metalla pretiosiora sideレティシア
あれから私は、すぐにカーマインへ戻った。
ギルへきちんとさよならを言えたのも、彼へかけられた強力な洗脳を解くことができたのも、ルカやウゲツのおかげ。私はいい兄弟がいて幸せだと思った。
ルカとカミルさんはしきりに「迂闊だった、すまん」なんて謝ってくれたけど、彼らに向ける怒りなんて微塵も存在しない。パパにも言われたけれど、ギルがラウード会いたさに近場をウロついていたことは私だって聞いていたんだもの。
全部、タイミングが悪かったのよ。
ほんとにそう、タイミング。
もしギルが洗脳なんてされていなければ、あの広場で私が彼に会うことはなかっただろう。そして彼が任侠の家の人でなければ、あんな風に余所者をファイア・ブリックスへ連れて行って楽しませてやろうなんて思ってくれなかったかもしれない。
今回は、ご縁がなかったのよ、ギルとは。
少しだけ残念な気持ちを引き摺って、それでも舞には影響などさせない。あれから二回ほどハイモ副知事が「接待」を自宅でするためにパーティーを催していて、私はその度にセリナさんたちと一緒にあの家を訪れていた。
「やあ、今回は本当に世話になったよセリナ。それにしてもレティは素晴らしいセリナの後継者だね?独り立ちしたらぜひまた来てくれ」
「光栄ですわぁ、ハイモ副知事。でもレティはまだまだですの、私たちもこの子は可愛くて手放せませんからね?」
「はは、そう警戒しないでくれセリナ。君の愛弟子に無体な真似はせんよ」
ハイモ副知事は本当にそうなのか演技なのかがわからないけれど、対外的には「女好きでちょっとセクハラしちゃいそうなおじさん」という顔を持っている。今まで見た印象からは、それは「不審者を洗い出すための仮面」だと思うんだけどね。
今回ラウードを含めて相当数のスパイをあぶり出せたようで、彼は満足そうだった。カミルさんとルカがざっとカーマインを自動マッピングで診たところ、「第三の鍵を狙っている人物」はもういない。でも「マザーの蘇芳分体を狙っている人物」は三人ほど引っ掛かっていた。要するに直接攻撃でもしようとしているんだろうというのが、カミルさんの見解。
明日まで私はセリナさんたちと一緒にカーマインにいられる予定だけれど、その三人の捕縛へグラオが動くのは今晩。できたら私も作戦に入れてほしいとは伝えてあった。
ともあれ最後のステージも終わり、副知事邸で「まあまあの食事」をいただきながら小さな打ち上げを四人でしました。セリナさんは上機嫌で「レティと何回も踊れて楽しかったわ~」とワインを飲み、ラザーンさんには「一度も酔漢になんて触らせなかったでしょ?」と甘えていた。
「セリナ、お前もう酔ったのか?レティもいるんだからあまりくっつくなよ…!」
「んもう、ラザーンさんてば。うちのパパとママなら、今の時点で肩を抱いてキスくらいしてるわよぉ?美人の奥さんが逃げないように、しっかり捕まえておかなくっちゃダメ!ね、シンバさん?」
「ぶあっは!またしてもレティの勝ちだなラザーン!」
顔を真っ赤にしたラザーンさんは「レティも勘弁してくれー」なんて言って笑い出し、楽しいままその日の夜は更けて行った。
*****
『……レティ、起きてるか』
「ヤー」
『やっぱり例の三人が動き出した。マッピングの光点で見ているだけなんでな、目標の容姿は目視で確認できていない。こちらは俺とカイ、ルカで出動してるが……本当に合流するのか』
「カミルさん、私にもやらせて?ギルと蘇芳分体を見た時に外殻の組成は把握してるし。あっちが爆破しようが硫酸で溶かそうが、何もなかったみたいに修復してやるわぁ」
『そうか。じゃあルカと打ち合わせて合流してくれ、ゲートで出た瞬間に不可視にしてもらえよ?』
「ヤー」
すぐにルカに座標を知らせてもらい、私は不可視で彼の隣へ立った。
――そこは、蘇芳分体の外殻。鋼鉄ドームの頂上だった。
「……レティ、大丈夫?」
「ええ、問題ないわ」
「そっか」
「ルカも心配性ね?それよりタンランのスパイなら、変な体術を使うでしょ。気を抜いてケガしたりしないでね」
「そだね、まあカイとカミルがいるからって油断はしてないよ、大丈夫。……あ、来たよ」
マッピング画面の赤い光点の座標に、黒い服で全身を包んだ男が三人動いているのが見えた。それぞれ違う方角から忍び寄ってきていて、私たちがいるのに気付かず鉤付きのロープを使ってドームへ取りついてる。
「っは~、こんな原始的な方法で登るか。カミル、どう?」
『あー、こいつら希硫酸やめたのか。おもしれーな、今回は王水持ってきてるぞ』
「は?王水ぃ?」
「やあね、危ないわぁ。こっちはライシャに守ってもらうわね」
『おー、そうしろ。こっちはニコルに接続してるから気にしなくていいぞー』
「ヤー。それと、王水なら一時的に外殻をイリジウムでカバーしとくわ」
『んお?それが有効ならそうしとけ』
「ふふ、ヤー」
ふっと自分の内側へ意識を向け、ガヴィの魔法を感じた時のように「金属生成のスイッチ」を緻密に設定した。
――夜間とはいえ、いきなり外殻が銀色に光ったら悟られちゃうわね。じゃあイリジウムの上へ外殻と同じ合金の薄膜でもかけてあげようかしら。
「……まったく、王水まで持ちだすとか。私がいる時に計画実行だなんて……おばかさんね。――『メタッラ・プレティオシオラ』」
「貴金属」と名を付けたこのスイッチは、私が構築した金属生成を指定範囲へ即座に発生させていく。あら、あなたたちのロープについてる鉤までコーティングしちゃった。記念に外殻の飾りとして残していってね。
王水では解けない外殻へ変成してしまったことにも気づかず、三人の賊は頂上へ登って来てから目線で合図して頷きあった。そしていかにも「やってやったぞ!」みたいな満足げな素振りで王水を外殻へ流す。でも当然、解けたのは表面の薄膜だけよね~。
「……おかシくないカ?反応が鈍いナ……」
一人が外殻へ顔を近づけた時、カイさんとカミルさんがそいつ以外の二人を即座に締め上げた。あら……すごいわね、その二人って随分動きのいい器械武術使いだと思うんだけど。一瞬で首を捻ってキルしちゃったわ。
私はと言えば、せめて王水に顔面が付着しないように気を付けつつ……外殻を覗きこんでいた最後の一人を、いくつものU字の鋼鉄で外殻へ張り付けた。
「お、ナイス」
カミルさんは口笛を吹きながらそう言うと、その最後の一人が持っていた王水の容器を取り上げた。
「いよう、懲りないなラオダージェは」
「……ッグぅ……」
「王水ねえ、そうまでして外殻を溶かしてーか。残念だったな、恨むならアホな指示を出したターレンを恨めよ?」
そう言うと、カミルさんはそいつの鼻先に王水を一滴垂らして顔面蒼白にさせている。そりゃそうよね、自分にくっついたらとんでもないもの。そして散々脅した後でさくっとキルし、カミルさんは不満げに「はー、やっぱこいつら上層部のことなんも知らねえな」と言って死体処理へ入った。
「レティ、あの鉤そのままにするの?」
「あらいけない。冗談で飾りにしたげるなんて思ってたけど……隠密が信条のグラオの仕事じゃなかったわね」
もう一度メタッラ・プレティオシオラを発動し、あの鉤を飲み込みながらイリジウムの被膜を厚くしておいた。
……ふふ、ギル、次に誰かへ観光案内する時は気を付けて。もう蘇芳の外殻は四重じゃなくって、実は六重くらいになってるわよ?




