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約束の紐

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第二話では、三人の日常と、あの日に交わした何気ない約束が描かれます。


何気ない会話や笑顔が、どれほど大切だったのか。


ぜひ、彼らの夏を見届けていただけたら嬉しいです。

「……眠い」


一時間目。


窓から入る風が気持ちよくて、僕は机に頬杖をついた。


「白波ー」


先生の声が飛ぶ。


「起きてるかー?」


「は、はい!」


教室に笑いが広がる。


後ろの席から朝陽が小さく笑った。


「一時間目から寝るなよ」


「だって……」


「昨日ゲームしてたんだろ」


「ち、違うよ」


「図星だ」


昼休み。


三人はいつものように中庭のベンチでお弁当を食べていた。


「結衣、それ卵焼き?」


「うん」


「一個ちょうだい」


「はい」


結衣は迷わず朝陽のお弁当に卵焼きを入れた。


「えっ、僕は?」


「湊も食べる?」


「う、うん」


「はい」


「……結局みんなに優しいじゃん」


朝陽が笑う。


「だから言ったでしょ」


結衣は少しだけ頬を膨らませる。


「やっぱり朝陽にあげなければ良かった」


「ひでぇ」


「ふふっ」


他愛もない話。


でも、それが楽しかった。


僕は自分のクジラのキーホルダーを指で軽く弾く。


結衣のイルカも、小さく揺れていた。


三人そろっている。


それだけで、なんだか安心した。


「なぁ」


「今年の夏祭りさ」


「うん?」


「三人で浴衣着て行こうぜ」


僕は一年前のことを思い出した。


「いいけど、去年の夏祭りの時破けちゃったままなんだよね」


「じゃあみんなで買いに行こうぜ」


朝陽はガッツポーズしながら言う。


「俺はすっごい派手な浴衣着るぜっ!」


「僕は、普通のにしようかな」


「なんだよ湊、お前も派手なやつにしようぜ」


結衣が僕たちの間に割って入る。


「朝陽、無理強いはぶーだよ」


「へいへい」


朝陽は頭を掻きながら笑った。


「じゃあさ、三人で写真撮らなきゃだね!」


「うん!」


「あと、朝陽の派手な浴衣、見てみたいかも」


三人の間に、ほんの少し沈黙が生まれた。


「…..ぷっ、あっははは」


結衣が吹き出す。


僕も堪えきれずに笑った。


「なんだよ!」


朝陽が恥ずかしそうに言う。


「ごめん。派手な浴衣着てる朝陽想像したら、おかしくって」


そう言いながら、結衣は口元を押さえてくすくすと笑った。


「お前らなぁ」


そう言った朝陽も、最後には一緒になって笑っていた。



放課後。


いつもの坂道を三人で歩く。


潮風が心地いい。


「海寄る?」


僕が聞く。


「当たり前」


朝陽は即答した。


「毎日飽きないね」


結衣が呆れたように笑う。


「海は毎日違うんだよ」


「何それ」


「知らん」


「適当じゃん」


また笑う。


海沿いの歩道。


夕日が水面を赤く染めていた。


その時だった。


「ん?」


朝陽が立ち止まる。


「湊、お前」


「え?」


「キーホルダー」


僕は鞄を見る。


クジラのキーホルダーが、金具から外れかけていた。


「あっ……」


手を伸ばすより早く、


カラン、と乾いた音が響く。


青いクジラは道路へ落ちた。


ころころと転がっていく。


「待って!」


僕は思わず駆け出した。


その瞬間だった。


「湊ッ!!」


朝陽と結衣の叫び声。


朝陽に背中を強く突き飛ばされる。


視界が大きく揺れた。


地面に倒れ込む。


その瞬間だけ。


道路の向こう側に、何かが立っていた。


人のようで。


でも、人ではない。


それがこちらを見ている気がした。


次の瞬間。


耳を裂くような衝撃音。


タイヤが軋む音。


ガラスの砕ける音。


誰かの悲鳴。


「……朝陽?」


返事はなかった。


「結衣……?」


目の前が赤く染まっていた。


何が起きたのか分からない。


ただ、


僕のクジラのキーホルダーだけが、


血の付いたアスファルトの上に転がっていた。



目を覚ますと、


白い天井が広がっていた。


消毒液の匂い。


静かな病室。


「……ここ……」


身体を起こそうとすると、


胸に鈍い痛みが走る。


扉が開いた。


父だった。


その顔を見た瞬間、


胸の奥が嫌な音を立てた。


父は何も言わなかった。


しばらく黙ったまま、


僕を見ていた。


そして、小さく口を開く。


「……朝陽くんは、亡くなった」


頭の中が真っ白になった。


何も聞こえない。


何も考えられない。


「でも、結衣ちゃんは……まだ生きてる」


その言葉だけが、暗闇の中に差し込んだ、たった一つの光だった。


「……会わせて」


かすれた声で言う。


父は静かに頷いた。


病室の窓の外では、


あの日と同じように、


海が静かに揺れていた。

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