ぜて平均化させたもの。でもタラニスはフィーネ先生の思考パターンを参考にし、ヴェールマランはヘルゲ先生を模している。その三台は思考をやめず常に何かについて協議しているので、たまに重要なことを聞き逃しそうで怖いです。
それでガルテンにいる時は必ず「思考増殖」で三台の会話を聞くようにしていたのですが。
「……タラニス、どういうことですか?」
『おお、聞いてくれたまえよクレア!レティはだね、自分にガッカリしたまま腐るような子ではないということさ!修練に明け暮れ、ライシャと語り合い、自分を無理に「元の自分へ戻す」などと考えずに「新しい自分を見つけるいい機会」と捉えたのだね』
「なるほど、それは確かに前向きな思考であると思います。それで、どうしてレティがカナリアの歌を?」
『ふっふっふ、レティは間近でラザーンの歌を聞いて舞っていただろう?こちらの島で気分転換に剣舞ではない舞を踊ってみたり、楽器を演奏していたのだがねえ。大量に錬成できるのに言うことを聞かないマナを有効活用してみようなどと、楽しい発想をしたわけさ』
「……? はい、それで、何を?」
タラニスの言わんとしていることがなかなか掴めず、私はつい首を傾げてしまった。するとヴェールマランが『タラニス、要点を先に言わないのは悪い癖だ』と言って教えてくれました。
『クレア、つまり以前フィーネが開発した「マナの楽譜」を、レティは身一つで作り出してしまったのではないか?』
「あ……! Tri-D airy regionに使われている、インナ先生の歌を再現するための楽譜ですね?」
『へー!すっごいね!あれってフィーネだって何度も聞いて試行錯誤を繰り返したって言ってたのに』
『うう、酷いではないかヴェールマラン……ぼくが言おうと思っていたのに』
「……そうですか、ではレティはきっと、大丈夫ですね」
『うむ、ぼくから視てもとても気持ち良さそうに歌っているが?』
レティの心理状況の警報はずっとアラートを出し続けていたけれど、ここ数日ずっとそんな感じだったのでミュートにさせてあった。改めて見てみれば、レッドではなくオレンジまで危険値は下がっている。
私はとても安心し、他の兄弟たちへこっそりとそのことを知らせておいた。




