核心
「湊、お前怪物は見えるか」
言葉が出なかった。
どうして父さんがそれを知っているのか。
僕には理解出来なかった。
「……なんで」
ようやく出たのは、
それだけだった。
父さんは、
閉じた木箱を見ていた。
「見えるんだな」
「……うん」
父さんは、
少し黙った。
「俺には見えない」
「え?」
「一度も見たことはない」
「じゃあ、なんで怪物のこと知ってるの?」
父さんは、
木箱に手を置いた。
「じいさんだ」
「ひいおじいちゃん?」
「ああ」
父さんは、
客室に飾られた写真を見る。
「じいさんは、怪物と戦ってた」
「……」
さっき触った剣を見る。
古い鞘。
傷だらけの柄。
「この剣も?」
「ああ」
「……本当に?」
「俺も親父から聞いただけだ」
父さんは、
それ以上何も言わなかった。
頭が、
追いつかなかった。
怪物なんて、
少し前まで存在すら知らなかった。
それを、
ひいおじいちゃんは知っていた。
それどころか。
戦っていた。
「……何と戦ってたの?」
父さんが、
僕を見る。
「怪物だ」
「それは分かってるよ」
少しだけ間が空いた。
「その中に、かなり強いのがいたらしい」
父さんは、
木箱へ目を落とす。
「じいさんは、そいつを倒した」
「……倒した?」
「ああ」
だったら。
「もういないの?」
「いや」
父さんは、
すぐに答えた。
「完全には倒せなかった」
「……」
「身体は消えた。だが、力は残った」
父さんが、
自分の胸元に手を置く。
「いくつもの欠片になってな」
欠片。
その言葉に、
黒い石が頭に浮かんだ。
怪物を倒した後に残った、
あの黒い欠片。
「……欠片」
父さんが、
僕を見る。
「見たのか」
「……うん」
また、
沈黙が落ちた。
蝉の声が、
外から聞こえている。
「欠片は、また集まろうとする」
父さんが言った。
「時間が経てば、少しずつな」
「集まったら?」
「元に戻る」
「……怪物が?」
「ああ」
父さんは、
淡々と答えた。
「数十年か、百年か。それは分からない」
少しだけ、
声が低くなる。
「じいさんは、いつか復活すると考えてた」
「……」
「だから、一つだけ残した」
「残した?」
父さんが、
僕を見る。
「集まらないようにな」
意味が分からなかった。
「一つだけ、白波家で封印した」
「封印……?」
「ああ」
「どこに?」
父さんは、
何も言わなかった。
ただ。
僕を見ていた。
「……」
嫌な感じがした。
胸の奥。
さっきから、
ずっと鳴っている場所。
「……まさか」
父さんが口を開く。
「お前の中だ」
「……」
胸へ手を当てた。
「僕の?」
「ああ」
「……なんで?」
「代々そうしてきた」
父さんは、
それだけ言った。
「俺にもあった」
「父さんにも?」
「ああ」
初めて聞いた。
そんな話。
一度も。
「でも、父さんは怪物見えないんでしょ?」
「見えない」
「力とかは?」
「何もなかった」
父さんは、
自分の胸を見る。
「俺の時は、ただ封印されてただけだ」
「……」
じゃあ。
僕は?
怪物が見える。
欠片を取り込んだ。
傷が治った。
具現化。
それに、
あの歪み。
「……僕の中にあるのは」
声が、
少し詰まった。
「怪物の欠片ってこと?」
「欠片とは少し違う」
父さんが言った。
「コアだ」
「……コア?」
「ああ」
「じいさんは、そう呼んでた」
胸に置いた手を見る。
ここに。
怪物の一部がある。
ずっと。
僕が知らなかっただけで。
「……」
ふと、
木箱を見る。
「さっき」
「何だ」
「剣に触った時、何か見えた」
父さんが、
僕を見る。
「何を」
「分からない」
思い出す。
一瞬だった。
目の前に、
刃があった。
「この剣が」
木箱を見る。
「僕に向かって振り下ろされてた」
父さんは、
しばらく黙っていた。
驚いているようには見えなかった。
「……それも、じいさんが残してる」
「え?」
「コアは記憶を持つらしい」
「記憶?」
「ああ」
父さんが、
木箱を開ける。
剣が、
もう一度姿を見せた。
「元々、一つの怪物だったものだ」
「……」
「何があったのか。何を見たのか」
父さんは剣を見る。
「欠片になっても残るらしい」
僕も、
剣を見る。
じゃあ。
あれは。
僕が見たんじゃない。
僕の中にある、
こいつが。
「……この剣を知ってる?」
「ああ」
父さんは頷いた。
「じいさんが、そいつを倒すのに使った剣だからな」
「……」
もう一度、
柄に触れる。
今度は、
何も見えなかった。
ただ。
さっきまでとは違う。
柄の形。
鍔。
刃の長さ。
重さ。
手に伝わる感触。
ゆっくりと、
剣を箱へ戻した。
「……帰るか」
父さんが立ち上がる。
「うん」
木箱が閉じられた。
僕は、
自分の胸に手を当てた。
何も変わらない。
いつもの鼓動。
なのに。
自分の身体じゃないものが、
ずっと前からそこにあった。
そんな気がした。
⸻
家に着いた頃には、
外は暗くなっていた。
部屋へ戻る。
電気をつける。
ベッドに座った。
父さんから聞いた話が、
頭から離れなかった。
怪物。
欠片。
コア。
封印。
そして、
ひいおじいちゃん。
「……」
右手を見る。
少し迷ってから、
立ち上がった。
手を伸ばす。
目を閉じる。
思い浮かべる。
昼間、
触った剣。
柄。
鍔。
刃。
重さ。
手に残った感触。
ドクン――
胸が鳴った。
黒い粒が、
右手へ集まり始める。
「……」
形になっていく。
柄。
鍔。
そして、
刃。
昨日までなら、
ここで止まっていた。
小さなナイフ。
でも。
今日は違った。
黒い刃が、
その先へ伸びていく。
「……」
目を開けた。
手の中に、
一本の剣があった。
黒い剣。
昼間見たものとは、
色も質感も違う。
それでも。
形は。
「……同じだ」
ひいおじいちゃんの剣と、
全く同じだった。




