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夏が終わらなければ

はじめまして。『サマータイム・トラベル』を開いていただき、ありがとうございます。


この物語は、とある海辺の町で過ごす、三人の高校生のひと夏を描いた物語です。


何気ない毎日が、いつまでも続くと思っていた。


そんな、どこにでもある夏の日常から物語は始まります。


少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

夏は、いつも海の匂いがした。


坂の上にあるこの町は、朝になると潮風が街中をゆっくり歩いていく。


蝉の鳴き声。


どこまでも青い空。


ゆっくり流れる入道雲。


僕は、この景色が好きだった。


……二人が笑っている、この景色が。


「おーーい!」


坂の上から、聞き慣れた声が飛んでくる。


振り向くと、大きく手を振りながら走ってくる少年がいた。


「また遅刻するぞー!」


「ご、ごめん!」


僕は慌てて坂を駆け上がる。


朝陽は呆れたように笑った。


いつものことだった。


朝陽はいつも僕より少しだけ先を歩いていた。


僕が迷っている時も、転びそうになった時も。


まるで当たり前みたいに手を伸ばしてくれる。


「毎日遅刻しかけてるよな、お前」


「だ、だって朝弱くて……」


「言い訳」


「ひどい……」


「事実だろ」


そう言って笑う朝陽の隣で、結衣も小さく笑っていた。


「はい」


結衣が差し出したのは、冷えたスポーツドリンクだった。


「ありがとう」


受け取る。


冷たさが手のひらに伝わった。


「朝、何も飲んでないでしょ」


「え?」


「顔見れば分かるよ」


結衣は少しだけ困ったように笑った。


「湊って、自分のことになると本当に無頓着だから」


「そんなことないよ」


「ある」


即答だった。


僕は何も言い返せなくなる。


そんな僕を見て、朝陽が笑った。


「お前さ」


朝陽が結衣を見る。


「湊にだけ甘すぎ」


「そんなことない」


「そんなことあるだろ」


「ない」


「いや、ある」


「ない」


「ある」


「ない」


二人の言い合いに、僕は思わず吹き出した。


2人も僕につられて笑った。


昔からそうだった。


朝陽と結衣は、いつもくだらないことで言い合う。


でも、次の瞬間には何事もなかったように笑っている。


そんな二人の隣にいる時間が、僕は好きだった。


「二人はさ……」


気付けば、口から言葉が出ていた。


「ん?」


朝陽が振り返る。


結衣も僕を見る。


「……いや」


僕は首を振った。


「なんでもない」


言えるわけがなかった。


結衣の隣に僕は似合わない。


そんなことを考えてしまう自分が嫌いだった。


「そうだ」


朝陽が突然立ち止まる。


「ちゃんと付けてるか?」


「え?」


朝陽は自分の鞄を持ち上げた。


ファスナーには、小さなシャチのキーホルダーが揺れていた。


「あっ」


僕は慌てて自分の鞄を見る。


「ぼ、僕も付けてるよ」


青いクジラのキーホルダー。


夏の日差しを受けて、小さく光っている。


「もちろん」


結衣も鞄を見せた。


白いイルカのキーホルダーが風に揺れていた。


「なくしたら泣くからね」


「そんなことで泣くか?」


朝陽が笑う。


「泣く」


「絶対泣かないだろ」


「泣く」


「結衣、意外と頑固だからな」


「えへへ」


三人で笑った。


このキーホルダーを買ったのは、小学生の頃だった。


海辺のお土産屋さん。


三人で並んだ小さな棚。


同じシリーズだったのに、僕たちはそれぞれ違うものを選んだ。


朝陽はシャチ。


僕はクジラ。


結衣はイルカ。


どうしてそれを選んだのか、もう覚えていない。


でも、3人で選んだことだけは覚えていた。


「ほら、行くぞ!」


朝陽が僕の肩を組む。


「今日の帰りも海寄るか!」


「また?」


「また」


結衣が呆れたように笑う。


「昨日も行ったのに」


「夏なんだから毎日海でいいだろ」


「宿題は?」


「明日の俺がやる」


「昨日も同じこと言ってたよね?」


「昨日の俺と今日の俺は別人だから」


「最低」


「それ褒め言葉?」


「なにそれ」


また三人で笑う。


青い海を見渡す高台には、予鈴の音が響き渡っていた。


「おーい!」


校門から先生の声がした。


「あと一分で門閉めるぞー!」


「やべっ!」


朝陽が走り出す。


「湊! 結衣! 急げ!」


「うん!」


「ちょっと朝陽! 待ってよ!」


三人で笑いながら坂を駆け登る。


夏の風が制服を揺らした。


遠くで波の音が微かに響く。


――僕たちの夏は、確かにそこに存在した。

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