サマー・タイムトラベル
狭間の王は、
静かに僕を見つめていた。
何も言わない。
ただ、
僕の胸の奥にあるコアだけを見つめている。
「……まだだ。」
震える足に力を込める。
立ち上がる。
ここで終われない。
お前を倒すまで。
僕は剣を握り直した。
狭間の王が動く。
一歩。
その一歩だけで、
地面が砕けた。
次の瞬間。
僕の身体は吹き飛ばされていた。
「がっ……!」
何本もの木をなぎ倒し、
地面を転がる。
骨が折れる音がした。
それでも。
身体は再生する。
立ち上がる。
もう一度、
狭間の王を見る。
「……来い。」
僕は地面を蹴った。
剣と腕がぶつかる。
火花が散る。
衝撃で腕が痺れる。
それでも止まらない。
斬る。
弾かれる。
斬る。
弾かれる。
何度も。
何度も。
何度も。
狭間の王の身体には、
少しずつ傷が増えていく。
僕の身体も、
傷だらけだった。
血が流れる。
呼吸が苦しい。
視界が霞む。
それでも。
「僕は……!」
剣を強く握る。
「負けられない!!」
最後の力を振り絞る。
黒い剣が、
真っ直ぐ狭間の王を貫いた。
静寂。
狭間の王は、
何も言わない。
ゆっくりと僕を見る。
その身体に、
一本の亀裂が走った。
パキッ──
音を立て、
全身へ広がる。
そして。
黒い身体は、
無数の粒となって崩れ落ちた。
風に舞う黒い粒は、
逃げなかった。
すべて、
僕の身体へ還ってくる。
胸のコアが、
強く鼓動した。
ドクン──
ドクン──
ドクン──
眩しい光が溢れる。
身体の中で、
何かが一つになっていく。
景色が、
止まった。
風も。
波も。
時間さえも。
僕は、
理解した。
「……これが、次元の力」
「その力は強大だ」
「誰だ......!」
「私はフリーランドの王」
聞き慣れないその声がまるで僕の脳に直接話しかけるようだった。
「次元の力は一度だけ過去に戻ることができる」
「だが、その代償は命だ」
「お前と、お前の中にいる怪物は消滅する」
不思議と、
怖くはなかった。
朝陽と結衣が、
助かるなら。
それでいい。
「どうすればいい」
「目を閉じて、心の中にあるコアを呼び覚ませ」
僕は目を閉じた。
次の瞬間。
身体中を黒い稲妻が覆う。
身体が細かく黒い粒に変わり、
消える感覚があった。
目を開けた。
景色が変わる。
懐かしい匂い。
三人の笑い声。
そして。
道路を走る一台のトラック。
荷台には、
黒い怪物がいた。
狭間の王になる前の、
あの怪物だった。
少し離れた場所。
白い影が立っている。
ハクトだった。
ハクトは、
未来の僕を見て、驚いていた。
そして、少しだけ笑った。
「ありがとう」
その一言だけ残し、
怪物へ向かって走る。
怪物が飛び出す。
その瞬間。
僕の剣が走った。
一閃。
怪物は、
声を上げる暇もなく、
黒い粒となって崩れた。
朝陽と結衣は、
何が起きたのか分からないまま、
立ち尽くしていた。
二人に怪我はない。
それだけで、
十分だった。
「よかった……。」
胸が熱くなる。
その時だった。
僕の身体が、
足元から、
白い粒になっていく。
消える。
もう時間だった。
僕のことは、
もう覚えていられない。
それでいい。
二人が生きていてくれれば。
それだけで。
僕は微笑んだ。
でも、最後に好きだと伝えたかった。
風が吹く。
僕の身体は、
光の粒となって、
夏の空へ溶けていく。
「そうか、やっと終わるんだな」
ハクトはそう言い残して、
静かに消えていった。
そして。
世界は、
新しい未来を選んだ。
「痛ってて......結衣、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「なんだったんだ今のは」
「大丈夫だっかい?!嬢ちゃんたち!」
トラックの運転手が慌てた様子でこちらを見ている。
「大丈夫でした」
「そりゃよかったよ」
運転手はシートベルトをつけ直し、
車を動かした。
波の音だけが、
静かに響く。
「あれ?」
朝陽が足を止める。
足元に
クジラのキーホルダーが落ちていた。
朝陽は拾い上げる。
少し歪み、傷だらけのキーホルダーだった。
その時。
波に反射した夕日の光が、
クジラを照らした。
その光は、
朝陽のバッグに付いたシャチ。
結衣のバッグに付いたイルカにも反射する。
三つのキーホルダーが、
きらりと輝いた。
朝陽は、
その光を見つめたまま、
動けなかった。
胸が苦しい。
理由は分からない。
涙だけが、
頬を伝っていく。
「どうしたの?」
結衣が声を掛ける。
朝陽は、
小さく首を振った。
そして、
ぽつりと呟く。
「分からない……」
「でも誰かを、忘れている気がする。」
結衣も、胸の奥が締め付けられる。
何故か、涙が止まらなかった。
海の方から風が吹く。
夏はまだ始まったばかりなのに、
夏の終わる海の匂いがした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
明日は新作の短編6日間に分けて投稿します。




