表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

異変

階段を下りる。


一段。


また一段。


後ろから、


足音は聞こえない。


「……」


振り返る。


誰もいない。


分かっている。


それでも、


何となく振り返ってしまった。


前を向く。


階段を下りる。


蝉の声が、


朝からうるさかった。



坂道を下りて、


住宅街へ出る。


いつもと同じ町だった。


自転車が通る。


遠くで、


犬が吠えている。


何も変わっていない。


変わったのは、


一つだけ。


「……」


ドクン――


足が止まった。


胸を押さえる。


「……怪物?」


辺りを見る。


いない。


でも、いる。


どこかに。


胸の奥が、


そう言っている。


ドクン――


今度は、


さっきより強い。


右を見る。


細い路地。


その奥。


黒いものが、


ゆっくり姿を現した。


「……」


四本の足。


細長い身体。


顔らしいものはない。


怪物が、


こちらを向く。


ドクン――


「僕を探してたの?」


怪物が、


地面を蹴った。


「――っ!」


右手を伸ばす。


黒い粒が集まる。


剣を握る。


怪物が飛びかかってくる。


身体を横へずらす。


すれ違う。


そのまま、


剣を振った。


黒い身体に、


刃が入る。


怪物が振り返る。


もう一度、


地面を蹴った。


「……!」


伸びてきた腕を避ける。


一歩、


踏み込む。


剣を振り抜いた。


怪物の身体に、


亀裂が走る。


そのまま、


黒い塵になって消えた。


「……」


剣を下ろす。


勝てた。


一人で。


足元を見る。


何も落ちていない。


「欠片は……ないか」


剣を消す。


その時。


ドクン――


「……?」


また、


胸が鳴った。


今倒したはずなのに。


ドクン――


「……」


一度。


ドクン――


もう一度。


違う。


一つじゃない。


ドクン――


ドクン――


ドクン――


「……何?」


前を見る。


道路の向こう。


黒い影が、


立っていた。


一体。


もう一体。


「……」


振り返る。


路地の奥から、


何かが這い出してくる。


屋根の上にも、


黒いものがいた。


「ちょっと……」


胸の奥が、


鳴り続ける。


右から。


左から。


後ろから。


どれが、


どの怪物の気配なのか。


もう分からない。


「多すぎるよ……」


一体が、


こちらへ走り出した。


続いて、


もう一体。


「……っ」


右手を伸ばす。


黒い粒が集まる。


剣を握った。


一体目。


振り下ろされた腕を避ける。


斬る。


二体目。


横から飛び込んでくる。


身体を沈める。


頭の上を通り過ぎた。


振り返る。


剣を振る。


黒い身体が崩れる。


「……!」


後ろ。


振り向く。


ガードしきれない。


身体が、


道路へ転がった。


「痛っ……」


すぐに起き上がる。


三体。


いや。


まだいる。


怪物たちは、


周りの人間を見ていなかった。


僕だけを、


見ている。


「……僕か」


剣を握り直す。


「やっぱり、僕なんだね」


怪物が、


一斉に動いた。



何体倒したのか、


分からなくなった。


息が上がる。


汗が、


頬から落ちる。


「……っ」


剣を振る。


一体が消える。


すぐ後ろから、


別の怪物。


振り返る。


斬る。


黒い塵が、


辺りに散る。


足元には、


いくつかの欠片が落ちていた。


でも、


拾っている暇がない。


「……まだ?」


遠くを見る。


黒い影。


こっちへ向かってくる。


「ほんとに……多いね」


剣を構える。


ハクトなら、


何て言うんだろう。


そんなことが、


一瞬だけ頭に浮かんだ。


「……」


考えるのをやめる。


地面を蹴った。


一体。


二体。


三体。


剣を振るたび、


黒い塵が舞う。


腕を掠める。


痛い。


それでも、


止まらない。


また一体。


最後の怪物が、


崩れた。


「……はぁ」


剣を地面へ突き立てる。


息を整える。


辺りを見る。


いない。


胸の奥も、


静かになっていた。


「……終わった?」


返事はない。


「……」


剣を見る。


「そうだった」


手を離す。


剣が、


黒い粒になって消えた。



道路に散らばった欠片を、


一つずつ拾う。


触れるたび、


黒い粒になって身体へ入っていく。


ドクン――


一つ。


ドクン――


二つ。


身体が、


少し熱くなる。


三つ目。


また、


身体へ吸い込まれる。


「……」


最後。


少し離れたところに、


一つだけ落ちていた。


「……?」


今までのものより、


大きい。


指先ほどだった欠片とは違う。


手のひらに収まるくらいの、


黒い塊。


近づくと、


胸が鳴った。


ドクン――


「……これ」


しゃがむ。


手を伸ばす。


触れた。


瞬間。


バキッ――


「――っ!」


欠片に、


亀裂が走った。


黒い粒が、


一気に右腕へ入り込む。


「……っ!」


熱い。


胸を押さえる。


ドクン――


ドクン――


ドクン――


「何……これ……」


心臓の音が、


頭の中まで響く。


身体の奥で、


何かが動く。


視界が、


揺れた。


「……っ」


立っていられない。


膝をつく。


ドクン――


その瞬間。


音が、


消えた。


「……?」


蝉の声がしない。


顔を上げる。


「……え」


道路、家、空。


何も、


変わっていない。


でも。


少し先。


自転車に乗った男の人が、


止まっていた。


「……?」


自転車ごと、


動いていない。


空を見る。


鳥がいた。


翼を広げたまま、


空中で止まっている。


「……は?」


風で舞っていた葉が、


目の前に浮いていた。


落ちない。


動かない。


「……」


立ち上がる。


僕だけが、


動いている。


道路へ出る。


辺りを見る。


全部、


止まっていた。


一歩、また一歩。


音がしない。


自分の足音すら、


聞こえなかった。


「……」


手を伸ばす。


空中に止まっている葉へ、


指先が触れる。


その瞬間。


ドクン――


世界が、


歪んだ。


「――っ!」


道路が揺れる。


家が揺れる。


空が、


大きく曲がった。


一瞬だけ。


その向こうに、


何かが見えた。


暗い。


何もない。


空も。


海も。


地面すらない。


ただ、


どこまでも続く、


何もない場所。


「……」


そこに、


何かが浮かんでいた。


光。


いくつも。


遠くに。


近くに。


数え切れないほど。


「何……あれ」


手を伸ばす。


ドクン――


「――っ!」


蝉の声が、


一気に戻った。


「……!」


自転車が、


目の前を通り過ぎる。


鳥が、


空を飛んでいく。


葉が、


地面へ落ちた。


車の音。


人の声。


風の音。


全部が、


戻ってきた。


「……」


その場に、


立ち尽くす。


さっきまでと、


何も変わらない町。


胸へ手を当てる。


鼓動は、


もう静かになっていた。


「……何だったの」


空を見る。


青い空。


いつもの空だった。


でも。


さっき見えた、


あの場所。


何もない世界。


そして。


そこに浮かんでいた、


いくつもの光。


「……」


右手を見る。


僕はまだ、


知らなかった。


さっき自分が、


ほんの一瞬だけ。


この世界から


外れていたことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ