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狭間の王

空は、どこまでも青かった。


蝉の声が響く。


照り返す日差しが、


アスファルトを白く揺らしていた。


昨日までと、


何も変わらない夏。


だけど。


「……また出たか。」


路地の奥から、


黒い影がゆっくり姿を現した。


一体。


また一体。


その後ろから、


さらに二体。


怪物だった。


僕は右手を前へ伸ばす。


黒い粒が集まり、


一本の剣になる。


もう迷わない。


地面を蹴る。


怪物が腕を振る。


それより速く、


僕の剣が走った。


黒い身体が、


真っ二つになる。


そのまま崩れ、


黒い欠片だけが残った。


僕は立ち止まらない。


次の怪物へ踏み込む。


一閃。


また一閃。


三体目。


四体目。


剣を振るたび、


怪物は音もなく消えていく。


「……」


息は乱れていない。


昨日までとは違う。


身体が軽い。


視界も広い。


何より。


怪物の動きが、


遅く見えた。


「これなら……。」


ハクトはいない。


隣で笑う声も、


もう聞こえない。


それでも。


僕は戦えていた。


最後の一体を斬り裂く。


黒い欠片が、


胸へ吸い込まれる。


その瞬間だった。


ドクン──


「……!」


胸が強く鳴る。


今まで感じた気配とは、


比べものにならない。


身体の奥を、


直接掴まれたような感覚。


ドクン──


「……どこだ。」


辺りを見回す。


その時。


残っていた怪物たちが、


一斉に動きを止めた。


そして。


僕じゃない。


ある一点を見ていた。


「……?」


視線を追う。


交差点の向こう。


陽炎の揺れる道路に、


一体だけ立っていた。


黒い身体。


人と変わらない大きさ。


角もない。


翼もない。


ただ。


そこに立っているだけ。


なのに。


「……。」


息が苦しい。


足が、


前へ出ようとしない。


本能が叫ぶ。


近付くな。


「……まずい。」


口から、


自然と言葉が漏れた。


あれだけは、


他と違う。


僕は剣を握り直す。


残っている怪物を無視して、


一直線に走った。


怪物も、


ゆっくり歩き始める。


距離が縮まる。


十メートル。


五メートル。


三メートル。


僕は地面を蹴った。


「はああぁっ!」


一気に懐へ飛び込む。


剣を振る。


ガンッ!!


重い。


今まで戦った怪物とは、


まるで違う。


それでも。


押し切れる。


力を込める。


怪物の腕を弾き、


胸へ刃が届く。


黒い身体が裂けた。


怪物が、


初めて後ろへ下がる。


「……!」


いける。


僕は追う。


右。


左。


横薙ぎ。


突き。


斬って、


斬って、


斬り続ける。


怪物の身体には、


次々と傷が刻まれていく。


反撃も受ける。


肩を裂かれる。


脇腹を抉られる。


血が流れる。


それでも止まらない。


傷は再生する。


怪物も再生する。


互いに血を流しながら、


何度も剣をぶつけ合う。


そして。


「終われぇぇぇっ!!」


渾身の一撃が、


怪物の胸を斜めに切り裂いた。


黒い身体に、


大きな亀裂が走る。


怪物が膝をついた。


僕も膝をつく。


肩で息をする。


腕は震え、


剣を握る手も痺れていた。


それでも。


笑みが浮かぶ。


「……勝った。」


怪物は動かない。


亀裂は、


胸の奥まで達していた。


あと少し。


あと一撃もいらない。


そう思った。


怪物が、


ゆっくりと顔を上げる。


そして。


大きく口を開いた。


「グギャアアアアァァァァ──────ッ!!!」


その咆哮が響いた瞬間。


世界から、


音が消えた。


風が止む。


蝉が鳴き止む。


波が止まる。


時間が止まった。


そう思うほど、


世界は静まり返っていた。


「……何だ。」


遠くで、


一体の怪物が崩れた。


黒い身体が、


砂のようにほどける。


「……?」


また一体。


また一体。


町中で。


森で。


海岸で。


見える範囲の怪物すべてが、


音もなく崩れていく。


黒い粒となったそれらは、


空へ舞い上がる。


一本の流れになる。


二本。


十本。


百本。


数え切れない黒い奔流が、


空を覆い始めた。


それは迷わない。


一直線に。


目の前の怪物へ。


還っていく。


「……そんな。」


僕は立ち尽くした。


止められない。


近付けない。


空を埋め尽くすほどの黒が、


すべて、


目の前の一体へ流れ込んでいく。


胸の亀裂が、


ゆっくり閉じ始めた。


傷が治っているんじゃない。


身体の内側から、


何かが満ちていく。


腕が軋む。


骨が鳴る。


背中が裂け、


黒い棘が姿を現す。


空気が重い。


息が吸えない。


身体が、


震える。


怪物は、


静かに一歩踏み出した。


その一歩だけで、


地面が揺れた。


ドクン──


胸のコアが鳴る。


今までで一番強く。


まるで、


目の前の怪物に応えるように。


怪物は何も喋らない。


ただ。


真っ直ぐ、


僕だけを見ていた。


その視線の先にあるのは、


僕じゃない。


僕の中にある、


コアだった。


僕は初めて、


剣を握る手から力が抜けた。


勝てない。


その言葉だけが、


頭の中に響いていた。

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