怪物
第三話まで読んでいただき、ありがとうございます。
少しずつ、日常だったはずの夏に違和感が生まれ始めます。
湊が見たものは何だったのか。
第四話も、楽しんでいただけたら嬉しいです。
「湊」
確かに、そう呼んだ。
僕は目の前の白い影を見つめる。
「……なんで」
声が震えた。
「なんで、僕の名前を知ってるんだよ」
白い影は答えない。
波の音だけが、僕たちの間を通り抜けていく。
「お前は一体、誰なんだよ」
もう一度聞く。
白い影はしばらく海を眺めていた。
「ハクト」
「……え?」
「そう呼んでくれればいい」
ハクト。
聞いたことのない名前だった。
「何なんだよ、お前」
「さあな.....」
「さあなって....!」
思わず声を荒げる。
「俺にもよく分からない」
「急に出てきて、僕の名前まで知ってて……」
ハクトは何も言わなかった。
その態度が、余計に腹立たしかった。
「それに……」
僕は三つのキーホルダーを握りしめる。
「さっき、また逃げるのかって言ったよな」
「言った」
「またってなんだよ」
ハクトが僕を見る。
「僕の何を知ってるんだよ!」
風が吹いた。
白い輪郭が、わずかに揺れる。
「知ってるさ」
その一言に、胸の奥がざわついた。
「……何を」
「お前が、どうしてここにいるのかも」
視線が手元へ落ちる。
「その三つが、誰のものなのかも」
僕は反射的にキーホルダーを握りしめた。
「なんで……」
ハクトの視線が、シャチへ向く。
「朝陽」
息が止まる。
そして、イルカへ。
ほんの少しだけ、ハクトの目が細くなった。
「結衣」
「……っ」
僕は一歩後ずさった。
「なんで知ってるんだよ!」
ハクトは答えない。
「誰なんだよ、お前!」
「……あの日」
ハクトが静かに言った。
「あの道で、お前は何かを見ただろ」
頭の奥で、
何かが弾けた。
夕暮れの道路。
転がっていくクジラ。
朝陽と結衣の声。
背中を押された感覚。
そして――
道路の向こう側。
人のようで。
でも、人ではない。
何か。
「……見た」
あの日から、
何度も夢に出てきた。
「いた」
僕はハクトを見る。
「あそこに……何かいた」
ハクトは静かに目を伏せた。
「やっぱり、あれが……」
言葉が詰まる。
「朝陽と結衣を……?」
ハクトは答えなかった。
ただ、
海を見つめていた。
「答えろよ!」
波の音に負けないくらい叫んだ。
「お前、知ってるんだろ!」
ハクトがゆっくりと僕を見る。
「……あの日の事故は、偶然じゃない」
「え?」
一瞬、
波の音さえ消えた気がした。
「あの日、あの場所には――」
ハクトは言葉を止める。
そして、
静かに続けた。
「怪物がいた」
「……怪物?」
思わず笑いそうになった。
そんな馬鹿な話があるわけない。
なのに。
僕は笑えなかった。
見てしまったから。
あの日。
確かに。
人ではない何かを。
「じゃあ……」
喉が震える。
「あいつが……朝陽と結衣を?」
ハクトは、何も答えなかった。
その沈黙を、
僕は肯定だと思った。
「……どこにいる」
「湊」
「そいつは今、どこにいるんだよ!」
気付けば、
僕はハクトに詰め寄っていた。
「教えろよ!」
「知って、どうする」
「決まってるだろ!」
握りしめたキーホルダーが手のひらに食い込む。
「朝陽と結衣を殺したんだぞ!」
ハクトは僕を見つめていた。
怒るでもなく、
止めるでもなく。
ただ、
どこか悲しそうな目で。
「……何だよ」
その目が嫌だった。
「なんでそんな顔するんだよ」
ハクトは答えない。
やがて、
小さく呟いた。
「変わらないな」
「……え?」
「何でもない」
海から強い風が吹いた。
思わず目を閉じる。
次に目を開けた時、
ハクトは少し離れた場所に立っていた。
「待て!」
白い輪郭が、夜の中へ薄れていく。
「まだ何も聞いてない!」
ハクトは僕に背を向けた。
「明日」
「……明日?」
「日が沈む頃、またここへ来い」
「待ってよ!」
白い姿が、
夜の闇に溶けていく。
「ハクト!」
返事はなかった。
残ったのは、
波の音と、
手の中の三つのキーホルダーだけだった。
僕は海を見つめる。
怪物。
そんなもの、
信じられるはずがない。
でも。
あの日、
僕は確かに見た。
人のようで。
人ではないものを。
あれが、
朝陽と結衣を奪ったのだとしたら。
僕はもう一度、
三つのキーホルダーを握りしめた。
さっきまで、
全部終わらせようと思っていた。
なのに今は。
もう一度、
あいつに会いたいと思った。
サマータイム・トラベルep.4を見ていただきありがとうございました。
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